第百七十 話 閑話 子の友(前編)
そうして王宮を後にしたエリザ達は冒険者学校を訪れていた。
「懐かしいわね。変わってないなぁ。こうして見ると学生時代に戻ったみたいな気分になるわね」
「そうかぁ?」
建物を見上げながら感慨深げにしているエリザとは対照的な反応を示しているアトム。アトムからすれば学校にはガルドフに無理やり入れられただけで、良い思い出は多くはない。
「(私はあなたに出会えたここがやっぱり一番の思い入れのある場所よ)」
久しぶりに訪れた学内を歩いていると、エリザは当時の記憶が蘇って来る。
「(ふふ。どこもそう変わってないわね)」
年月が経っているので変わっていることもあるはずなのに、大きく変わらないその学校がどこか嬉しかった。
そうして学内を進んで訪れたのは冒険者学校の校長室。
ゆっくりとドアを押し開ける。
「――やっと帰ってきましたか」
校長室のドアを開けた先でシェバンニは大きく息を吐いた。
ガルドフの姿を確認したことでようやく校長代理という重責から解放されることに安堵の息を漏らす。
「待たせたの」
「ええ。大変待ちましたとも」
シェバンニは呆れる様に息を吐きながら、そのままガルドフの後ろに視線を向けた。
「それと、久しぶりですね。シルビアさんにエリザ」
「うむ」
「はい。ご無沙汰しております、シェバンニ先生。お元気でしたか?」
「ええ。エリザも元気そうで」
ガルドフに向けた表情とは別に、シェバンニはニコリと微笑む。
「しかしお主は相変わらず固いのぉ」
「そんなことはないですよ。シルビアさんはお変わりないようで」
シルビアの風体は記憶の中の姿、当時の姿と全く変わっていない。
「フフフッ。変わらぬことが良いことか悪いことかはわからないがな」
ニヤリと笑みを浮かべるシルビアなのだが、その後ろにはシェバンニと目線を合わせようとしない男が一人。
「アトム」
シェバンニがアトムへ律するように小さく声を掛けた。
「へぇ」
「あなたも元気そうで」
「まぁ」
ぶっきらぼうにボリボリと頭を掻いているアトム。
「どうかしましたか?」
「いやぁ、俺はあんまりここに長居したくはないんで」
「あなたは素行が悪すぎたのですよ。そんなあなたがまさかエリザと、と私は思っていますがね」
シェバンニがエリザに視線を向けると、エリザは優しく微笑んだ。
「いやぁ、それはまぁ行き掛りの成り行きでさぁな」
アトムの様子に小さく溜め息を吐くシェバンニ。
「まぁそれは別にいいのです。二人の問題ですからね。それよりも、その様子だとヨハンの件はもう聞いているのですよね?」
「ああ。全てではないが先程ローファスから一通り聞いて来たところだ」
「ならかまいません」
「それでシェバンニよ。エレナ達はどうしておる?」
ガルドフがエレナの名前を口にすると、アトム達は顔を見合わせて小さく頷く。
「ええ。それなら次の課題のこともあったので丁度ここへ来るように声を掛けたところですよ。そろそろ来る頃かと」
ヨハンの旅立ちに伴って、エレナ達へは新たに課題を出すつもりでいた。
「そうか」
ガルドフ達のその表情は決して明るいものではない。
「どうかしましたか?」
「いや、あの子達は息災か?」
「ええ。元気も元気。ヨハンに付いて行こうとするものですからこれからお灸を据えるところですよ」
「ほぅ」
そこで、コンコンと校長室のドアがノックされる。
「はい」
「エレナです」
「どうぞ」
返事をしたところでギィッとドアが開かれ、エレナとモニカとレインが部屋の中に入って来た。
「先生? 用事とは何でしょう?」
とぼけた振りをするのだが、微妙に覚えがある。
しかし想像していた状況とはまるで違う状況のその部屋の中。入るなり驚き困惑した。
「あっ!」
「校長じゃねぇか!?」
「それに、そちらの方達は……」
目の前にいる久しぶりに顔を見たガルドフにエレナ達は驚きを隠せない。余りにも突然の再会。
「お、おいっ!あれ誰だ?」
「私に聞かないでよ!知るわけないじゃない!」
目が合うと軽く笑顔を向けられるエリザ達の顔に覚えのないレインとモニカに小さく話していたのだが、エレナは僅かに思案する。
「(校長が突然帰って来られて、一緒にいる方達となると…………)」
エレナはエリザ達の顔をジッと見つめた。
「(……ヨハンさんに似ていますわね。となると、この方達は……――)」
なんとなくという程度だが目の前の人物のいくらかが誰なのかということに見当がつく。
「間違っていれば申し訳ありません。もしかしたら、そちらにおられる方々が他のスフィンクスの方々。つまり、ヨハンさんのご両親でいらっしゃいますわね?」
柔らかい笑みで問いかけた。
エレナの問いにエリザ達は顔を見合わせる。
「おっ?」
「あらあら僅かな情報からすぐさま回答を導き出すだなんて賢い子ね」
「察しがいいねぇ。その感じだと君がエレナ嬢だな…………あいつの娘の」
エレナの洞察力を感心するように見た。
「ええ。初めまして。父はローファスで、わたくしはエレナと申します。ヨハンさんとはいつも仲良くさせて頂いております」
チラリとモニカを見て、ここぞとばかりに綺麗な所作を用いて一礼する。
「(この方がヨハンさんのお父様とお母様……。それにしても、どこかでお会いした気がしますわね…………)」
同時に疑問を抱くのは上目遣いで確認するアトムの顔。
「(どこでしたか……わたくしが思い出せないとなると、随分と昔のようですわね。ですが絶対にどこかで会ったはずですわ。それにお母様の方も以前どこかで見かけた気がしますわね)」
どこで会ったのか、微妙に思い出せそうなのだが結局思い出せないまま。
エレナが思い出せないのも無理はない。
アトムには幼い頃にたった一度だけ会ったことのある、会ったというよりも遠のく意識の中で顔を見ただけの人攫いから助けられたその人物。
エリザに関してはもう少しで思い出せそうなところにきていた。
「あらあら、礼儀正しいことね。私がヨハンの母のエリザで、彼が父のアトムよ」
「よろしくお願いしますわ」
思い出せないことをここでいくら考えても仕方ないと思考を切り替え、すぐさま笑顔を取り繕いエリザに向ける。
「(しまった!出遅れたわ!)」
一連のやり取りを見ていただけのモニカはエレナとエリザを交互に見やった。
このままエレナに続いて早く挨拶をしなければ。
「あっ……わ――」
「レインです」
そんなことを考えていると、レインは手早く一言だけ名乗る。
「わわっ。は、初めましてヨハンのお父さんにお母さん! わ、私はモニカでしゅ」
勢いのまま深々と頭を下げた。
「(噛みましたわ)」
「(噛んだな)」
「(噛んだわね)」
焦ったままに口を開いたことで思わぬ失敗を招く。
途端にモニカは羞恥からカアッと赤面させ肩をプルプルとさせる。
「――プッ」
レインが我慢できずに息を漏れ出したのだが、直後にギンッと鋭い目を向けるモニカと目が合った。
「(やっべ、殺されちまう)」
すぐさま決断する。
この部屋を出た後、一目散にモニカから逃げる算段を。
「ふふ。可愛い子たちね。ヨハンもこれだけ可愛い子に囲まれたら嬉しいでしょうね」
頬に手の平を当て、満足そうにするエリザ。
「あの?」
「ん?」
「そちらの方はシルビアさんでよろしいのでしょうか? ずいぶんお若いようですが…………」
その場にいるもう一人の人物。
アトムやエリザと比べても遜色のない、むしろ見る人が見ればエリザよりも若くすら見える人物に疑問を抱きながら問いかけた。




