第十六話 ギルド長との面会
「――失礼します」
受付嬢に案内された部屋に着くと、中には大きな机が置かれ何やら紙が山積みにされていた。
その机に一人の男が座っている。
机の背後にある窓から差す太陽の光で顔はよく見えないのだが、どうやら恰幅の良いおじさんのようだ。
「おお、来たか。儂がこのギルド長をしているアルバだ」
アルバと名乗った椅子に座っていた男が歩いてヨハン達に近付いてくる。
「そんな不思議そうな顔をするな。まぁこちらに座りなさい」
手で指された場所はソファーと机が置かれた応接間のようだ。わけもわからないまま促され、座ると共にアルバは対面に座った。
「ふぅ、やっと一息つける。あぁ君たちは紅茶でいいかな?儂にはコーヒーを頼む」
「かしこまりました」
アルバは自分とヨハン達の飲み物の注文を案内してくれた受付嬢に申し付け、受付嬢は部屋から出て行き、飲み物の用意をしに行く。
「あの?ギルド……長?」
「ん?」
「すいません、僕たちはどうして呼ばれたのでしょうか?」
未だに呼ばれた理由がわからないのでアルバに尋ねた。
「いやいや、そんなたいした理由なんてないわ。先日のビーストタイガーの件を少し耳にして、どういった者か見たくてな。それにガルドフのやつ、推薦書を寄越した割には。ほれ――――」
アルバが懐から封筒を取り出し、封筒の中から取り出した紙の字をヨハン達に見えるように机の上に広げる。
そこには――――
『時季外れだが新しく学生のギルド登録を頼む。名前はヨハン・モニカ・エレナ・レイン。どういうやつらかは見ればわかる』
と、広げられた紙に書かれていた。
「これだけですか…………」あまりの中身の無さにモニカが絶句している。
「まぁこれだけだ。な?気になるだろ?」
アルバはやれやれといった様子で頭を左右に振りながら呆れている。しかし、怒っている様子を見せない辺り、ガルドフの人柄を承知している様子だった。
「これだけで私たちの登録を行って頂けるなんてギルド長は校長先生と仲が宜しいようですわね」
「あやつとは長い付き合いだからな。あやつが現役の頃からの付き合いじゃ」
エレナは手紙の内容からガルドフとアルバの仲を読み取った。
「でしたら、ギルド長もガルドフ校長がスフィンクスのメンバーだということをご存知ですのね」
「あやつめ、早速言いおったか…………」
少しばかりアルバの目つきが鋭く変わる。
「もちろんだ。曲がりなりにもギルドの長だからな。それにヨハン。君のことも知っておるぞ。大きくなったな」
「えっ?僕のことを知っているのですか!?」
「ああ、アトムとエリザの二人にはずいぶん苦労を掛けられたわ。主にアトムの方だがエリザもああ見えて中々に、な。今でこそ丸くなっておるようだが、あいつらは悪ガキだったぞ?君のことは生まれて少しした頃、随分小さい頃にあいつらがここに連れてきておるからな」
「そうなんですか。お父さんたちが…………」
王都に来てから両親の話を聞く機会が多い。一体どういう冒険者だったのだろうか。
「おい、その話も聞きたいけど、さっきギルド長はビーストタイガーの事を言っていたぞ」
レインがおどおどしている。
「そうだったそうだった、それもあって君たちに来てもらったんだったな」
「えっと……ビーストタイガーの件は秘密にされているのでは?」
学内で起き、更に極秘裏に処理されたビーストタイガーの件を何故ギルド長が知っているのか不思議に思う。
「さっきも言ったが私を誰だと思っておる。ギルドの依頼を全て管理しておるギルド長だぞ?ビーストタイガーの件は最初ギルドに依頼が出るところだったんだが、依頼を指定依頼にして秘密裏に行おうとしたところ、突然討伐されたと報告がくるじゃないか。それもまだ学生になりたての新入生が。会ってみてすぐにわかったわ。ビーストタイガーを倒したヨハンはもちろんだがそちらのお嬢ちゃん二人もかなり強いようだな。そっちの君は…………うん、もう少し頑張ろうか」
「うぐぐっ」
「わかるのですか?」
初対面なのにここまで断定されるのはどういうことなのだろうか。
「私は魔力を通した目を用いることである程度の強さを把握できるのだ。もちろん全てがわかるわけではないが、職業柄色んな冒険者を見てきたからな。君たちはその中でもその年では別格だな。もちろんそっちの君もこの三人と比べるからある程度は見劣りするが、他の学生と比べるとかなり優秀なほうだな」
アルバは目を指差しながらヨハン・モニカ・エレナ・レインをそれぞれジッと見る。
「(俺もヨハン達に出会うまではそう思ってたよ)」と、レインがちらりとヨハン達を見た。
「――失礼します」
コンコンと部屋の扉がノックされる。
飲み物を準備しに行った受付嬢が戻って来て、人数分の飲み物をそれぞれの前に並べる。
「――ではギルド長、何かありましたらまたお呼び下さい。私は業務の方に戻らせて頂きます」
「ああ、ありがとう。君たちも遠慮せずに飲みなさい」
そう言うとギルド長はコーヒーに手を付ける。
「ありがとうございます。ですが、他にも要件がございますわよね?」
エレナが遠慮せずに紅茶に手を掛けながら質問をする。
「ふむ、さっきの手紙のことといい察しが良いな、そっちのお嬢さんは。さすが――っと」
アルバはゴホンと小さく咳払いをした。
「ああそうだ。ビーストタイガーの件はちょっとにわかには信用できなかったが、君たちを見て確信したよ。君たちは早いとはいえギルドに登録したのだ。これから依頼を受けていくつもりなんだろう?」
「ええそのつもりよ」
モニカが返答する。
「君たちはまだ登録したてのEランクで学生の間は依頼を受けられるのに限りがある。君たちの強さならもっと上のランクもいくらかこなせるだろう」
とは言われても返答に困る。まだ何もしていないのだから。
「そこで、だ。私から直接依頼を受けてくれないか?」
「ギルド長自らの依頼ですか!?」
どういうことなのか。
「ああもちろん最初は簡単なのを見繕うつもりだ。結果を見て依頼を選別する。悪い話じゃないだろう?」
「ええ、ですが、どうしてそんな?」
「君たちも聞いておるだろう?最近は厄介な案件が多くなってきてな。受けてくれたらそれなりの見返りはあると思うぞ」
「表向きにはどういった風にいたしますの?さすがにわたくし達を特別視しているのがわかれば他の学生の目もありますのでは?」
「そんなもの適当な依頼をでっちあげて達成したものとみなすさ」
果たしてそれでいいのだろうか。それではまるでギルド長が不正をしていると思われないのだろうか。
「そんなに心配するな。ギルドの職員全員に通達するし、国にも報告はする。秘密裏の依頼など実は山ほどあるのだからな」
「わかりましたわ」
通常あり得ない判断。スフィンクスを両親に持つヨハンがいるからこれだけの扱いを受けるのだろうか。
「エレナは急にこんな話をされても動じないんだね?」
「えっ?え、ええ。せっかく特別扱いしてくれるとおっしゃられるのだから悪い話ではないと思いますわよ」
「ふぅ、そんなものなのね。まぁいいわ」
「(あー、なるほど、ギルド長は知っているんだな、あのこと…………。まぁそれもそうか、ヨハンのことや校長のことを知ってるぐらいだもんな)」
それぞれがそれぞれの印象を抱く。
「とにかくですわ、ヨハン。リーダーはあなたですわ。どういたしますか?」
「僕は別に良いと思うよ。どうせ依頼はなんでもやっていくつもりだったし」
「では決まりだな。とりあえず依頼があれば君たちに連絡がいくように手配するよ。依頼の受付はこちらで処理できるようにしておく」
初めてのギルド登録に赴いたヨハン達であったが、思わぬ提案をされ話が進んでしまった。




