第百六十八話 閑話 報告
「俺はだな、俺達に何年も呪いの事を隠したままだったお前に怒ってるんだっつの!」
「だ、だが」
責められているわけではないという割には、明らかにアトムのその口調はローファスを責めていた。
「お前なんでこんな大事なこと黙ってやがったんだ? 俺達のことをもっと信用しろよ!俺達ならお前らをもっと早く救えたかもしれねぇじゃねぇかよ!」
「――ッ!」
アトムの言葉攻めによりローファスは返す言葉がなくなる。
「それに関しては申し訳ありません」
それまでローファスより一歩後ろに立っていたジェニファー妃が一歩前に出た。
「エリザのところにも子が生まれたばかりでしたし、呪いの件もあくまでも私の感覚でしかなかったので当時は断定できなかったのです」
「ああ。呪いなんてのは確かに伝承としては受け継がれていたが、これまで何十代に渡ってその兆候が一切見られなかった」
ローファスとジェニファーが二人で目を合わせる。
「王家の伝承がどんなもんかなんて関係ねぇって。要は俺達を信用せずにそれで後手に回っていたら世話ねぇよ」
舌打ちして床を見るアトム。
「そうだな、すまん。だが、信用していないわけではない。お前らを信頼しているからこそ、今こうして頼めているんだ」
「勝手なこと言いやがって」
「まぁそのぐらいにせんか。そろそろ本題の話をしようじゃないか」
ガルドフが呆れながら宥める様にポンとアトムの頭に手の平を置いた。
「ああわかってるって」
「そうだな」
アトムとローファスはジッと見合い、ガルドフが笑顔で深く頷く。
「すまんな。色々と話が逸れてしまって」
「かまわんさ」
「それで、結果はどうだったんだ?」
「結論から言うとじゃな……――」
ガルドフの言葉を待ちきれずに、ローファスは上体を前のめりにして腰を浮かせる。その様子からは悪い報告であるはずがない。
「――……すまんが未だ詳細は掴めておらん」
「…………そうか」
ガルドフの言葉を受けたローファスは予想とは違った答えだった事で肩を落としてドサッと玉座に落ちるようにして座った。
「だが、そのきっかけになり得る情報は掴んでいる。それには剣聖が必要なんだ」
「ん?剣聖だと? どういうことだそれは?」
ガルドフの言葉にローファスは疑問符を浮かべる。
「彼の者、グランケイオスに今回の件、聞いて来た」
「――!? まさか竜峰まで行ったのか!?」
「当時のことは当時を知る者に話を聞くのが一番早いからの」
あまりにも突飛な話にローファスは困惑し、ジェニファーは驚きに口を手の平で押さえた。
それほどまでに竜峰コルセイオス山を訪れるということは通常ならざること。それを成し遂げるだけの人物は大陸中を見渡してもそう多くはない。かつてのスフィンクスがそうだったように。
「案ずるでない。あの時程切羽詰まったことにはならんかったわ」
「そ、そうか」
ガルドフの言葉を受けてローファスは軽く息を吐く。
「とは言っても別の問題は起きたがな」
「別の問題?」
「ああ」
漆黒竜と交わした対価のやりとり。竜峰コルセイオス山を飛び出した巨大飛竜がいたこと。又聞きではあるが、嘘か真かそれをヨハンが討伐したというのだから。
「まぁそれはもう済んでおるようじゃから後で聞くとして、だ」
「どういうことだ?」
ローファスは意味がわからず僅かに疑問を抱くのだが、ガルドフが続ける言葉を待つ。
「とにかく、お主の言う魔王の呪いが成就する件について、それを確認する為には大賢者が持つという時見の水晶があれば良いらしい」
「時見の……水晶?」
「ああ」
ローファスは初めて聞くその単語に全く覚えがなく、ジェニファーの顔を見るのだが、ジェニファーも小さく首を振った。
「それで? その時見の水晶があればどうだというのだ?」
疑問符を浮かべながらガルドフ達を見る。
「アイツが言うには、なんかそれがあれば当時の出来事を視ることができるんだってよ」
アイツ、最強の竜である漆黒竜グランケイオスの言葉をアトムはそのままローファスに伝えた。
「当時の出来事?」
「つまり、お前の先祖、いつか知らねぇがその魔王の呪いを受けた勇者の記憶、当時の出来事を視ることが出来るんだとよ」
「そんなことができるのかっ!?」
あまりにも突然の話にローファスは驚き、ガタンと椅子を鳴らして玉座から立ち上がる。
「それで!?その大賢者とはどこにいるっ!?」
「まぁ慌てるなって。それには当てがある」
アトムはチラッとシルビアの横顔を見たのだが、シルビアは不満そうにしていた。
「それに、その賢者だけじゃなくラウルも必要なんだ」
「……ラウルが?」
ローファスは話の内容の理解ができない。
一体剣聖ラウルが必要とはどういうことなのか。
「いやまぁラウルがっていうより、ラウルがいる方が話が早いってことだな」
「何を言ってるんだ?どういうことだ? いまいち話が見えないんだが?」
話の要領を掴めないまま困惑する。
「つまりじゃ。グランケイオスが言うにはその時見の水晶で過去視をするためには膨大な魔力が必要になるのじゃと。それでこの国にある宝珠がそれを賄うことができると言ったのじゃ」
「……宝珠、だと?」
突然耳にする単語にローファスは動揺を隠せない。
「あるんだろ?宝珠ってやつ」
「それは……――」
アトムの問いにローファスは僅かに口籠り言い淀むのだが、少しの間を開けて小さく息を吐いた。
「――……いや、隠す必要もないか。確かに宝珠と呼ばれる秘宝は宝物庫に管理されている。従来外部に漏らすことのない王家に伝わる極秘の宝珠なのだがな」
「それと同じのがカサンド帝国にもあるんだとよ」
「帝国にもだと?」
「ああ。厳密にはそれに加えてあと二つあるらしいけど、アイツは残りの場所は知らねぇっていってやがった。どうにも一個じゃ足んねぇかもしんねぇんだとよ」
漆黒竜グランケイオスが話していたことを思い出しながら話すアトム。
「宝珠があと二つ? どういうことだ?」
「んなもん知らねぇよ」
ただでさえ秘宝扱いされている宝珠が帝国にあるのだというだけでなく、他にも二つ。
しかし、困惑するローファスが抱く疑問を解消する答えは誰も持ち合わせてはいない。そもそもとしてグランケイオス自体詳しく知らない。
「とにかくじゃ。これであと必要なのは時見の水晶と宝珠が二つになる。それがあれば呪いの件は大きく進むだろう。だが、儂らがただ帝国に行っても間違いなく宝珠は貸してもらえんからの」
「そ。だからラウルがいれば話が早いっつーこと」
ようやくグランケイオスから得た情報をローファスに伝え終えた。
ローファスも理解する。確かに帝国でも秘宝扱いしていれば皇族であるだけでなく、帝位継承権一位であるラウルならば何かしら口利きをしてもらえることに希望を持てる。
「――はぁ……」
話を聞き終えたローファスは盛大な溜め息を吐いた。
「おいおい。まだ諦めるのは早いだろ? 確かにアイツはどっかフラフラと出歩いているみたいだけど、行き詰ったわけじゃねぇんだからよ」
「違う。そういうことじゃないんだ」
ローファスの溜め息を見たアトムが声を掛けるのだが、ローファスは頭を痛くさせる。
なんというタイミング、間の悪さなのだろうかと。
「なんだあいつ?」
「何かバツが悪そうね」
ローファスがこれほどまでにがっかりとしていることを理解できないアトム達はお互いに顔を見合わせた。
「過ぎたことを言っても仕方ないな。となるとラウルにも全てを伝えないといけないようだ」
表情を落としながら首を振る。
「いや、だからまずはラウルを探すことから先なんだって」
「ラウルは半年後に王都に戻って来る」
「はぁ?」
言葉を差しこむように断言するローファス。同時にローファスは再び落胆する。
つい先日まで剣聖ラウルは王都に居た。それもただ居ただけでなく目の前に居た。あと数時間早ければ直接この話をすることが出来た。
「(今からでも追いかけるか? いや、あれだけのことが起きて話し合ったあとだ。そうもいかないだろう。それに半年後には確実に戻って来るということが決まっているだけでもまだマシなのだろうな。せめて手紙でも書いておくとするか…………)」
それでも即座に前向きに考える。
普段どこを旅しているのかもわからないラウルは半年後に確実に帰って来るのだから。ヨハンを連れて。
「おい」
「ん?」
「てめぇ何一人で納得してやがんだ?ラウルが王都に戻ってくるってどういうことだ?」
「いや、それがだな。ラウルはヨハンを、お前たちの息子を連れて先日王都を出たんだ」
苦笑いしながら端的に伝える。
「えっ?」
「はぁ?」
「ムッ?」
「ふむ」
突然のローファスの言葉。そこにはラウルだけでなくヨハンの名も含まれていた。
僅かに顎を擦るガルドフ以外は想定外だという反応を示す。
「おい。どういうこった?」
「どうせ後で説明するつもりだったんだけどな。ついでだと思えばいいか」
アトムとエリザの子、久しぶりに見た旧友の顔。その息子であるヨハンがいないことの説明はどちらにせよしなければならなかった。
それがまさかラウルとも関係していることはこの場にいる誰もが予想すらしていなかった。
そして、ローファスはラウルがヨハンを王都から連れ出したその理由、飛竜討伐とそれにまつわる出来事をアトム達に話して聞かせることになる。




