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第百八十 話 塞がった心に

 

「今日はここで野宿するしかないですね」

「そうだな」


 岩陰で馬車を降りて天気を見ながらラウルと話していた。

 できれば次の町まで馬車を走らせたかったのだがこの雨だとそうもいかない。

 それでも雨風が防げる場所を見つけられたのは幸いだった。


 チラリと馬車の荷台、ニーナと少女に目を向ける。

 まだ目を覚まさないが、目を覚ましたところで現状をどう伝えたらいいのだろうか。


「――……うっ……」

「あっ!お兄ちゃんお兄ちゃん!」


 少女が小さく声を発したことでニーナが慌ててヨハンを呼ぶ。

 慌てて駆け寄り荷台で少女の様子を覗き込むように見ていると、少女がゆっくりと目を開いた。


「……こ、こ……は……?」


 自分がどこにいるのかを全く理解できていない。困惑した眼差し。

 当然目の前のヨハン達の事も理解できない。


「あ……な、た……たちは?」

「僕はヨハン。こっちがニーナ。それであの人がラウルさん。あともう一人、ロブレンって人がいるよ。君は?」

「…………」


 少女は目をパチパチとさせる。

 ヨハン達はお互い顔を見合わせるのだが、同時に少女が勢いよく身体を起こした。


「――おかあさんはッ!?」


 思わぬ声量が周囲に響く。

 ロブレンは何事かと御者台から降りて慌てた様子で見に来た。


「あっ。お嬢ちゃん、気が付いたんだな。良かったな」


 ホッと息を吐きながら声を掛けるロブレンに対して少女がチラリと視線をむけるのだが、少女は更に前のめりになりヨハンの両肩を掴んで顔を近付ける。


「ねえっ!おかあさんはどこにいるの!?」

「いや、えっと……」


 どう答えたらいいものか困惑しながらラウルの顔を見ると、ラウルは小さく息を吐いた。


「すまないがお前以外の村人は全滅だった」

「――えっ?」


 正に直球。ヨハンが言い淀んだ言葉を怯むことなく少女に聞かせる。

 少女はラウルの言葉に一瞬身を固くさせるのだが、すぐにその意味を理解した様子でヨハンの両肩からずるりと手を離して俯いた。


「そ、んな…………おかあさん、おかあさん、おかあさぁああああん…………――――」


 少女の泣き叫ぶ声が辺りに響く。

 誰も声を発することなく、ロブレンは静かに御者台に戻り、ラウルはそっと立ち上がりヨハンの腕を引いた。


 そうして岩陰の端に行く。


「すまないが落ち着くまで様子を見ておいてくれ。それまでは雨が止んでも移動しないでおこう」


 チラリと馬車の方に目を向けた。

 確かにあれだけ動揺したまま動くことなどできない。


「わかりました。ラウルさんは?」

「俺は一応周囲の捜索をしてくる。何かあってもまずいからな」

「じゃあ僕も――」

「いや、今はあの子の近くにいてやってくれ。歳の近いヨハンとニーナの方がいいだろう」

「……わかりました」


 返事をしたものの、何かできることがあるわけではない。

 恐らく年下なのだろうという程度の少女の見た目。とにかく今は落ち着くまで待つことになった。




「――雨……止んできたね」

「そうだね」


 それから一時間は経ったであろうか。既に雨はパラパラと小粒になっている。

 少女は終始腕を組んでむせび泣くのみで、一向に顔を上げようとしない。自分の置かれている状況を理解している節を見せていた。


 いつも陽気なニーナも困惑しながら少女の様子を見ている。


「ねぇお兄ちゃん?」


 困り果てた様子で耳打ちしてきた。


「なに?」

「この子、いつまで泣いてるのかなぁ?」

「僕に言われても……」


 どう声を掛けたら気持ちを切り替えられるだろうかと考えてみるのだが思い当たらない。


「前の街を出るまでは楽しかったのになぁ」


 小さく呟きながらニーナは小さな木箱を取り出してパカッと箱を開ける。特にすることもないので(おもむろ)にメロディーストーンに魔力を流し込んだ。


 ニーナの魔力に呼応したメロディストーンは流れる様な透き通る音が岩に反響して数重奏にも聴こえる。


「やっぱりこの音きれいだなぁ」

「(あれ?)」


 魔石に小さく目を向けるニーナなのだが、その向こうでは少女もピクリと反応を示して音の下を探るようにチラリとニーナが持つ木箱に視線を向けた。


「(あっ)」


 その反応を見て思いつく。

 効果があるのかどうなのかということはわからないが、気休め程度でも何もないよりはマシだった。


「ニーナ。ちょっとそれ貸して」

「えっ?別にいいけど?」

「それとごめん、ニーナ。ちょっと、頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと?」


 ニーナから木箱を受け取り、小さく耳打ちする。


「えっ!?そんなのあたしできないよ?」


 困惑しながらニーナは両手を振った。


「ちょっとでいいからやってみて」

「……うぅん。わかったよぉ」


 もしかしたらという程度だけど、少女の気持ちを和らげることができるかもしれない。

 メロディストーンの音が消え入る中、少女に目を向ける。


「じゃあ、いくよ」

「う、うん」


 ヨハンの声に同調するようにニーナがスッと立ち上がった。

 ニーナはそっと胸に手を当て大きく息を吸い込む。


 そのニーナの様子を見ながらゆっくりとメロディストーンに魔力を流し込んだ。

 メロディストーンからは再び透き通る様な音が流れる。


「ル~ララァ~――」


 メロディストーンの音の上にニーナの綺麗な歌声が重なった。

 先程よりも遥かに複雑な音域は岩壁と反響し合ってその空間がまるで何十人もが合唱しているかのような音が響く。


「――おいおい。誰かと思ったがお嬢ちゃんか」

「しっ!」


 突然音が響き始めたことでロブレンが様子を見に来た。


「なんだ?」


 一体何事かと思いながらもロブレンは言われるがままに口を手の平に当てて噤む。


「――……綺麗な、声…………」


 少女はゆっくりと顔を上げ、音の下、ニーナの顔をはっきりと見た。

 少女と目が合ったニーナは優しく微笑む。


 次第に音が小さくなっていくのだが、少女は顔を上げたまま。


「(やっぱりエレナって凄いな)」


 エレナがこの場にいなくともエレナから教えて貰ったこと、その知識は確かな力となっている。


『ねぇ。音楽団の人達って凄いね』


 それは建国祭の時の出来事。

 街中で音楽を奏でる人達のその綺麗な音色。これだけ大きな音を響かせているにも関わらず道行く人たちは笑顔で音楽団を見ていた。ただ見るだけでなく、中には足を止めて音に聴き入っている姿もあったことを思い出した。


『ええ。やはりこういった場では音楽は人の感情を豊かにさせるものですからね。楽しい時には楽しい音楽。嬉しい時には嬉しい音楽。それは時には激情の音や悲哀の音にしてもそうですわ。音の出せる感情は言語で表せないことがありますので』

『ふぅん。そっかぁ』


 その時は深く考えることはなかったが、こうして少女のその表情が変わるほどに音楽が持つ力は凄いことなのだと改めて理解する。


「(ありがとうエレナ)」


 心の中でエレナに感謝を伝えた。

 そして真っ直ぐに少女の顔を見ると、少女と目が合う。


「(今なら)」


 僕の言葉が少女に届くかもしれない。


「――あのさ。僕たちは旅の者なんだけど。ちょっとだけでも話、聞かせて貰えないかな?」


 ゆっくりと少女に対して声を掛けた。


「えっ?」


 少女は戸惑い、困惑して目を泳がせる。


「ダメ、かな?」

「…………」


 少女は無言なのだが、ヨハンとニーナを交互に見やり、コクリと小さく頷いた。



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