第百六十七話 閑話 再会
アトム達が王都の中、大きな建物が立ち並び貴族の馬車が往来しているその中央区を歩いているところ、一台の貴族の馬車が通り過ぎようとしているところで急停止した。
「あら? もしかしてエリザちゃん?」
馬車の窓から顔を覗かせたのは丸々とした顔つきの中年の女性。
「あっ、モリエスさん?」
「あらー、やっぱりエリザちゃんね。あの頃の可愛い女の子がそのまま大人になって綺麗になった感じだからすぐにわかったわよぉ」
「ありがとうございます」
エリザが笑顔で小さく会釈する。
「他所に嫁いだって聞いたけど、帰って来たの?」
「はい。ちょっと用事で」
「あらあらー、カールス様も喜ぶでしょうね。早く会ってあげなよ」
「わかりました」
女性が馬車の中に顔を戻すと、馬車はガラガラと前に進んでいった。
「…………」
エリザとモリエスのやりとりを見送るアトムはジト目でエリザを見る。
「なによアトム」
「いや、やっぱ会いに行くんだなーって」
視線を交わさずにぶっきらぼうに答えた。
「別にあなたは来なくてもいいわよ。私一人で行くから」
「そっか、なら助かるわ」
気を楽にさせたアトムはそのまま前に向かって歩いて行く。
「もうっ、ほんとしょうがないわね」
そのアトムの背中を見送りながらエリザは大きく溜め息を吐いた。
「なんじゃ。カールスとアトムはまだ仲が悪いままなのか?」
「そうなの。ガルドフから何か言ってもらえないかしら?」
「それはどっちにじゃ?」
「えっと…………」
エリザは口元に指を持っていき、ガルドフがカールス卿とアトムの両者に声を掛けた時の事を想像するのだが、どちらにしても良い反応を得られるとは思えない。
「……どっちも、ムリかしら」
と苦笑いするしかなかった。
そうして中央区を歩いて行く中、程なくして王宮の入り口に着く。
王宮の入り口にはジャンが笑顔で立っていた。
「ようやく帰って来たのかガルドフ。今日はお前の相手をしてやれる時間はないのだ。すまんな」
「いや大丈夫じゃ、早く国王の下へ案内してくれんかの」
会う度に模擬戦を強いられていたのだが、今回は事が事だけに見送られる。
「(というか、あれはぬしの一方的な押し付けじゃがの)」
ガルドフはホッと安堵の息を吐いていた。
◇ ◆ ◇
そうしてジャンにより案内されたのは謁見の間。
謁見の間は人払いされており、玉座に座るローファスと横に立つジェニファー王妃に加えてその階段の下に立つ近衛兵としてのジャンのみ。
「ジャン」
「はっ」
「すまんがお前も席をはずしてくれないか?」
「よろしいので?」
ローファスは立ち並ぶアトム達を笑顔で見る。
「ああ。今からは王としてではなく、友を迎え入れるだけだからな」
「かしこまりました」
ローファスの言葉を受けたジャンはアトム達に軽く一礼して退室した。
ジャンが部屋を出たことを確認するとローファスは小さく息を吐く。
「すまなかったなガルドフ」
穏やかな笑顔、友としてガルドフ達へ眼差しを向けた。
しかし、そこには少しばかりの謝罪の念も含まれている。
「それにシルビアさんにアトムにエリザも。俺達のために本当に申し訳ない」
どこか謝意を織り交ぜたその表情は視線を彷徨わせながら言葉にしていた。
「それはもうよい。主と儂らの関係じゃ。遠慮はいらんさ」
「……ガルドフ」
「まぁ俺は最初ガルドフから話を聞いた時はめちゃくちゃムカついたけどな。お前マジでふざけんなって思ったよ」
アトムはローファスに視線を向けることなく、遠慮なく悪態を吐く。
「こらっ! こんなんでもローファスも今は王様なのよ!口の利き方に気を付けなさいっていつも言っているでしょ!?」
「いやだって…………」
「だっても何もないわよ!そんなだからあんな大喧嘩に発展したんじゃない!」
「ってもなぁ。権力者に媚びるのなんて苦手だしなぁ」
アトムは僅かに目線を上に向けながらカールス卿にエリザを娶る話を持って行ったことを思い出していた。
『エリザを俺の嫁にください』
『ならんっ!どこの馬の骨ともわからん小僧になどやれるかっ!』
『お父さん!? アトムは約束通りちゃんと一流の冒険者になったわよ!』
『ならんといったらならん!』
『ちっ、これだから頑固もんの偏屈野郎は――』
ガンッと鈍い音が響く。
『お父さん!なにも殴らなくても!』
『出て行け! 二度とうちの敷居を跨ぐなッ!』
『ああ出ていってやらぁっ!二度と来るか! いくぞエリザ!』
不意にその時に殴られた左頬を、苦笑いしながら思わず擦ってしまっていた。
「まったく。一国の王を前にしてこんなんって、エリザもひどいな」
ローファスは横に立つジェニファーを呆れながら見る。
「エリザもああ見えて天然なところがありますしね。それにあなたも先程王ではなく友として、と言っていたではありませんか」
「それはそうだけどな」
ジェニファーも苦笑いする。
「申し訳ないがワシは楽しませてもらっておるぞ? こんな楽しい話は久々じゃからの」
そこにシルビアが意地悪い笑みを浮かべて口を開いた。
「シルビアさんはそうだろうな。なんとなくそんな気がしていたよ」
「とまぁこんな感じで誰もお主を責めておらんよ」
ガルドフはローファスにニコリと笑顔を向ける。
「……そっか」
ローファスは俯き加減に小さく息を吐いた。
「ははっ。みんな変わってないようで俺もなんだか昔に戻ったみたいだ」
アトム達の口調はおよそ一国の王に対する言葉遣いとは思えない程の軽快な口調なのだが、ローファスはその態度に心地良さを感じる。
「おいおい、勘違いすんなよ?俺は間違いなくお前を責めてるんだぜ?」
空気を遮るような眼差しでアトムはキッとローファスをきつく睨みつけた。
「すまん。俺のせいだ。俺が、王家の血が、魔王の呪いなどというものを受け継いでいるせいで…………」
「いいえ。あなたは悪くありません。私のせいです。私が口止めしたのですから」
笑顔でアトム達を見ていたジェニファーは途端に表情を落とす。
「いや、お前のせいではない。最終的には俺達二人で決めたことだ」
アトムとジェニファーが交わす重たい空気により、それまでの和やかな雰囲気の一切がなくなった。
「ねぇ、ジェニファーもそれぐらいにしたら? 私たちがきっとなんとかしてみせるから」
エリザがジェニファーに優しく微笑む。
「……エリザ」
ジェニファーはエリザの言葉を聞くと、ぎこちないながらも笑顔を作った。
「それに、勘違いしているようだけど、アトムは別に二人の境遇を責めているわけじゃないのよ?」
「だな。俺は別にお前が魔王の呪いを受け継いでいようが何とも思わなかったけどな」
「けどお前さっきは責めてるって……――」
困惑する目でアトムを見る。
「――ちげぇよ」
「は?」
アトムに言葉を差しこまれ、ローファスは更に困惑した。




