第百七十七話 木箱
「あっ、これかわいー」
「ほんとだね」
ニーナが手に持ったのは手の平に納まる程度の小さな木箱。
木箱の外には手彫りで掘った様子の模様が描かれていた。
ラウルの帰りを待つ間、ヨハンとニーナは街の外に並んでいる雑貨屋を見て回っている。
ロブレンは、せっかく時間ができたのなら帝国の特産物を自分の目で視察してくると意気込んでどこかへ行っていた。
「あれ?これなに?」
ニーナは木箱を横から見ながら不思議そうにする。
「もしかして、開くんじゃないかな?」
その木箱は簡易な作りの木箱。
しかし、中に物を入れるにしては容量が小さ過ぎる。
「それはメトーゼから流れてきた」
店主が話すのは南方の国、メトーゼ共和国。
獣人と人間が共存しているという一風変わった国と聞いていた。
「へぇ。開けてみてもいいですか?」
「かまわないよ」
「何が入ってるのかなぁ」
ニヤニヤとしている雑貨屋の店主に疑問を抱くが、ニーナが覗き込むようにそっと木箱を開けてみる。
「あれ?これって……」
中には緑色の小さな石が入っていた。
未だにニヤニヤとしている店主
「これは……魔石ですよね?」
「ああ」
中に入っていたのだが魔石だということはわかる。
ただ、どんな効果を発揮するのかがわからない。
「あんた魔法は使えるかい?」
「まぁ、一応」
「ならその魔石に魔力を流してみな」
店主は魔石を指差した。
「(魔力を流すと何が起きるんだろう?)」
店主の言葉の意味がわからないのだが、ニーナが持っている木箱に手をかざし、言われるがままに魔石に魔力を流し込んでみる。
途端に魔石が仄かに輝きを放った。
同時に、小さな音色が響く。
「へぇ」
「きれーい」
魔石から発せられる音色は綺麗な音。
それほど複雑な音階ではなく、そして小さな音の割にどこか透き通る音。
数秒の時間をおいて魔石が輝きを失い始めると同時に音も同じように消えていった。
「これ、なんていう魔石なんですか?」
「それはメロディストーンといってな。詳しいことは知らないが、細工ができる魔導士によって特殊な加工がされているんだとよ」
魔石の用途は様々。
ヨハンが飛竜討伐に用いた様に魔力増強させるものから自発的に発光する魔灯石にこういった音を響かせる魔石があるのだと。他にも魔物を寄せ付けない結界石のような魔石などもある。
「とは言ってもそれは大きさからしても所詮娯楽程度のものだし、魔力を流し込まなければ使えねぇ。まぁつまるところ要は玩具だな」
「そうなんですね」
「お兄ちゃん、あたしこれ欲しいっ!」
ニーナはキラキラとした眼差しで見て来た。
「別にそれぐらいなら買ってもそんなに荷物にならないからいいよ」
旅を暇そうにしているニーナの暇潰しにでもなるのならと考える。
「いくらですか?」
「銅貨三枚だな」
一食程度の金額なら高くもない。
「わかりました」
「やった!ありがと!」
小銭袋から店主に銅貨を支払うと、ニーナが腕に抱き着いて来た。
「まいどあり。良い兄ちゃんだな。じゃあせっかくだ。こんなのもどうだ?」
「えっ?」
店主は後ろ向いてガサゴソと触り出して、手の平に乗せたのは赤と青で蝶の羽を象った髪飾り。
「これも可愛いっ!」
「なら優しいお兄ちゃんに買ってもらいな」
ニヤッとした表情の店主と目が合う。
「……商売上手ですね」
これだけニーナに顔を寄せられ目を輝かせて無言の圧力を掛けられると買わざるを得ない。
小さく溜め息を吐きながら追加で銅貨を二枚店主に支払った。
「フンフフーン」
街中を歩くニーナはすこぶる上機嫌。
早速髪飾りを着けて鼻唄混じりに歩いている。
「それ、似合ってるね」
「えへへ」
買って良かったと素直に思えるぐらい髪飾りはニーナにしっかりと似合っていた。
「(それにしても、ニーナって歌が上手いな)」
褒めたことでさらに上機嫌になるニーナ。
横を歩くニーナが口ずさむ音域が妙に心地良い。
「こんなところにいたのか」
「あっ、ラウルさんにロブレンさん」
歩き続けていると、前方からラウルが姿を見せる。隣にはロブレンもいた。
「もういいんですか?」
「ああ。大体のことはわかった。というか何もわからなかった、という方がより正確だがな」
ラウルのその様子からして、領主のところからは良い話が聞けなかった様子。
「そっちはどうだ?」
「僕たちも一通り見て楽しませてもらえました」
雑貨店の後は、肉巻き棒などを口にしているニーナは既に満足感に満たされている。
「ならそろそろ行くぞ」
「では早速出発しますね。この時間だと今から出発すれば次の町までいけますので」
そうして関所街ドルイドを後にした。
「それで、さっきの話ですけど、あんまり良い話が聞けなかったみたいですけど」
「そうだな。正直なところ領主もだいぶ困っていた」
わざわざ領主のところに話を聞きに行ったにも関わらず、聞けた話はロブレンが関所で衛兵から聞いた話と大差ない。
村の壊滅の原因については帝国を挙げて捜査中なのだという。
「……そうですか」
「ただ、ただの野盗とも魔物とも思えないというのが俺の見解だ」
思案気に口を開くラウル。
「つまり、何かしらの特異な状況がそれを起こしているってことですね?」
「ああ」
神妙な面持ちを見せるのだが、現状持ち得る情報では回答を導き出せない。
「(小規模な村を壊滅させる特異な状況? 一体何が起きているんだろう?)」
考えてみるのだが、皆目見当もつかない。
「どうやら天気が悪くなってきましたね」
手綱を引くロブレンの声に同調する様に遠くの空を見た。
「ほんとですね」
いつの間にかどんよりとした曇り空になっている。
「あれ?」
曇り空の中に違和感を覚えた。
「どうした?」
「いえ、あれって……」
曇り空の中に黒煙が見える。
黒煙を指差すと、ラウルも目を見開いた。
「おいロブレン!」
「へっ?」
突然大きな声を出されたことに驚き困惑したロブレンは慌てて馬の手綱を引いて馬車を停める。
「どうしたんすか、いきなり大声出して」
「あの煙の方に向かってくれ!」
「そんなことすれば今日中に次の町に着かなくなりますよ?」
「かまわない!いいから急げッ!」
「は、はいっ!」
有無を言わせないラウルの言葉にロブレンは進行方向を黒煙の方に切り替えた。
「あれ?依頼人は俺だよな?」
手綱を引きながらどちらが主導権を握っているのかわからなくなる。
「……あそこは確か小さいが村があったはずだが?」
「小さな村って……もしかして」
「ああ。嫌な予感がする」
その言葉の差す意味。
「(…………そんなまさか)」
それが予想通りの結果になっていないことを祈った。




