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第百五十四話 閑話 モニカの心情

 

「……私もヨハンに負けないぐらい強くならないと」

「ええ。こうなっては仕方ありませんわ」


 ヨハンが実質単独で飛竜の討伐を行ったその数日後、学生寮の自室でモニカとエレナはベッドに腰掛けて神妙な面持ちで話していた。


「それにしても、ヨハン……大丈夫かな?」

「ヨハンさんなら心配いりませんわ。むしろ心配なのはこちら側かと」

「ふふっ。確かにそうね」


 そのままモニカは窓の外に目を向けると部屋の明かりに光を失わされた暗い夜空を見上げ、これまでに起きたいくつかの出来事を思い出す。



 たった一年半程度だけど、多くの出来事が起きた。それは将来のことを改めて考え直すかもしれないと思う程度に…………――――。



 王都になんて来たくなかった。

 それが入学前の本音。


 大きくなればレナトでお母さんの手伝いをしていければいいと思っていた。

 そう、あの時までは。


 恐かった。

 お母さん、普段は優しいお母さん。嘘、ほんとはたまに怖い。怒ったら怖い時もあるお母さんが、その日は別の意味で怖かった。

 幼い頃の記憶。お母さんを失ってしまうのではないかという気がして恐かった。


 けれども、お母さんは強かった。お母さんは私の力なんて必要なかった。私の知らないお母さん。

 幼い私は、お母さんを助けようとして手近にあったフォークを無意識に投げていた。投げるといっても放り投げるのではなく、明確に相手を傷付けようとする意思を込めた投擲。

 そのフォークはお母さんを傷つけようとしたその荒くれ冒険者に当たった。


 でも後で知ったこと、あの時私の力なんてお母さんには必要なかったのだということを。


 それでも、わかったことが一つある。

 何かを、誰かを守るために、時には力が必要なのだということ。それは人間としての魅力ではない。純粋な力。戦う力。


 世の中綺麗ごとだけでは済まない。そんなことある程度大きくなれば誰でも知っている。

 本当ならそんな力が必要ない世界が一番良いのだろうけど、交易を担っている父も日々野盗や魔物に対して苦慮していた。


 つまり、私が力を身に付けることで両親の手助けができる。


 あの日から私はお母さんに色々と教えてもらった。

 強くなるための体術と剣術、それに少しの魔法。お母さんが言うには私は治癒魔法の筋が良いみたいだと。


 でも気になるのは色々教えてくれたお母さんがどうしてそれほど強いのか。戦闘技術や知識にこれだけ詳しいのか。小さかった頃は疑問にすら思わなかったけど、大きくなるにつれて段々と理解して来る。普通の主婦では絶対にありえない。疑問を抱いてから何度か聞いてみたけど結局教えてはくれなかった。


 返事はいつも決まっていた。


『女に秘密は付き物なのよ』


 と指を一本添え笑ってはぐらかされた。

 結局聞く事を諦めたのだが、それでもこれで、このまま強くなればお母さんとお父さんの手助けができる。そう思っていた。


 そんな中、夜なんとなく目が覚めた時、廊下を歩いていると両親の寝室から会話が聞こえて来た。


『この分なら問題ないわね』

『そうか、なら冒険者学校に通わせるかい?』

『そうね。その方がモニカのためになるかもしれないわね』

『ヘレンはそれでいいのかい?』


『……ええ。私達の役目ももうすぐ終わりじゃない』

『……そうだね。子どもが巣立つ、これほど感慨深いものはないね』


『――私行かないからねッ!』


 ドアを勢いよく押し開け、思わず部屋に飛び込んでしまっていた。

 聞かなかったことに出来なかった。話の内容が自分のことを話しているということはすぐにわかった。


 でもどれだけごねようとも最終的に王都へ行かされることになる。

『広い世界を見なさい』の一点張りで。

 嫌々だったがどうせ三年。卒業すればまた戻って来れる。

 冒険者になんてならない。そう決意して王都に向かった。


 そうして王都に向かう道中、馬車はいくつかの村を回る。途中幼い子どもが荷馬車に乗り込んできた。


(この子も王都に行くのかな?)


 そんなことを思っていたら、馬車の前に突然魔物が現れる。

 明らかに普通の魔物とは違っていた。


(しょうがないか)


 見た感じこの中で戦えるのは私だけ。

 と剣の柄を握り、すぐにその魔物に対して斬り込んだ。

 きちんと討伐したのだが、振り返ると少し前の村で乗り込んだ子どもも剣に手を掛けている姿が視界に映る。


(もしかしてこの子、戦う気だったのかな? そのわりにはボーっとしているし……――)


 そう思っていたらその子に突然『綺麗だ』と言われた。

 余りにも予想の斜め上の返答だったので思わずたじろいでしまう。

 レナトで同年代の子達には、荒くれ者を倒しては怖がられていたのでそんなことを言われたこともなかった。

 魔物と戦う気だったと言ったその子、見た目はとても強そうに見えない。歳はそう変わらなそうだけれども、お母さんも認める私ぐらいに強い子どもなんてそうそういるはずがない。


 結果的に偶然にもその子は私と同い年で、冒険者学校に入学する予定だと。

 せっかくだから一緒に王都へ、寮まで一緒に行くことになる。


 そうして男の子と分かれたあとに向かった学生寮であてがわれた部屋は相部屋。

 どんな子と一緒なのかと思っていたら、もの凄い上品で綺麗な女の子がいた。

 王都の出身だと聞き、王都の女の子はみんなこんなに上品で綺麗なのかと、つい自分の姿と比べてしまう。

 後で知ったことだけど、実はそんなことはなかった。その女の子が特別なだけ。それがこの国の王女様だと言うのだから。そりゃー上品だよね…………私と違って。


 おまけにその女の子は、強かった。とても強かった。思わず目を疑う程に。

 たまたま同室で知り合って、なんとなく入学式で戦うことに。

 ガルドフ校長が何時如何なる時も不測の事態が生じると。それは確かにその通りだと。私は既にレナトで何度もその不測の事態を経験している。常に戦えるようにしておかなければならない。


 負けるつもりはなかった。

 その女の子、エレナをすぐに倒して次にいくつもりだったが結局倒せずに終わった。これまでの自分の自信がいくらか揺らぐ。母に太鼓判を押されたその強さに。

 あの時に、目の前の同室者が王女だと知っていたら多少は遠慮もしただろうし、英才教育を受けていたので強い理由にも納得できただろう。


 レナトでは大人の冒険者が暴れていてもいつの頃だったか、いつからかお母さんと一緒に制圧していた。モニヘレなどという妙な呼び名で呼ばれることに気恥ずかしさはあったが母と一緒に呼ばれることは素直に嬉しかった。どれだけ強かろうとそんじょそこらの子には絶対に負けないと思っていた。

 でも、王都はさすがに違った。同室の子がこれだけ強いのだ。お母さんの言う通り、確かに来て良かったのかもしれない。井の中の蛙とはあの時の自分のことを差しているのだと。


 結果、同室ということもあってまぁその女の子とは仲良くなる。

 妙に気が合った。


 そしてあの時の男の子とももう一度顔を合わせ、知り合った子同士でパーティーを組むことになる。

 知り合いなどいない子が大半なので最初はそんなものだと受け入れ、迎えた最初の野外実習はその即席パーティー。低級の魔物であるウルフはなんなく倒す。

 学校に入学する子は多少腕に覚えのある子が多い。この程度ではそれほど苦戦はしない。

 それでも数が多い。


(本当にこれ大丈夫なの?)


 そう思っていた矢先、悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の場所へ向かってみるととてつもない脅威、ビーストタイガーが他の学生を襲っていた。

 あれには今の私では勝てない。そう直感が告げる。それほどの威圧感。


 けれども、あの男の子は迷うことなく立ち向かった。一瞬不安に駆られたが、今私がすべきことを即座に考えなければいけない。

 お母さんはいつもこう言っていた。


『いい、モニカ? 思考を停止してしまうことが一番危険なの。例え身体は動いていなくても思考は動かせ続けなければいけないのよ』


 そう思っていたらあの女の子、エレナも同じように動いていた。結構息が合うな。そう思った。


 私たちはあの子を残して応援を呼びに行った。悔しいけど仕方ない。それでもすぐに戻るつもりで。

 けれども戻ってみたらあの子はビーストタイガーを倒してしまっていた。


(嘘? どうやって?)


 後で聞いた話ではあの子は闘気をあの時点でも使えたのだと。今思い返してみてもあの子はあの時点で相当強かったのだろう。

 だって私でも耳にしたことがある、あのS級冒険者パーティースフィンクスを両親に持っているのだから。幼い頃に読んで貰った本に出てくる英雄譚にどこか近い印象を受けるその伝説の冒険者達の子。


 あの頃から惹かれていたのかな。いや、厳密にはあのビーストタイガーをどうやって倒したのか、その興味から始まったのかもしれない。でも今気にしても仕方がない。初めてこんな気持ちになった。


(そんな強い風には見えないのにね)


 外見と裏腹な印象を抱く。

 そうして次には魔族なんていうものが唐突に現れた。聞いたことがない種族。


(魔族って何?)


 魔物とは違うそれはおぞましい外見をしていた。強力な魔法を放ち、闘技場を炎で埋め尽くす。


 そこでもまたあの子は臆せず戦っていた。


(どうしてそこまで冷静でいられるの?)


 そう思っていたら、その子は校長が追い詰めたその魔族をまさかの光魔法で倒してしまう。


(この子、何でもできるのかな?)


 出会った頃の最初の印象などもうどこにもない。私も負けていられない、と決意を宿す。これまで以上の努力を誓う。


 そんなことを思っていたら、すぐさま予想の斜め上をいく出来事が起きる。

 王宮に呼ばれた。どうやら先日の魔族が関与している、と。

 魔族の存在と同じくらいかそれ以上に驚いたのが、あの女の子が、エレナが王女様だったなんて。この時は思ってもいなかった。


 王女だと知っても普段通りで良いということなので混乱する頭を切り替えるのだが、思っていたより素直に受け入れられた。

 そして何故か成り行きでそのままエルフの里に行くことになった。


 初めての遠征で正体不明の人物からの不意の襲撃に遭ったり、途中道に迷ったりしたけど、新しく知り合ったエルフの女の子と出会った。そのエルフの女の子、ナナシーとは友達になり、結果的には楽しかった。


 そして、遠征の目的である『世界樹』を目にする。

 その世界樹はとても不思議な輝き、色とりどりの光を放っていた。正直に言って感動した。

 世界にはこんなにも綺麗な輝きがあるのだと。でもそれは輝きが失われ始めている、と。


(本当の輝きってどれだけ凄いんだろう?)


 見てみたいと思った。

 冒険者学校へ入学していなければ世界は狭いまま。


 本当の光を見る為には、魔王っていうよくわからない存在が関係しているみたいで、もしかしたら程度だけど、いつかその答えが見つかるのかもしれない。

 見つからなければそれはそれで仕方ないけど、他にも色々と、まぁ今まで知らなかったことを知る事が出来るかも知れない。


 そう思う程度にはいつの間にか学生生活を満喫してしまっていた。

 それでも、やっぱりレナトにいるお母さんとお父さんのことが気にはなる。


(どっかで帰る事ができたらいいな)


 迎えた一学年最後のイベントである学年末試験では強くなったことを少しは証明できた、と思う。

 それというのもその時の相手が桁違いだった。S級冒険者だったなんて、手も足もでなかった。

 まだまだ届かない。上には上がいる。仲間の死を、正直あの時はレインが死ぬのを覚悟した。

 それどころか自分の死すら覚悟した。あんな思いは二度としたくない。


(強く……強くなろう。もっともっと強く)


 誰かの命を守れるように。いつかお母さんとお父さんを守れるように。


 その後の休みでは色々と片付けないこと、やらなければいけないことがあって結局レナトには帰省できなかった。

 丁度良かったのかもしれない。もう少し強くなってから帰ってお母さんを驚かせてやりたかった。


 そして二学年になって後輩ができる。

 突然現れたその後輩、ニーナはあの子にべったりくっつく。すごく、もの凄くモヤモヤした。

 ニーナに弱いと言われ、カチンとする。イライラが募る。

 出会って間もない子に頭ごなしに否定され、冷静でいられなかった。わかってはいたけど、色々あり過ぎてつい……。


 これは反省しなければならない。


 でもその子、ニーナは本当に強かった。

 きっとこの一年間の多くの経験がなければ恐らく負けていただろう。それほどに強かった。


 ただわからないのはニーナが何故か私を姉認定したこと。ニーナを知れば知るほど良い子、凄く良い子だとは思うけど、あの子と二人で兄と姉。なんだか嬉しかった。頬が緩む。


 同時に小さい頃、姉か妹が欲しくなってお母さんにせがんだことを思い出した。


『バカなこと言わないの』

『えー? なんでぇ? 欲しいよぉ!』

『無理なものは無理なの!』


 なので素直に受け入れられた。


 エレナとはまるで本当の姉妹なんじゃないかと錯覚するほど気が合うけど、姉妹じゃなく仲間だし。いや、姉妹でもいいのだけれど、同い年で姉妹っていうのもなんだか変。


 それにエレナとは決定的に違う事がある。

 エレナはサイクロプスに対して正面から立ち向かっていった。あの子と一緒に。

 私たちが力を合わせればある程度は戦えるのはわかっていた。でも、サイクロプスは別。これまでに出会った敵の中でもかなりの強敵だったのは間違いなかった。


 それをエレナはあの子と一緒に実質二人で倒した。

 私とレインはその手伝いをしただけ。エレナと同じことができたのかと言えば、正直どうなのかはやってみなければわからないとしか言えない。


 嫉妬はきっとなかったと思うけど、なんだか少し羨ましかった。


 とにもかくにも、ここでもまだ足りない自分を自覚する。

 それでもエレナに出来て私に出来ない事なんてない。私はもっと強くなれるはず。そうして自分を奮い立たせる。


 そんな矢先に久しぶりに故郷に帰ることになった。

 帰ると言っても授業の一環だったが素直に嬉しかった。

 お父さんとお母さんは元気にしていた。会えて良かった。


 お母さんとは入学前と同じように変わらず模擬戦をして、強くなった自分を見てもらった。

 手応えのある一撃を入れることができたけど、気が付いたら倒れていたのは自分の方。


(やっぱりお母さんは強いな)


 負けて嬉しいだなんて変だけど、強くなったと言われたし、これだけ努力してもまだ届かない。

 それがどこか誇らしかった。


 ところどころで強くなりたいと願い、そのために努力をして、やれることはやっているはずなのにそれでも足りないと感じるのはあの子とエレナの存在が大きい。それとちょっぴりレイン。レインは……まぁいいや。


 とにかく強くなっている実感はある。できること、やれることも増えている。

 それでもまだ高みは遥か遠い。


 だって、あの子はいつの間にか飛竜も一人で倒せる程までに強くなっていた。

 それどころかエレナも彼が危機に瀕した時に誰よりも早く、速く、それこそ剣聖よりも早く行動を起こすことが出来ていた。


(……最強って、なんだろう?)


 彼が口にしていたらしい言葉。

 お母さんと比べるとその最強ってどれぐらい違うのか、その物差しすら持ちえない。


(よしっ、まずはエレナに追い付き、そして追い越して、そのあとあの子に、彼に、ヨハンに追い付けるようにしよう)


 冒険者学校での目標を見つけた。


(けど……けど、やっぱりちょっとさみしいな)


 次に会った時にはびっくりするぐらい強くなってやるんだからと決心する。


 そうしてモニカは決意を胸に宿して夜空から視線を目の前のエレナに戻した。



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