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第百六十二話 出発

 

 王宮の入り口にて。

 早朝、まだ陽が昇り始めた頃、人の姿が少ない薄く霧がかった街中


「さーて、出発だ」

「お気を付けて」

「ごめんなさいネネさん。こんなに早くに見送らせちゃって」


 早朝に出発するということを先日担当メイドのネネに伝えている。律儀に王宮の入口まで見送りに来てくれていた。


「いえ。私はヨハンさんのお世話をさせて頂いたことを光栄に思っていますのでお気になさらないでください」

「いや、そんな……――」


 担当メイドだとはいえ、どうにもこういった畏まった対応がむず痒くて仕方ない。


「それじゃ行ってきます」


 頬を掻きながら荷物を背負い王宮を出た。


「いってらっしゃいませ」


 ネネが深々とお辞儀をする中歩き始める。ラウルとの待ち合わせ場所は王都の外。


 そのまま中央区を出て南にしばらく歩いていると、王都の南地区の鍛錬場が視界に入り立ち止まる。


「ここでラウルさんと出会ったからこうして旅に出るんだね」


 妙な気分、ラウルとの偶然の出会いに感謝を抱いた。


「どんな旅になるんだろ」


 想像するだけでどこかわくわくし、期待が膨らんで仕方ない。


「レイン達とも一緒に行けたら良かったんだけどね」

「よせやい。俺には荷が重いっつの」


 突然後ろから声が聞こえたので振り返ると、そこにはレインとエレナとモニカの姿があった。


「みんな……」

「お見送りに来ましたわ」

「ありがとう」


「気を付けてな」

「うん」


 パチンと小さく乾いた音が響くのは、レインと手の平を打ち合う音。


「あれ? そういえばニーナは?」


 ふとニーナの姿がないことに小首を傾げる。


「一応昨日の間に見送りのことは伝えてありますけれども……」

「声を掛けに行こうかって話したんだけど、朝早くに行くと同じ部屋の子をびっくりさせちゃうかなって」

「そうなんだ」


 旅に出る前に顔を見られなくて少し寂しい気もした。


「声を掛けた方が良かったかな?」

「いや、ううん。半年後には帰って来るからいいよ」

「どうせぐうぐう寝てるんだろ?」

「かもね」


 ニーナの寝姿を想像して笑い合う。


「行って来るね」


「おう」

「いってらっしゃいませ」

「お土産楽しみにしてるわね」

「はははっ。わかったよ」


 そうしてレイン達に背を向け、再び歩き始めた。


 少しすると王都を出る外壁に着く。


「ちょっと遅れちゃったかな」


 その頃には王都を出入りする行商人に加えて住人の姿もチラホラと見られ始めている。

 王都を取り囲む外壁の中に向かって歩き始めたところ。


「――どこいくんだよテメェ」


 外に出る通路を通っていた時に不意に声を掛けられた。


「ゴンザ?」


 通路の影から姿を見せたのはゴンザだった。


「質問に答えろよ?」

「えっ、いや……」


 どこに行くと言われても、まだ行き先は聞いていない。恐らく質問の内容はそうではない気もするが、どう答えたらいいのかわからずに口籠ってしまう。


「知ってるぞ。テメェ剣聖に付いて行くんだってな」

「えっ!?」

「シェバンニが言ってやがったんだよ」

「あっ……先生か」


 ゴンザだけに限らず、他の学生もヨハンの姿がないことを教師たちに尋ねていた。その流れでゴンザも耳にしている。


 それでもわからないことがあった。


「それで、ゴンザはどうして?」


 見送りに来るような間柄ではないし、ゴンザの様子から見てもとてもそうは見えない。


「マヌケな顔しやがって。俺が来たのはどうしてもテメェに一言だけ言いたくてな」

「…………」


 ゴンザは小さく舌打ちしながらヨハンを指差した。


「いいか。覚えてやがれッ!今はテメェの方が強いのは認めてやるが、そのうちテメェを越えてやるから覚悟してやがれ!」

「……そっか。そういうことなら僕も楽しみにしてるよ」

「チッ! 余裕ぶりやがって。別に死んでいてもいいけどな」


 ゴンザは憎々し気にヨハンを一瞥して横を過ぎると王都の中に戻っていく。


「うーん。嫌われてるなぁ」


 反りが合わない相手がいることが仕方ないということはわかっているのだが、仲良くできるに越したことはないと考えながらヨハンも外壁を潜り抜けて王都を出た。


「あれ?」


 王都を出たところでラウルの姿を見付けて近寄ろうとするのだが、そこにもう一人の姿を見付けて思わず目を疑う。


「……ニーナ、どうして……――」


 そこには見送りに姿のなかったニーナがいた。


「遅かったな」

「あっ、はい。すいません、見送ってもらっていて少し時間かかりました」

「そうか」

「それよりも、どうしてニーナがここに?」


 さも当然の様にニーナがここにいる。表情はニコニコと嬉しそうにしていた。

 何をそんなに嬉しそうなのか疑問を抱くのだが、もう一つ疑問なのはニーナが旅支度をしていること。


「まさか……ニーナも一緒に行くの?」

「当り前でしょ?」

「いや、当たり前って」

「だってあたしはお兄ちゃんに会いに来たんだよ? 半年間もいなくなるなんてひどいじゃない。あたし何しにここに来たのって感じするじゃない」


 プンスカと怒っているニーナを見て呆れて物も言えなくなる。


「でも、いいの? ほらっ、学校もあるんだし」

「いいのいいの。それにシェバンニ先生にはちゃんと手紙置いて来たし。こっちの方が楽しそうだし」


 ニカッと笑うニーナ。

 確かに楽しそうなのはある程度同意するが、そんな問題でもない気がするのでラウルを見た。


「俺は別に構わないぞ。というか、俺も許可を出したしな」

「そう、なんですね」


 ラウルが良いと言っているなら問題はないのだが、同時に置手紙を見て頭を抱えているシェバンニの姿が思わず想像出来てしまい苦笑いになる。


「(それに、俺の見立てでは恐らくこの子は……――)」


 ラウルはヨハンを待っている間に姿を見せたニーナに話を聞いていた。その身の上の話を。


『――まぁそういう感じであたしはここに来ました』

『なるほど。アトムらしいっちゃらしいな』

『みたいですね。お父さんとはだいぶ仲が良かったみたいですけどね』

『そういえば父親の名前は知っているのか?』

『お父さんですか? お父さんはリシュエルです』

『へぇ』

『それよりも、お兄ちゃん遅いですねぇ』


 微妙に膨れっ面になりながら額に手の平を添え、外壁の通路の方に目を向けるニーナ。


『(……やはりそうか)』


 ニーナの横顔を見ながらラウルは脳裏を過る人物に覚えがあった。どこか面影を残すその横顔。


『(この様子だと本人は知らないのだろうな。シェバンニさんは恐らく気付いているのだろうが…………ふふっ、面白い。ならば二人まとめて面倒を見てやろう)』


 シェバンニが悔しがる姿を想像するとラウルは思わず笑みがこぼれた。



 ◇ ◆ ◇ ◆



 冒険者学校の校長室。


「あら?これは?」


 シェバンニはドアの隙間に差しこまれていた封筒を拾い上げる。窓際に向かって歩きながら中から一枚の紙を取り出して広げた。


『あっちの方が楽しそうだからあっちに行って来るね。 ニーナより』

「は?」


 簡素に書かれた文に特徴的な字。

 思わず目を疑うのと同時に間抜けな声を発し、すぐさま手の平を額に当てる。


「はぁ。 まったくあの子は……自由が過ぎるでしょ。旅に出るのはまだしも、あの子にはもう少し慎重さと常識を覚えてもらう必要があったのに…………。今更追いかけれませんね」


 ヨハンとラウルの予想通り盛大な溜め息を吐いていた。



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