第百五十六話 円卓の間
朝食を終え、少し待っているところにドアがノックされる。
「はい」
会議への呼び出しだと思い立ち上がろうとしたところ。
「やっほ、お兄ちゃん。元気?」
ガチャッとドアが開けられ、顔を覗かせたのはニーナだった。
「あれ? ニーナ? どうしてここに?」
「こっそりと出て来たけど見つかっちゃったのよ」
「モニカ」
そのままニーナを押し込むように続いてモニカが入って来る。
今日の会議にはエレナはもちろん、モニカとレインも同席するように言われていたがニーナは呼ばれていなかった。
「だってお姉ちゃん達絶対に動くと思ってたもん」
「ま、見つかったらしょうがねぇよ。よっ、元気か?」
レインも続けて部屋の中に入って来るのだが、その表情はニヤニヤとしていた。
「どうだ?王宮の暮らしは?」
「どうもこうも、早く戻りたいよ。一日だけとはいえこれだけ広いと全然落ち着かないからさ」
「だろうな」
立ち上がりかけた腰を再び下ろしたところでレインはヨハンの正面に座る。
「で? 帰れそうなのか? これもらうな」
残っているパンに手を付けジャムを塗り始めた。
「あっ!レインさんだけズルい!あたしももーらいっ!」
ニーナはヨハンの隣に座り、同じようにしてパンにジャムを塗って食べ始める。
「うん。たぶん会議のあとになると思うけどね」
「二人とも意地汚いわね。それにしても会議ねぇ。なにを話すの?」
モニカも椅子に腰掛け、机に肘を立てて不思議そうに問い掛けてきた。
「さぁ? あれ?そういえばエレナは?」
「エレナは私達をメイドにここまで道案内するように預けると用事があるって言ってどっか行っちゃったわよ?」
「ふぅん。そっか」
「まぁ間違いなく昨日の件なんだろうな」
「あっ、昨日の件といえば、そういえばヨハン。どうして剣聖ラウルと知り合いなのよっ!」
そこでモニカが思い出したとばかりに机に手の平を着いて身体を起こす。
昨日は飛竜の一件、そのゴタゴタがあって碌に話す時間も作れないまま王宮に連れて来られていた。
「あっ、あー、あー……剣聖ラウルさんと知り合いというか、知り合った人がたまたま剣聖だっただけというか…………」
どう答えたらいいのかわからない。
早朝の鍛錬を秘密にしているように言っていた理由はその立場からだというのはなんとなく理解できる。しかし、ヨハン自身も昨日知ったばかり。
「……なに言ってんのよ?」
首を傾げながら呆れるように疑問符を浮かべるモニカに対して、レインはパンを食べながら口を開く。
「まぁその感じだと今回は別にお前の個人的な繋がりがあったってわけじゃなく、偶然知り合っただけってことだな?」
「ええ。その通りですわ」
「あっ、エレナ」
話をしていると丁度そこにエレナが姿を見せた。
「先程ラウル様にもお話を聞きに行きましたが、どうやら偶然ヨハンさんを見かけたらしく、本当になんとなく剣を教えていただけのようですわ」
「ふぅん。いいなぁ。私も剣聖に剣を教えてもらいたかったなぁ」
片肘を着いて微妙に不貞腐れるモニカ。
「そうですわね。こんな機会は中々にないでしょうしね」
「だよねぇ」
それほど剣聖ラウルに師事を受けるということは滅多にないこと。
「それよりもお待たせしましたヨハンさん。準備が出来たようですので会議室まで参りましょうか」
「うん。わかった」
それまで耳だけ傾けて会話に入らなかったニーナは、食べかけのパンを急いで掻き込みスープを飲み干す。
そこで食堂を出て、エレナに会議室まで案内されることになる。
いくらか通い慣れた王宮内を歩いて行くのだが、そこでいつもと景色が違うことに気付いた。
比較的平坦な作りの王宮の中なのに、数少ない上階、二階部分に向かうためにあった弧を描く階段を上り始める。
「あれ?会議ってどこでやるの?」
「ええ」
てっきり王様と話をするのだから謁見の間かいつも個人的な話をするための小さな会議室に向かうものとばかりに思っていた。
「今回は、もしかしたらわたくし達が思っている以上に事が大きく運ぶかもしれませんわ」
「どういうこと?」
「もうすぐ着きますが、今向かっている会議室は特別大きな出来事、重要なことを話し合う時にしか使用されませんの」
普段は柔らかな笑みを浮かべていることの多いエレナのその表情にどこか緊張が走る。
「重要な話……か」
レインは今の話を聞いてゴクッと息を呑んだ。
「ここですわ」
エレナが立ち止まったドアは、謁見の間程に大きくはないが、ヨハンが見た中でもその次に大きいと思えるような黒いドア。それだけで今からどこか違う空間に入るというような重厚さを感じ取る。
エレナがゆっくりとそのドアを押し開けると、ドアに見合う大きな空間があり、その中央にはこれまた大きな円卓が置かれている。椅子が二十脚以上配置されているのだが、そのうちいくらかには既に人が座っていた。
「お待たせしました」
「早く座るでおじゃるよ」
「ええ」
部屋の中に入るなり緊張しだしたレインは身体をガチガチにさせているのだが、対してニーナは何食わぬ顔。
ヨハンもさすがにこれだけの空間でする会議とは一体何を話すのだろうかと思う。
「ねぇねぇ」
「ん?」
不意にモニカに袖を引かれて小さく囁かれた。
「ほら、あそこ」
「あそこって?」
「シェバンニ先生よ」
モニカの視線の先にいるシェバンニはどうにも怒り心頭といった感じで、一人ただならぬ気配を醸し出しているのがわかる。
「あっ……」
「絶対怒ってるってアレ」
「……だよね」
目が合った瞬間に睨まれたのでまた怒られてしまうのかと、次はどういう理由で怒られるのか考えるのだが、今回はそれほど悪いことをしたとは思えない。
それでもシェバンニ教頭のことだから何かしら理由はあるのだろうとは思う。
「さ。とにかく座りますわよ」
エレナに促されるままに座るのだが、どうにもその場にいる人物に疑問を抱くのは意外な人物が座っていたから。
円卓の最奥、空席になっているそこにはローファス王が座るのはわかる。隣の空席には恐らくジェニファー王妃なのだろう。宰相のマルクスと近衛隊長のジャンが立っているのはいつものこと。
「アマルガス大隊長の隣にいるのが騎士団長のマクスウェル・ハートレットですわ」
最奥の空席二つの横に座っていたのは騎士団長のマクスウェル・ハートレット。その隣にはアマルガスとラウルが座っている。この中で知らない顔はマクスウェル団長だけだった。
反対側、そこにはシェバンニ教頭と冒険者ギルドの長であるアルバ。
「(どうしてあの人がここに?)」
それらに続いて座っていた意外な人物とは、北地区の民家で人知れず鍛冶の腕を磨いていたドルドが同席していたのであった。




