第百六十九話 閑話 入れ違い
「ラウルがヨハンを連れてったってどういうこった?」
「話せば少し長くなるが、先日王都近郊に飛竜が出現してだな。それも報告によれば普通の飛竜とは比べ物にならないほどの大きさだったらしいのだ」
神妙な口調で語り始めるローファス。
「あっ、すまん。先に謝っとくけどそれ俺らのせいだわ」
「――……は?」
突然口を挟まれた言葉の意味を理解出来ずにローファスは目を丸くさせる。
「俺らのせい、とは?」
「いや、だからその飛竜のことだって。いやぁすまねぇな。そいつは俺らがあそこに行ったせいで出てった奴なんだわ」
ローファスとは対照的なその軽口。
既にヨハンが討伐していたと聞いていたので脅威は取り除かれていた。森が焼けてしまったが被害も軽微。
「ちょ、ちょっと待て……もしかしてアレはコルセイオス山の竜だというのか?」
「そ。で、俺らはそいつを追っかけてたら偶然王都に帰って来たんだわ」
だとするならばそれだけの大きさの竜だということにも納得ができる。
しかし、おいそれと納得できる問題でもない。
「何を言ってるんだ、お前は?」
「いやぁ、こっちも色々とあってよ。まぁそっちの話を聞いてからあとで詳しく話すわ」
突然アトムから謝罪されることの意味がわからなかったローファスだが、徐々にその言葉の意味をなんとなくだが理解する。
同時に頭痛が舞い込んできた。
「で? ラウルがヨハンを連れてったってどういうことだ?」
「…………」
頭を抱えるローファス。耳を疑う。
今回王都を騒がせた特大規模の一件。そこに思いもよらないところから真相が飛び出して来た。今後の予定としては軍部との会議を開いて、王都に迫る脅威に対しての対応を検討しなければいけない矢先のその発言。
「……となると今回の件、俺が原因なのか?」
小さく呟く。
「ん?なんだって?」
アトム達には聞こえていなかったがローファスは頭を悩ませる。
巡り巡った結果、今回の騒動の根本的な原因は魔王の呪いに関する調査依頼を出したことでアトム達がコルセイオス山を訪れたことに起因しているのだと。
「……なんということだ」
チラリとアトム達に視線を向けると、疑問符を浮かべている姿が目に入って来る。
「おい、どうしたんだ?」
「いや、全てが繋がっているのだと思ってな」
思わず笑みがこぼれた。
「(俺達の代とあの子らの代、これが繋がるのか)」
そう思うとヨハンをラウルが連れて行ったことも偶然ではないのかもしれないと考える。
「あっ、そういやそれで思い出したけど、ここに来るまでに聞いたぜ。アレをヨハン一人で倒したんだって? まさかアレを一人で倒せるほど強くなってやがるなんてな。まだ一年半とかそこらだぜ?」
言葉とは裏腹に笑顔で嬉しそうに話すアトム。
冒険者学校に入学してそれほど時が経っていないにも関わらずそれだけの事を成し遂げたことに満足する。
「さすが俺らの子だな」
「それは嬉しいけど、今はそんなことよりもどうしてラウルがヨハンを連れて行ったのかよ」
呆れながらアトムを横目に見るエリザは、ヨハンがいないことの説明を早くして欲しくて仕方ない。
「そうだったな。すまんすまん。いや、実はな。ラウルがヨハンに剣を教えていたらしいのだ」
「んんっ!?」
「詳しいことは俺も知らんが、どうやら街の中で偶然知り合ったみたいでな。ヨハンの才能に惚れたラウルが剣の師事をしたのだとよ。それで王都に迫ったその飛竜にヨハンをけしかけたのがラウルだ」
事の顛末を話し始める。
「で、だ。まぁそれで騒ぎになってだな。とりあえず半年ぐらいを目処にして帰って来るんだよ」
アトムは口をポカンと開ける。
自分達は帝国の宝玉とラウルのことを伝えに来て、せっかく来た王都。ヨハンの顔を見に行くつもりだった。それが予想もしていない展開を迎えていた。
「あいつ、どういうつもりだ?」
どうしてラウルがヨハンを連れ出したのか疑問でならない。
全く理解していないエリザは再び溜め息を吐く。
「そんなの決まってるでしょ?」
「ん?」
「あなたがラウルにしたことをそのままヨハンにしただけでしょ?」
さも当然とばかりに十数年前の若かったころのアトムの顔と重ねて見た。
「(こうして受け継がれていくのかしらね)」
ニコリと微笑む。
「あーあ。やっとヨハンに会えると思ったのに」
直後、微妙に膨れっ面になった。
「とはいえ、先程の話からすれば儂らにその原因の一端があるのではなんとも言えんのぉ」
苦笑いしながら顎髭を擦るガルドフ。
責任の一端。つまり自分達が竜峰を訪れたことで起きた飛竜の脱走。それが王都に脅威をもたらしただけに留まらず、その対処をしたのがヨハンであり後押しをしたのが剣聖ラウル。
「俺は巨大飛竜が現れたことにお前らが噛んでる方に驚かされたがな」
額を押さえて呆れてしまうローファス。
依頼の報告を受けるだけのつもりが思いもよらない展開。
「まぁその辺はおあいこってことだな」
テヘッと悪びれる様子の一切を見せないアトム。
昔と変わらないその様子がローファスをブチッとさせる。
「どこがだッ!?バカかお前はッ! 水際で食い止められたからいいものの、もう少しで大惨事を引き起こすところだったんだぞ!?」
「んだとテメェ?」
カツカツと階段を降りるローファスはアトムの眼前に立った。
「誰がバカだって?誰のせいでこんなことになってると思ってやがんだ?」
上目遣いにアトムはローファスをギロリと睨みつける。
「それとこれとは別の話だろう!」
息のかかる距離でいがみ合う二人。
「「……はぁ」」
いがみ合う二人を見るエリザとジェニファーは同時に溜め息を吐いた。
「シルビアさん。お願いします」
エリザは差し出す様に手の平をアトム達に向ける。
「任せろ」
既に胸ぐらを掴み合っている二人にシルビアが杖を向けると、杖の先端がパリッと音を鳴らした。
「「えっ?」」
気配を感じ取った二人は同時に横を向いてシルビアを見るのだが、その瞬間には電光が迫って来ており、躱す暇もなくバチンと鋭い音が響き渡る。
「「ギャアアアアア――――」」
抱き合って二人して倒れた。
「――本当にお主等は変わっておらんのぉ」
電撃が直撃したことで痺れる二人を見るガルドフは笑顔。
そこで謁見の間の入り口の扉がゆっくりと開かれる。
「王? ご歓談中のところですがよろしいでおじゃる?」
謁見の間に入って来たのは宰相マルクス。
「何をしておじゃるか?」
目の前には四つん這いになっているアトムと王の姿。
疑問符を浮かべて首を傾げるマルクス。
「ど、どうしたマルクス?」
なんとか立ち上がり威厳を保とうとするローファス。
「はぁ」
マルクスは大きな溜息を吐いた。
「どうしたもこうしたも、そろそろお時間でおじゃるよ。お忘れでおじゃるか? 本日はマックス公爵邸での生誕祭、舞踏会があるでおじゃる。旧交を温めるのもほどほどにしてそろそろ残った公務を終えて頂かないと」
「おおっ。そういえばそうだったな」
マルクスに返事をすると同時にローファスはアトム達に視線を向けてどうするかと思案する。まだ全部を話し終えたわけではない。
「ふむ。お前達もマックスのところに来るか?」
舞踏会へ出席することを提案した。
「それは構わんが、マックスとは誰じゃ?」
「ローファスの弟ですよシルビアさん」
「ほう」
「あのヒョロ眼鏡が今は公爵ってか。おっ?ってぇっと、ならいい酒が飲めるなこれは」
じゅるりと涎を垂らしそうになるアトム。
「しょうがないわねあなたは。わかったわ。じゃあ今晩そっちに行くわ」
「ああ。来れば中に入れるように手配しておく。公爵邸の場所はエリザが知っているな?」
「ええ」
「早くして欲しいでおじゃる」
「わかったわかった」
そうしてローファスは謁見の間を出て行った。
「さて、俺達はどうする?」
思わぬところで手持ち無沙汰になる。
「儂は少々シェバンニのところへ顔を出さねばならん」
「あっ、じゃあみんなでいきましょうよ」
「えー? 俺は遠慮したいけどなぁ」
「どうして? 先生に会いたくないの?」
「だから行きたくないんだって」
シェバンニに会うと嫌でも学生時代を思い出さされるのはわかっていた。当時は怒られた記憶しかほとんどない。
「ってか親父さんのとこに行かなくてもいいのか?」
「まぁ時間はあるし、明日にでも行けばいいわ」
エリザは下唇に指を当て、考えを口にする。
「それに、ヨハンには会えなかったけど、先生に会えればヨハンがどういう生活を送っていたのか教えてもらえるかもしれないじゃない」
アトムの腕に自身の腕を回し、笑顔で見上げるエリザ。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
これだけ嬉しそうにしているエリザのその顔を見ていると付いていくしかなかった。
「(それに、どっちにしろローファスの娘の顔は遅かれ早かれ見ときたかったしな)」
十数年ぶりに活動を再開したその理由、ローファスからの依頼。
未だ詳細はわからないが、魔王の呪いを受けた王家の血筋の顔は確認しておくこととする。




