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第百五十二話 天弦硬

 

「グオォォッ……」


 ようやく見せた隙を突いて、小さな虫を押し潰せたと判断したワイバーンは長い首を持ち上げ立ち止まっている学生達を見た。


「ひっ!」


 怯える学生を視界に捉え、喉の奥の焼け具合もマシになってきたことでガパッと大きく口を開ける。


「どこ、見てるの?」


 尾の下から小さくだが声が聞こえてきた。

 ワイバーンは先程の小さな存在をその尾で確実に押し潰した筈だと思いながらも、声の主を確認する様に視線を向けるとグググッと尾が持ち上がる。


 そうしてドスンと尾を僅かにズラされ放り投げられた。

 思わず目を疑うのは、潰したはずの小さな存在がそこに立っている。


「もう勝った気でいるの? キミの相手はまだ僕だよ」

「グォ……」


 巨大な飛竜、ワイバーンはそこで初めて畏怖を覚えた。

 小さな存在が自身の攻撃を防いだことではない。否、視覚的には小さな存在だが、それにも関わらず身体以上に大きく見える。何よりどこか躊躇させるのは、その威圧感に気圧されてしまう程にこれまで蹂躙してきた種族、同じ人間には見えなかった。


「グッ、ガアアアアッ」


 思わぬ混乱のまま横薙ぎに振り切られるその獰猛な爪のある巨大な腕。

 それをヨハンは躱すことなくただ片腕を上げた。受け止めようとする。


「さっきの感覚をもう一度」


 小さく誰にも聞こえない呟き。

 直後、まともに直撃してドンッと鈍い音を響かせながら、予定ではその小さな存在を弾き飛ばすつもりだった。


「ぐっ……!」


 しかし、ズザザと音を立てると僅かに地面へ線を残すのみでヨハンが吹き飛ばされることはない。


「……まだ、足りなかったみたいだね」


 それは独り言。

 誰に確認するわけでもなく、自分自身に問い掛けた内容。


「闘気の分散がある。余計なところに回してしまっている。まだ、十分じゃない」


 それでも飛竜の腕を受け止めた手と反対の手、剣を握る腕を大きく振るう。

 同時に体内を流れる魔力を意識した。より闘気への変換を行うのと同時に闘気の濃縮度を送り出す。


 ――――剣を握る腕へ向けて。


「ギャッ!?」


 竜の腕に対して振るわれた剣は鱗にぶつけるとギンッと音を立て、ワイバーンの腕が大きく弾き飛ばされその身体を大きく仰け反らせた。


 切りつけられた箇所には切り傷がつけられ、トロっと血を見せる。


「もう、ちょっとっ!」


 力強く地面を踏み抜いて追撃をしかけた。


「ガアッ!」


 ワイバーンもヨハンの動きを視認しており、豪快に尾を振るう。


 その尾のタイミングはこれまで以上に圧倒的な速度、能力を向上させた速度であり、これまでのヨハンであるならば確実に躱すことのできなかったタイミング。


 遠くから見ている学生達は間違いなくヨハンが死んだと思うようなタイミングであった。

 だが、更にグンッと速度を上げるのはヨハンの方。

 あまりにも速すぎるその速度にワイバーンの目も追えていない。いつのまにか小さな人間は姿を消していた。見失う。


 しかし、どこにいったのかと探すようなことはなくすぐに見つかった。

 眼下、腹部に強烈な痛みを伴う。

 そこにはヨハンが剣を切り上げている。


「ガアアァァァァァッ!」


 ドバッとワイバーンの腹部から血が噴き出した。


「ようやく、切れた」


 ヨハンの身体を包み込む黄色い光が腕先に集中している。前腕が一際光っていた。


「ラウルさん……できましたよ」


 剣先からボタボタと垂れるワイバーンの血を確認して実感を得る。


「闘気の応用、天弦硬(てんげんこう)


 そこでラウルを見ると、ラウルも目が合った意を汲んで深く頷いていた。


「どうやら間に合ったようだな」


 ラウルは手を乗せていた剣の柄からゆっくりと手を離して再び腕を組み静観の姿勢に入る。

 それが意味するのは、もう加勢に加わる必要がないということ。


「あれはまさか!? ラウル、あなたアレをあの子に教えたのですか?」

「ん? そうだが? もしかして教えたらまずかったか?シェバンニさん」

「い、いえ。授業では三学年で知識としては教えますがそれが出来る者などまずいません……――」


 目の前で起きている出来事に驚愕する。

 同時にいくらかの人物が脳裏を過った。


「――……一部の例外を除いて、ですが」


 たった今ヨハンが行ったことの意味を理解する。


「まぁあいつがその一部の例外だったってことなんだろうな」

「それはそうですが……」


 シェバンニも否定することはない。実際それは事実。

 飄々と話す姿勢から考えるに、ラウルはヨハンとそれほど深い関係性ではないという風に見えた。

 一体ヨハンとラウルがどういう関係性なのか気になって仕方ない。


「(まさかラウルはヨハンがアトムとエリザの子だということを知らないのでは?)」


 そのラウルの横顔が妙に楽しそうに映るのだから尚更不思議でならなかった。


「(ですが今はそんなことよりも、彼があれを倒せるかどうか。無事に越したことはありません)」


 そうして再び視線をヨハンに戻す。



 ◇ ◆ ◇ ◆


 時は遡ること三日前の早朝。


『――ハァ、ハァ、ハァ』


 鍛錬場に足を伸ばして座り、肩で息をしているのはヨハン。

 ラウルの指導を終え、息を荒げていた。


『もうこれだけ滑らかな闘気を扱えるのか』


 その様子をジッと見るラウルは一つの決断を下す。


『なぁ』

『はぁ、はぁ……なんですか?』


 息を整えてラウルを見上げた。


『そろそろ次の段階を教えとこうと思ってだな』

『次の段階、ですか?』


 疑問符を浮かべるヨハン。


『ああ。とりあえずヨハンは元々闘気を使えたこともあって、瞬間的な使用は随分と滑らかになったからな』

『そうですね、気配を探ることがそれに一因するとは思ってもなかったですね』


 そう話しているのは闘気の扱い方について。

 これまでは意識的に闘気を身体に張り巡らせるように使用していたのだが、対峙した時に相手の気配を探ること、それによって相手の動きに注視するのではなく俯瞰的に見ることが闘気の瞬間使用により効率的だという説明を受けていた。


 それは戦いの一点を見て集中するのではなく、全体を見ることで得られる感覚。

 時には一点に集中することも必要になるのだが、自然に扱えるようになることはその逆。


『消耗を避けられるならそれに越したことはないからな』


 それができるようになると魔力の消費を抑えられる。


『はい。それで、次の段階ってなんですか?』


 何を教えてもらえるのだろうかと期待が膨らむ。


『次は闘気の応用、天弦硬(てんげんこう)と呼ばれる極意の一つだ』

『天弦硬?ですか?』


 初めて聞いた言葉だった。

 ラウルはそのまま天弦硬について話して聞かせる。


 天弦硬とは闘気の変則的な用い方。天とはつまり点のこと。これまで身体全体へ万遍なく張り巡らせていた闘気を身体の至るところへ部分的に振り分けることを差す。

 身体全体の闘気の配分、それを全部合わせて十とするならば、腕に十を振れば残りは完全に生身の身体になるということだった。

 そして、振り分けられたその腕の十で振り切られた剣技は常人の領域を遥かに凌駕した威力と速度、単純な破壊力を生み出せる。


『物凄い力ですね』


 説明を聞いて驚くのは、それが従来の闘気よりも数倍も効果が上がるというのだから。


『まぁな。だがこれは諸刃の剣だ』

『諸刃の剣?』

『ああ』


 そう話すのも、腕に十を振り分けることで他の部位の引き上げていた耐久性をなくすこと。つまり、その間に闘気を纏っていない部分へ攻撃を受ければ本来闘気で防げたはずなのにそれが致命傷になりかねない。


『確かに』

『だが、本当に大事なのはここからだ』


 これだけでは終わらなかった。

 闘気の振り分けを間違えれば身体に還って来る反動に耐えられないかもしれないと。

 あまりにも極端に振り分けてしまうと他の部位との差、歪みが生まれて身体への負担が生じてしまう。更に能力を上げた部位はそれに伴って、強大過ぎる力を生み出した反動で様々な筋組織が傷付いてしまうのだと。


『なるほど。劇的な威力の底上げの代償ということですね』

『ああ。まぁ使い方が未熟ならそうなるというだけだ。だが、この天弦硬を使いこなせればお前の目標に一気に近付くはずだ』

『……わかりました』


 そうしてそれから身体の至るところ、腕や脚へ闘気の分配の練習を始めていたのだが、これがまた難しかった。

 緻密な操作を要する。これまで以上に遥かに高度な技術、繊細な制御を要した。


『――ふぅ』


 頭を抱える。


『そんなに悩む必要はないぞ。大まかな流れを理解できているのは流石だ。それがもっと細かく正確にできればそれが天弦硬だ。実戦で試すのがやはり一番の近道だがそれはよりリスクを伴うからあまり勧めはしないがな』


 一流と呼ばれる者でもそれなりの月日を要する極意の一つ。


『わかりました。ありがとうございます』



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