第百五十九話 ドルドの過去
円卓に座る一同の視線が集まる中、ドルドがゆっくりと口を開く。
「儂が生まれ育った国を出て来て今ここにいるのは主等の知っての通りだが、それは単純にこの国に流れ着いたわけではないのだ」
ドルドは静かに語った。
自身の半生、以前ヨハン達に語ったことのその先の話を――――。
「あれは、もう何年位前になるか、お主等が生まれるよりも前のことだ」
自国を出てこれまでに幾多の国々を渡り歩いていたドルド。
辿り着いた先々ではこれまでと同じようにその鍛冶の腕は歓待された。だが、どれだけ少人数に留めようともこれまでと変わらず結局噂はすぐに広まり、多くの武具の依頼が舞い込む。それに加えて、その土地に元居た鍛冶師からも恨まれることとなるどころか、出生地である自国民が連れ戻そうとやってくる始末。
「(やはりドルドさんはあの国の方で間違いないようですわね)」
冒頭の話とドルドの特技と外見的な特徴だけでエレナはドルドの出身国を理解するのだが、チラリと横にいるヨハン達を見た。
「(……ヨハンさん達は気付いていないのでしょうか? まぁ敢えて触れることでもないですわね)」
騒がれることを嫌うドルドの性格上、知っていても知らなくてもどちらでもいい話。
「(それに、ドワーフなんて遥か南方の種族ですしね)」
ここシグラム王国には他種族はほとんどいない。目にする方が珍しい。
そうして再び言葉を続けるドルドに視線を戻した。
「そうして住居を移していく内に、儂はカサンド帝国の峡谷で息絶えようとしていたところでこやつらに助けられたのだ」
一大決心して遥か遠方、また別の国へと渡り歩く。
『……ぐっ、まさかこのようなところで果てようとは』
そんな中、ドルドの油断が原因なのだが、雨で地盤が緩んだところ不意の落石を受けてその命が危機に瀕することがあった。
『このままでは……死んでも死にきれん』
伝説の武具に匹敵する武具を打つという夢も潰えそうになる。遠のく意識。願い叶わず志半ばでその命が尽きるのを覚悟した時、微かに声が聞こえてきた。
『おい、なんか死にそうなやつがいるぞ?』
『えっ!? 大変! なに悠長なこと言ってるのよ! 早く助けないと!』
偶然にもその場に居合わせたスフィンクス。つまりアトム達に助けられることになる。
「(ドルドさん、父さん達と知り合いだったんだ)」
意外な繋がりをそこで知る事になった。
ヨハンが疑問を抱く中、口を挟めるはずもなくドルドは言葉を続ける。
「その時にスフィンクスのやつらと一緒にいたのがここにいるローファス王と剣聖ラウルだ。その時は二人ともそんな肩書きは持っていなかったがな」
その当時のスフィンクスには、まだ王位に就く前のローファス王、つまりローファス王子がスフィンクスと行動を共にしていた。
ヨハンが初めて聞くその話はエレナも知らない話。
「(まさかそんなことがお父様にあっただなんて)」
王位に就く前に少し旅をしていたことがあるとは聞いていた。エレナも同じようにして王位に就くまではある程度、それなりに自由にして良いと言われているのもここから。
アトムと親友であったというのだから一時期行動を共にしていたことがあったとしても不思議ではない。同時に剣聖ラウル・エルネライがスフィンクスと行動を共にしていたことがあったという噂もこれで繋がった。
だから父とラウルが一国を代表する立場にありながらもこれだけ親しげに話していることにも納得する。
いくらシグラム王国とカサンド帝国が友好国とはいえ、まるで友達かのような間柄で会話を繰り広げていたのだから。
「はぁ」
溜め息を吐くのは、話の内容が驚きを隠しきれないことばかり。
ただ聞いているだけのモニカとレインはまるで創作物でも読み聞かされているのではと思えるようなどこか現実味のない印象を抱いていた。
「まぁそうしたことがあって儂はローファス王の力を借りてここでひっそりと生活をしていたということだな」
偶然助けられたドルドは命を助けられた以上その礼は尽くさないといけないと考える。
これはドルドとしては珍しかったのだが、ドルドから願い出たもの。自身の鍛冶としての腕を恩返しとして提供するという。
「それで俺のこの剣、これはドルドさんに打ってもらったんだ」
卓上にゴトッと剣を乗せるラウル。
白い鞘に収まったその剣は一目で業物と断言出来る代物。
「まぁもう一本打ってやったがな」
礼として打った剣、それは後の剣聖となるラウルと、もう一人スフィンクスの剣士に渡したのだという。
「(あれ?もしかしてそれって……)」
ヨハンの脳裏を過るのは実家の壁に飾られていた一本の黒い剣。当時は疑問すら抱かなかったが、こうして見ると目の前のラウルの剣と似てなくもない。
「(加えてもう一本ここにはあるのだがな)」
そうしてドルドはモニカに僅かに視線を送ったのだがモニカはドルドの視線に気付かない。
「(ドルドさん、そんなに凄い鍛冶師だったんだ……)」
疑問を抱くモニカは腰の剣に目を向け、かつてこの剣はドルドが打ったものだということはドルド自身が断言していたこと。
「(お母さん、どうしてこの剣を持っていたんだろ?)」
母から渡された剣の起源が意外なところにあったことに驚きを禁じ得ない。その経緯に疑問を持つ。
「(お父さんの荷の中に入っていたのかな?)」
レナトで商人をしている父の流通物の中にあったのだろうと結論付けた。
「まぁそういうわけで俺はこの剣に今でもお世話になってるってことだな」
その後、ドルドの打ったその剣を手にラウルは剣聖となる。
「それがなくともこやつは剣聖になっておっただろうがな」
決してドルドの剣がラウルを剣聖にしたのではない。
ラウルは当時、今のヨハン達と変わらない程度の子ども。しかしそれでもその秘めたるものは目を見張るものがあった。だからこそアトム達スフィンクスはドルドにラウルの剣を打ってもらうことを頼んだのだ。
ラウルも自身の力を過信しているわけではない。
ドルドの剣があったからこそ十代にしてその数々の偉業を成し遂げられたと考えている。だからこそ、現在大陸中を旅して得た物、素材となるようは珍しい物をドルドに届けに来ていたというのだった。
結果王都を訪れたラウルが偶然ヨハンを目にする。その粗削りな素材に自分の手を加えてみたくなった。過去、スフィンクスに自分がそうしてもらったことのように。
そうしてラウルはもうすぐ王都を出立する。
ヨハンの成長を確認したくて騎士との模擬戦を見ていたのだが参考にもならない。そこに都合よく現れた飛竜を物差しとしてヨハンに討伐させたのがここまでの経緯。
「――とまぁこんな感じだな。 どうだ? 驚いたか?」
したり顔のローファス。
それは驚き困惑しているヨハン達を見ているのが楽しくて仕方なかった。
「そうだったんですね。まさかドルドさんやラウルさんが父さん達と知り合いだなんて思ってもみなかったですよ」
俯き加減に話すヨハン。
まさかこんなところでまた両親の話を聞かされるとは思ってもなかった。
「はっはっは。だろうな。 ん?どうしたラウル? それにお前らも?」
高笑いを上げるローファスなのだが、その場にいるいくらかの面々は驚愕している。
驚いているのはラウルだけではなく、ドルドやマクスウェルにアマルガス。
「い、いや、ちょっと待て? 今なんて言った?」
「どうした、と言ったのだが?」
「そっちじゃない!ヨハンの方だ!」
「えっ?」
ラウルは立ち上がり、ヨハンを指差した。
突然ラウルが大きな声を発した事に困惑する。
「今、お前は俺やドルドの知り合いに父親がいると言ったか?」
「えっ? はい。それがどうかしましたか?」
肩をわなわなと震わせているラウル。
一体どうしたのか疑問でならない。
「……ヨハン、お前の父親の名は? ついでに母親の名前も言ってみろ」
まっすぐに見て問い掛けて来た。
先程ドルドの話で出てきた人物で父として連想するのは一人しかいない。
「えっと……父さんがアトムで……母さんがエリザ、ですけど?」
その言葉を聞いたラウルが驚きに目を剥いた。
「……本当……なのだな?」
「え? はい」
「……くっ、くくく。はーっはっはっは! いや、まさかこんなことがあるとはなっ!」
俯き笑いを堪えきれないラウルは額に手の平を当て天井を見上げる。
「団長、間違いはないのですか?」
「ああ。お前は名前までは知らなかったか。確かにその通りだ。王のあの様子を見る限り彼が息子で間違いないのだろう」
ひそひそと話すアマルガスとマクスウェル。
騎士団団長であるマクスウェルはスフィンクスの素性を知る数少ない人物。
そうなると今回の一件、尋常ならざる実力の持ち主、そこにいくらか納得する要素もあった。
「(はぁ。やはり知らなかったようですねラウルは……)」
シェバンニはその様子を無言で呆れながら見る。
「お、おい!小僧!今の話本当のことだな!?」
声を荒げて問いかけるのはドルド。
ドルドも信じられないといった様子を見せていた。
「はい」
疑問符を浮かべながら返答するのだが、返事を受けたドルドは勢いそのままに思わずローファスの顔を見た。
「……なるほど。ローファスは知っていたようだな」
「あぁ、そうか。ドルドは今知ったのか。それにラウルもその様子だと知らなかったようだな。ヨハンの指導をしていたものだからてっきり知っているとばかり……。それにだからあの提案をしてきたのだと思ったのだが」
ヨハン達以外で共通理解してなにやら頷き合っている。
「あの提案?」
一体なんの話をしているのか疑問でならない。
「よしっ。これで今後の事は決まったな。俺がヨハンを連れていくことにする。いいな、シェバンニさん?」
「「「「えっ!?」」」」
唐突にわけもわからないことをラウルは堂々と宣言した。




