第百六十 話 今後の予定(前編)
それから円卓会議は一部混乱することになる。
突然のラウルの宣言の意図も内容も一切読み取れない。言葉だけならラウルがヨハンをどこかに連れ出すということのようなのだが、まるでわけのわからない話。
困惑するのは当事者のヨハンだけに限らずエレナ達も同様。
「いえ。やはりダメです」
「だからシェバンニさん。俺がヨハンを鍛え上げてやると言っているのではないか」
円卓を挟んで互いに言葉を交わしているのはシェバンニとラウル。
一同はその動向を静かに見守っている。
「彼はまだ学生です! まだまだここで学ばないといけないことが多くあります!」
「知識なんて後で身に付けられるだろ? それにヨハンがいない方が学生達にはいいんじゃないのか? こいつがいたら他の学生が萎縮するかもしれないんだろ?」
「で、ですが……」
ラウルの言葉に押され気味になるシェバンニ。
ラウルがヨハンを連れ出すということは、つまり次にラウルが戻って来るまでヨハンは帰って来ないという事。その期間次第では実質退学扱いになるということを差していた。
「(そうなってしまっては、彼女たちにもまた大きく影響が出るでしょう)」
チラリとエレナ達に視線を向ける。
「ふぅ」
その様子を見かねたローファスは大きく溜め息を吐いて口を開く。
「ならシェバンニ。こういうのはどうだ?」
ようやくラウルとシェバンニ以外が口を開くと、ローファスに視線が集中した。
「確か、制度が変わってなかったら学校には特別優秀な学生のために組むことの出来る課程があったはずだ。期間限定のな」
「確かに半年間の長期遠征、それはまだありますが、彼をそれに当てはめろと?」
「ああ。このままでは話が進まないし、それにラウルは元々会議が始まる前からヨハンを連れ出す事を提案していただろう?」
「え、ええ」
だからシェバンニは会議が始まる前に怒っていた――というよりもなんともいえない感情を抱いていた。果たしてそれでいいのかという迷いの眼差し。ラウルの一方的な提案。
「その課程に組み込めばお互いの希望は叶えられるはずだ」
ローファスは顎肘を立て、シェバンニを射抜く。
「ですがあれは自国のみに限りますよ?」
その特別遠征に国外は含まれていない。規則ではシグラム王国内に限られていた。
しかし、ラウルが連れ出すということは王国を出る事。
「だからここは例外を作るということでな。それぐらい構わないだろ。元々が異例尽くしだ」
「それは確かに、それぐらいなら構いませんが……しかし――」
とシェバンニがラウルに視線を向けるのは、果たしてラウルがそれを、特別遠征の期間を守るのかどうか。
「仕方ないな。このままでは堂々巡りだ。それで手を打とう」
ラウルが容認したことでシェバンニは小さく首を振る。これ以上ごねればせっかくの折衷案がなくなりかねない。
「わかりました。必ず期限は守りなさいラウル」
キッとラウルを睨みつけるシェバンニ。
「ああ。ここで約束する。間違いなく。なんなら一筆書くぞ?」
「いえ、必要ありません。あなたはつまらない嘘はつきませんからね」
「信用して頂けているようで」
ラウルは軽く笑う。
「これで話もまとまったな。それでいいか?」
問い掛けるのはヨハンに対して。まだ本人の意向を聞いていない。
「僕は……――」
つまり、一緒に行けば今後もラウルの師事を受けられるということ。
それに、そうなればヨハンの知らない父さんや母さんの話も教えてもらえるかもしれない。なんとなくだが、両親に直接聞いても教えてくれない気がする。
「――……はい。問題ありません」
なにより、他国を見てみたい。その好奇心が大きくなった。
しっかりと、はっきりと返事をする。
「よし。なら決まりだ。エレナとモニカとレインは急にヨハンが姿を消したことで色々と質問攻めには遭うだろうが。まぁその辺は知らないと言い張っていれば大丈夫だろう」
「お父様?」
「なんだエレナ」
エレナが決意の眼差しを持って立ち上がり、ローファス王に声を掛けた。
「(お父様、だと?)」
その言葉を聞いて疑問を抱くのはドルド。
「(あの子はこの間魔剣を打ってやった子ではないか?)」
そうしてローファスとエレナを交互に見やり、その親子関係を理解する。
「(なるほど。普通の学生達ではないと思っていたが、こんな偶然があるのか?)」
チラリとヨハンに視線を向けると次にモニカを見る。
「(アトムとエリザの子に加えてローファスの子もここにいる……。 となると、本来アレを持つべきなのはあの子ではないのか? いや、ローファスは盗まれたと言っていた上にアレが収まる鞘もない。ならば別々に売られたのだろうな。それに、あの時に謝罪は受け取ったし、儂も許した。剣身だけであの剣だと気付いているのは儂だけ。余計なことは言わんでおこう)」
モニカがその剣を愛剣にしていることは知っていた。今更蒸し返す必要もないと小さく首を振り、今この場に於いては関係のない話だと心の中に留める。
「わたくし達もヨハンさんに……いえ、ラウル様に付いて行ってもよろしいでしょうか?」
突然のエレナの提案。不意討ちの提案。その場にいる全員がキョトンとした。
「エレナ?」
小さく声を掛けるとエレナと目が合い、ニコリと微笑まれる。
そのままローファスに視線を向けると、ローファスは盛大に溜め息を吐いていた。
「ならん」
「ッ!? どうしてでしょうか!?」
「当り前です」
そこへシェバンニが口を挟む。
「今回の件で騒動になっているのはヨハンただ一人です。そこであなた達までいなくなれば余計な混乱を生みます」
「だな。加えてだ。お前が王女だということは貴族関係者の何人も知っていることだ。王家の習わし、冒険者学校に在籍して卒業するという慣習もな。ついでに言うと、王家はその長期遠征には参加できない決まりになっている」
そこの規定を覆すつもりはない。
王家が率先して冒険者学校に通うということから貴族もその習わしに従っていた。合わせて、年端もいかない王家の子が長期遠征に赴くなど内容次第では暗殺してくれと言っているようなもの。思い付きで行えるようなものではない。
「ぐっ……」
しっかりと成長した後、その後なら比較的自由にできる。だからこそ卒業後に自由は与えられており、エレナもそれは知っている。返す言葉がないエレナは歯噛みする。
「……エレナ」
ただ聞いているだけのモニカ。どう声を掛けたらいいのかわからない。モニカも可能であるならばエレナと同じ気持ち。
「それに俺はガキの子守りをするつもりはないぞ?」
「ガキなんかじゃ――」
不意に発されたラウルの言葉に対して思わず反応してしまった。
モニカの声が部屋の中で響く。
「ほら、そうやってすぐに怒るところがまだガキの証拠だ。戦場では感情を押し殺せなければ死ぬぞ?」
「舐めないで欲しいわね」
ダンッと机を叩き立ち上がるモニカ。
「……モニカ。そうですわね」
モニカも自分と同じ気持ちなのだと理解して目を合わせると軽く笑い合った。
「威勢だけはいいようだな」
モニカとエレナの二人して威圧を込めてラウルを見るのだが、ラウルは一切動じない。怯まない。この程度で怯むはずがない。
「ま、まぁ、しばらくすれば帰って来るんだし」
レインが笑顔で宥めようとするのだが――。
「あんたは黙ってて!」
「あなたは黙ってなさい!」
「はい、そうですね。おっしゃる通りです。はい。黙ってます」
なけなしの勇気を振り絞ったのだが、即座にシュンとするレイン。
「(……おいおい、ってかエレナはまだしもモニカもすげぇな)」
上目遣いにこの場にいる人物を改めて見渡してみる。
国王や騎士団長にギルド長など、王国の主要人物が集まり、剣聖ラウルはカサンド帝国の帝位継承権第一位。まるでそれを忘れているかのような口調で口論しているのだから。




