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第百七十四話 同行者

 

「今日のところはあそこ、カルで宿をとりましょうか」


 陽が傾き始めた頃、御者の若い男が前方に見えた小さな町、カルを指差す。

 ヨハン達が乗っている荷台はこの商人の所有物であり、王都で護衛依頼を受けていた。


「いやぁ、ははは。ほんと改めて考えても自分は運が良い。まさかこんな護衛依頼をA級冒険者に受けてもらえるなんてついてましたよ」

「帝国に行くついでに乗せてもらってるからこっちとしても助かるんだ」


 後ろを振り返り、荷台の荷物の間から笑顔で話す若い男の名はロブレン。

 帝国と王国を行き来する長距離輸送を生業にしようとしている。


 しかし、ロブレンが提示している護衛依頼の報酬はシグラム王国とカサンド帝国の国境を跨ぐ程の移動距離の割には相場の半額程度。


『やっぱり報酬を上げるしかないのかなぁ』


 そうなると当然受けてくれる冒険者もいないためにどうしたものかと頭を悩ませていた。

 距離が伸びればその分だけ商業ギルドからもらえる報酬は増えるので払えなくもないが、なるべくなら安く抑えたい。伸びた距離の分だけ魔物や野盗に襲われる可能性が高まるので可能なら護衛は雇いたい。


 商業ギルドは、国内のみならず加盟国内の輸送も請け負っている。

 事前に出発地に登録をして、目的地にて完了手続きが必要となるといったもの。

 ギルドからは輸送物品内容や距離に応じていくらかの護衛費用の負担がされていた。


『けどなるべく払いたくないんだよなぁ。こうなったらいっそ自分一人でやってしまうか?』


 元々小さな村で畑を耕していたロブレンは農家の生まれで、基本的な知識は知っていても商才がない。危機管理との損得勘定がずさんである。


 上に二人の兄と一人の姉がいる末っ子。

 毎日、毎月、毎年同じ生活の繰り返しをしている両親やある程度の年齢を迎えると嫁をもらったり嫁いでいく兄たちの姿に嫌気がさして出て来た。


『あんな生活の何が楽しいんだ?』


 不満を抱える日々。


『王都に行けば華のある生活が待っているはず!』


 自分なら何か大きなことが出来るはずと意気込んで村を飛び出した。


『……くそう。どこもかしこも俺に何が出来るかなんて言いやがって!』


 王都の大きさに気圧されるものの、これだけ大きな街ならば何かができるはず。

 そう過信したまま当てもなく飛び出したものだが、現実的にはそんなに甘いものではなかった。


『やっぱりとにかく何をするにしても金を稼がないといけないな』


 働くとなると選択肢もそれほど多くはない。技術職や飲食店に住み込みで働くか、兵士などへの志願。


『でもせっかく王都まで来たんだ。どうせなら一攫千金狙いたいよな。それが男のロマンだ!』


 村への出戻りなどもってのほか。しかしそういったコツコツと稼ぐなどということはしたくもない。

 考えた末に至った結論が、こういった危険はあるが割の良い仕事でもある長距離運送を一時的な仕事にすることに決める。それほど多くはない金銭で使い古しの荷馬車を購入し、商業ギルドへ行って商人登録と周辺情報の仕入れを行った。


 その結果、帝国へは王都の工芸品が高く売れるという情報を入手する。帝国へ売りに出せる物を調べて手当たり次第その購入費に充てたので今更他の仕事に手を付けることもできない。


『あー、どうしたらいいんだよぉ』


 商業ギルドの待合所でロブレンは頭を抱えて悩んでいた。

 これで護衛を受けてくれる冒険者が来なかったら一人で荷を運ぶか、購入した工芸品を半額程度で再度売ってしまうか。


 後先考えずに行動したことを今更後悔することになる。


『護衛依頼を出しているのはあんただな?』

『ん?』


 不意に背中から声を掛けられた。


『違うのか?』

『えっ!?』


 もしかして依頼を受けてくれる冒険者が現れたのだと嬉々とした顔つきで背後を振り返るのだが、そこには子どもを二人連れた男が立っている。


『(子連れ?…………いや、でもそんな歳には見えないけどなぁ)』


 しょうもない疑問が頭の中を過るのだが、どちらにせよ依頼を受けてくれる冒険者ではないと判断した。


『なんの用すか? 確かに依頼を出したのは自分っすけど?』

『依頼を出したのだろ?』

『そうっすけど、やっすい報酬じゃ誰も受けてくれないんだよなぁ』


 背後の男と視線を合わすことなく机に突っ伏す。


『よく見ろ。コレに依頼受諾の印が押してあるだろ』


 子連れに気を取られていて、男が依頼書を持っていたことに気付かなかった。

 目の前にピラッと置かれたギルドの依頼書には受諾印が押してあるのが目に入る。


『へ?』


 それを目にした途端、ロブレンはガバッと身体を起こして男を見た。


『あんた……たち、が?』

『だからそう言ってるだろ?』


 そうしてヨハン達はロブレンの護衛を受けて帝国を目指すことになる。

 最初は怪訝な表情でラウルの話を聞いていたロブレンなのだが、ラウルのギルドランクを知り驚愕すると同時に舞い上がってしまった。


『A級冒険者っ!?あんたが!?』


 思わず疑ってしまったのだが、確かにギルドカードにはそう記されている。偽造の難しさは商業ギルドで教えてもらっていた。


『不満か?』

『いやいやとんでもない!』


 内心で小躍りするロブレン。


『(やっぱり俺は持っている男なんだ!)』


 ラウルは路銀を稼ぐための冒険者登録をして適度に活動をしており、ソロでA級冒険者になっている。


 というよりも、A級冒険者程度に留めていた。


 ラウルがA級に留めているのにも理由がある。

 敢えてそうしていたのは、その素性が表立って噂になるのは好ましくないというのが第一。帝位継承権があると知れ渡ると活動しにくくなる。それでもギルドの幹部やラウルに近しい人物のいくらかはその素性をもちろん知っていた。


『……マジかッ!? やったぜ! 俺の時代が来るぜ! いーやっほぅっ!』


 そんなことは一切気付くことのないロブレンは商業ギルド内に響くほどに声を上げる。


『お兄ちゃん。なんだか忙しい人だね、この人』

『……そうだね』


 ロブレンの実情を知り得ないヨハンとニーナもラウルとロブレンのやりとりを不思議そうに眺めていた。

 感情の浮き沈みが激しいロブレンに対する印象は、感情表現が豊かな人なのだという印象を抱く。



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