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第百六十四話 目的地

 

「まぁ血は繋がっていないとはいえ、ニーナはヨハンを兄のように慕っているのだろう?」


 チラリとニーナの後ろ姿に視線を向ける。


「はい。兄といっても急に兄になったものですからどうしたらいいのかはよくわからないんですけどね」


 苦笑いをラウルに返すとラウルも小さく笑い返した。


「俺も妹がいてな。歳は離れているが、あいつが小さい頃は可愛がったものだ。今では国に帰った時しか会わないが、やはり置いて来た妹が心配でもあるんだよ」

「そうなんですね」


 だからニーナのことに配慮したのだと理解する。


「妹さんもいたんですね。弟がいるというのは知っていましたけど」


 これもまたラウルにまつわる有名な話。

 帝位継承権第一位だが放浪癖のある兄。その下には継承権第二位である弟が。

 その弟が現在皇帝と一緒に国政に関わっているのだと。


「ああ。そいつとは別に俺には腹違いの妹と、その下にもう一人弟がいる」

「へぇ。兄妹が多くて羨ましいですね」

「そんなにいいものでもないけどな」


 僅かに視線を逸らしたラウル。


「ラウルさん?」


 その表情はどこか憂いを帯びた表情に見えなくもない。


「(腹違いかぁ……。でも可愛がってるって言ってたけどなぁ)」


 具体的に問い掛けていいものなのか、聞かない方がいいものなのか微妙に迷ってしまう。


「なんでぇ?あたしお兄ちゃんのこと大好きだよぉ?」


 そこへ肩に重みを感じるのは、ニーナがヨハンにおぶるようにのしかかっていた。


「ありがとニーナ」


 いつの間にか会話を聞いていたニーナも話に入って来るので、なんとなくニーナの頭を撫でる。


「えへへ」


 嬉しそうに顔を綻ばせるニーナは疑問符を浮かべてラウルの顔を見た。


「ねぇどうしたの?」

「まぁ気にしなくてもいい。それぞれ事情があるんだってだけのことだ」

「ふぅん?」


 指を顎に当てながら首を傾げるニーナはラウルの発言の意味を理解していない。


「(そっか。エレナもそうだったように、立場のある人にはきっと僕が想像もつかないような大変さがあるんだろうな)」


 共感したくてもそれはできない。出来るはずがない。

 その立場の人間にしかわからないことがある。


「あれ?」


 同時に疑問が過った。


「(ならどうしてラウルさんは国を出ているんだろう?)」


 国を背負う責任を感じているエレナとは対照的。どうみても話に聞く限りは国を半ば放置しているようなその放浪癖。


「あの――」

「ねぇねぇラウルのおっちゃん! そういえばこれからどこに行くの?」


 グイッとラウルに顔を近付けるニーナの目はキラキラとしていた。


「おっちゃ――」

「ちょっとニーナ!それはさすがに失礼だよ!」


 明らかに敬意に欠けた態度。

 知らないならまだしもニーナもラウルが剣聖でカサンド帝国の第一皇子だということは知っている。


 突然のことにラウルは目を丸くさせていた。


「すいません!ほらニーナも謝って!」

「えー?どうしてぇ?」


 どうもこうもない。

 ラウルに目線を向けると、ラウルは下を向いて肩をプルプルと震わせている。


「(あっ、やっぱり怒ってるよね)」


 ニーナの態度に呆れながらラウルの様子を見ているとラウルは顔を上げた。


「くっくっく。はぁっはっは!」

「え?」


 ラウルは声を上げて盛大に笑う。


「いや、いい、いい。そうだな。ニーナからすればおっちゃんだろうな」

「でもさすがにおっちゃんは……」

「かまわないさ。俺をそういった態度で呼ぶやつを見たのはいつ以来か。いやいや、本当に久しぶりだな」


 気を遣っているような嘘ではない。紛れもなく笑って許しているのは見てわかる。


「ほら、お兄ちゃんが気にし過ぎなんだよぉ」

「いや、それはない。絶対に」


 断言出来るのは、いくらなんでもヨハンにもわかっていた。目の前の人物、ラウルがただただ寛大なだけなのだということは。


「過去には俺の事を小僧呼ばわりしたやつもいるぐらいだしな」

「それって……――」


 どうにも嫌な予感がしてならないのはヨハンを見るラウルの目が笑っているから。


「そうだ。お前の父親のアトムのことさ」

「――……やっぱり」


 ローファス王、当時は王子だったのだが、学生時代に王子だろうとお構いなしに喧嘩を売ったというのだから、同じ皇子でもあるラウルを過去に小僧呼ばわりしてもなんら不思議はない。


「(父さんの冒険者時代ってほんとどんなだったんだろう?)」


 苦笑いしながらも、こうなってくると知りたいような知りたくないような、怖い物見たさのような気持ちになる。


「ちなみにエリザさんはまともだったからな。アトムと違って教養や器量を十分以上に持ち合わせていた」

「あっ、そうなんですね」


 それだけ聞けたら少しばかり安堵の息を漏らした。

 両親二人ともめちゃぐちゃだったのではないのだと。


「(例外もあるがな)」


 ヨハンが安心する中、同時にラウルは過去、数は少ないのだがエリザが怒った時の方が竜よりも遥かに怖かったことを思い出していた。


「で、これからどこにいくのぉ?」

「そういえば」


 今後の行き先、それをまだ聞いていなかった。


「ああ、そのことか。お前たちには少々申し訳ないがとりあえずは俺の国に付いて来てもらうことになる。つまりカサンド帝国だな」

「カサンド帝国に、ですか?」


 それ自体は問題ない。

 どこに行こうともラウルに付いていくしかない。

 しかし先程の話と擦り合せるとどうにも疑問を抱いてしまう。訝しげにラウルを見た。


「お前は俺をなんだと思っているんだ?」


 ヨハンが意外に思っているのを感じ取り、ラウルは溜め息を吐く。


「い、いえ、放浪癖があると聞いていたので、てっきり国には帰らないものだと…………」

「これでも一応皇族なのでな。そう何年も国を空けるわけにはいかないさ。比較的自由にやらせてはもらってるが、国のことも気にはなるしさっき話した弟や妹のことも気になるしな」


 そう話すラウルのその表情からは本当に気にかけているのが窺えた。


「それに、最近父の容態が悪いという情報も入って来たのだ」

「えっ? ラウルさんのお父さんっていうことはつまり……」

「ああ現皇帝のことだな」


 今回ラウルがカサンド帝国に帰国する最大の要因。

 現皇帝であるマーガス・エルネライが病床に臥したという。


 ラウルは各地を放浪しているが、帝国の情報が旅先でも収集できるように諜報員を手広く派遣している。その情報によると、皇帝の病状はいますぐどうこうというわけでもないらしい。それでも気にはなるので折を見て帰国するつもりだったという。


「すいません。大変な時に……」

「いや、むしろ付き合せてしまうことを先に言ってなかった俺も悪い。あの場で言えばお前を連れ出すのに風向きが変わってしまうからな」

「僕は別に……」


 それだけの事情があるのなら無理してまで旅に連れて出てもらわなくとも良かったと不安気にラウルに視線を向けた。


「ラウルさんはいいんですか?」

「まぁ元々父には剣聖の称号を得た時に半分諦められているし、それに適度に国に帰ることを条件に容認してもらっている部分もあるからこっちの心配はしなくてもいい」


 ラウルも帝位継承権は持っている。さすがになんでもかんでも自由にさせてもらっているわけではない。


「それにな。子どもが大人の事情をあれこれ気にするな」

「わかりました」


 実際これ以上気にかけても仕方ないし、何かができるわけでもない。


「カサンド帝国ってどんなところなんだろうねー」


 隣で楽しそうにしているニーナを横目に、そうしてシグラム王国を出る。初めての国外は隣国カサンド帝国を目指すことになった。



 ◇ ◆ ◇ ◆



 ――――カサンド帝国、城内某所。


 薄暗い部屋の中、蝋燭の明かりに照らし出される影、数人がひそひそと話し合っている。


「おい、本当に大丈夫なんだろうな?」

「ああ。既に実験は何度か行っている。これがあれば帝国は必ず火の海になるのは間違いない」

「これだけのことを起こしておきながら足がつかないのか?」

「その点に関しては心配するな。ぬかりないさ。我らが裏で糸を引いているというのはバレないように幾重にも張り巡らせている。それよりも剣聖が帰って来ないか、そちらの方が心配だな」

「剣聖か。あいつは突然ふらっと帰って来るからな。今回の件を嗅ぎつけるとさすがに調査に乗り出すだろ?」

「そこも心配ない。奴に、シトラスにでも責任を押し付けてやるさ」

「魔族、か……。一体何が目的なのか」

「そんなものどうでもいいさ。コレがあればもうヤツは用済みだからな」

「フハハ。魔族以上のとんだ悪党もいたものだ」

「では予定通り、今行っている最終実験の報告を待ってから行動に移るとするぞ」

「しかし、こんな魔道具が作られるとは世も末だな」


 剣聖ラウルがヨハンとニーナを連れ、カサンド帝国に今まさに向かおうとする頃、カサンド帝国内で、不穏な動きが見られ始めていた。


「(利用しているのはお互い様でーすよ)」


 蝋燭に揺れる影の中、キラリと赤い目が光る。


「(……サリナス。もうすぐです)」


 ラウルと始まった旅は意図しない方向、思わぬ方向に事態は動いていくこととなった。



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