第百六十一話 今後の予定(後編)
モニカは権力を前にしても媚びない。持ち前の胆力がなせる業。
「聞き訳がないのもガキの証だぞ?」
「私達の実力も知らないでそんなこと言われる筋合いないわよ」
段々と我慢できなくなり、言葉を返すのだがいくら言っても聞く耳を持ってもらえない。
あの手この手を使ってなんとか言いくるめようとするのだが、いくら胆力があろうとも大人と子どもの駆け引き。持ち合わせる引き出しも少ない。
「とにかく。ダメなものはダメです。あなた達はあなた達で自分のことを考えなさい」
「そういうことだ」
最終的にシェバンニとローファスを言い負かすことは叶わなかった。
「……ふぅ。エレナ、もう諦めましょう」
「……そうですわね」
二人で同時に肩を落として席に座る。
「ヨハンさん、ちゃんと帰って来て下さいませ。その時は約束通り、またあそこに行きましょうね」
ニコリと優しい笑みのまま言葉された場所がどこのことなのかはすぐにわかった。
あの物見塔のことなのだと。
「うん……わかってるよ」
微妙にあの時の出来事を思い出し、照れが訪れ顔を赤らめてしまう。
「約束? なんの約束したのよ?」
「うふふっ。秘密ですわ」
モニカの疑問にエレナは嫌らしい笑みを浮かべた。
「ちょっとエレナ!秘密って何よ?教えなさいよ!」
「秘密は話さないことでこそ秘密たり得るのですわ」
そのやり取りを見ているローファスが僅かに身を乗り出してどういうことなのかと聞き出そうとする。
「ッた!」
のだが、隣に座っていたジェニファー王妃がローファスの太ももを軽くつねっていた。
「そっとしておくべきですよ。親なら時には静かに見守る時もあります」
「いや、だが――」
「あなた」
ゴゴゴとジェニファー王妃がきつく睨みつけると、ローファスは僅かにたじろぐ。
普段のジェニファーは常にローファスの一歩後ろで下がって見ており、王妃として必ず王を立てていた。しかし、ここで僅かに親としての顔を見せる。
「わ、わかった。そうだな、過ぎた干渉はしないんだったな」
「ええ。あなたがドンと構えていませんと」
そう言うのも、冒険者学校に王族や貴族を入学させる意図の一つもそこにあるのだから。親の介入を極力排除して、自力を養うという。
「これで全て終わりでおじゃるな?」
微妙に疲れた息を吐いたマルクスが全体を見渡す。
「ああ」
ローファスが全体を見渡して、他に意見がなさそうなのを確認するとマルクスに頷いた。
「ではこれにて今回の会議を終了とするでおじゃる」
そこで今回の一件にまつわる会議を終了する。
「では私達は業務に戻らせてもらいます」
「ああ」
マクスウェルとアマルガスが立ち上がり部屋を出ていく。
「僕たちもいこうか」
「ええ」
ヨハン達も立ち上がり部屋を出ようとするのだが。
「あっ。ちょっと待て」
ローファスが声を掛けてきた。
「すまんがヨハンはもう一日王宮に泊まる様にしてくれ。まぁ念のため程度だがな」
「……わかりました」
結局王都を出発することになる翌日まで王宮に滞在することになる。
そうしてこの場で決まった。
ヨハンが半年間剣聖ラウルの旅に同行するということが。
「ちょっとあなた達待ちなさい」
円卓の間を出たところでシェバンニに呼び止められた。呼び止められたのはヨハンではなくモニカにエレナにレインである。
まだ何かあったのかとお互いに顔を見合わせるのだが、シェバンニのその顔は笑顔で怒っていた。
◇ ◆ ◇ ◆
「(――おい、俺とばっちりじゃねぇか!)」
廊下で正座をさせられているモニカとエレナとレインを見て苦笑いをする。
「まったくあなた達はそういうところをもっと冷静に立ち回らなければいけません」
「はい。すいません」
「確かに出過ぎた真似でしたわ」
くどくどと説教を繰り返すシェバンニ。
あの場、あくまでヨハンのパーティー仲間として呼ばれただけのエレナ達。その学生としての立場を超えた態度をシェバンニは怒っていた。
「あなたたちは何か勘違いをしているようですね。ヨハンは遊びにいくわけではありません」
「「「はい」」」
「ですがこれではっきりとしました。あなた達にはあなた達の課題を今以上にしっかりと用意します」
「「「えっ!?」」」
思わずシェバンニの顔を見上げるモニカ達。
「(おいちょっと待て!俺は直接関係ないじゃねぇかよ!?)」
しかし目の前の鬼を目にして直接文句を言えるはずもない。
「ラウルの旅は尋常ではない程過酷な筈です。あなた達の課題もラウルのそれに負けずに容赦なくいきますのでそのつもりでいなさい。ヨハンが帰って来て、さらに差が開いているか、それとも縮まっているのかはあなた達の努力次第です」
「「……はい」」
静かに返事を返すモニカとエレナ。
「(えっ? 今以上って……この鬼婆何考えてんだ?)」
レインだけはシェバンニの鬼教官振りを既に知っている。これ以上厳しくなるのかと思うと吐き気を催していた。
「ほら。それにニーナを見習いなさい。あなた達があれだけ騒ぎ立てる中、ずっと静かにしていたでしょう」
ニーナを指差すシェバンニ。
「そうですよぉ。ちゃんと考えて行動するべきですよ、お姉ちゃんにエレナさんも」
「……ぐっ」
「まさかニーナに言われるだなんて」
ニカっと笑いかけるニーナ。
「(ふぅん。それにしてもお兄ちゃん、長期遠征かぁ…………)」
下唇に指を当てるニーナは僅かに思案気な表情を見せるのだがすぐに笑顔になる。その笑顔の裏側には思惑を隠し持っていた。
「(……そっかそっかぁ)」
小さく口角を上げていた。




