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第百五十 話 一人だけの戦い(中編)

 

「おっと、今はそれどころじゃないね。――氷乱舞(アイスダンス)


 間髪入れずにすぐさま上空に留まっているワイバーンに向けて氷の礫を放つ。

 そこにはカニエスとの魔法勝負の時とは比にならない程の氷の礫が高速で射出された。


「――グォ!?」


 目の前を覆い尽くすほどの氷の礫が迫り来るのだが、ワイバーンはそれを回避することが適わない。炎弾を吐き出そうにも喉の奥が焼けており、回復するのも間に合わないのでそれもできない。


 そうして到達した氷の礫は竜独特の硬い体皮を僅かに傷付ける程度なのだが、翼の薄い部分はそうもいかなかった。

 ドンドンといくつもの氷の礫がワイバーンの翼を貫いていく。


「グ、グオッ――」


 そうしていくつもの穴が開けられたワイバーンは翼の制御を失う。

 翼をはためかせようとも思うように動かすことが出来ずに空中での自由を失い、地面に落下してしまった。




 ◇ ◆ ◇ ◆



 ヨハンがワイバーンを魔法で撃ち落としているのを遠目に見ている学生達は口をポカンとして見ていた。


「……誰だ、あれ?」

「ヨハン、なんだろ?」


 その戦い振りがおよそ同級生の戦っている姿には見えない。まるで一流の冒険者や歴戦の勇士が戦っているかのようなどことなく英雄の姿に見える。

 いつの間にか学生達は憧憬の眼差しを向けていた。


「――チッ」


 学生達のその様子を見ていたゴンザは大きく舌打ちをした。



 そして離れたところにいるエレナ達も静かにヨハンの戦いを見届けているのだが、その場にいる誰よりも驚きを隠せないのはカニエス。


「ア、アイツ! 一体どんな道具を使えばあれだけ強力な魔法を撃てるようになるというのだ?」


 それは他の学生達よりもより近くで見ているせいもあって、流れるように自然に繰り出される一連の魔法をまるで信じられないものを、夢でも見ているような気分に陥っていた。

 いくらヤツが魔法を得意としているとはいえ、これほど強力な魔法を連続でなどということは確実にできない。例え魔石を使っていたとしても、あの程度の魔石ではこれ程の威力を捻り出すことなどできない。確実に断言できる。


「となると、やはりヤツは他に何か持って……」

「…………」


 そのカニエスを横目に見ているシェバンニは僅かに思案に耽った。


「はぁ。仕方ありませんね」


 そして小さく溜め息を吐く。


「カニエス」

「えっ?はい。なんですか先生?」

「あなたがさっき彼に渡したのは魔力増強の魔石ですね?」

「そうですが、それがどうかしましたか? それよりも、ヤツが使っている他の道具の方が気になりますよ」


 目を凝らして見て、ヨハンが何を使って戦っているのか必死に思考を巡らせるカニエス。

 他に何かめぼしい魔道具があっただろうかと考えるのだが見当もつかない。


「いや……」


 まさか噂に聞く王家の宝具をエレナから借りていたのか。噂によると王宮の宝物庫には多くの宝があり、その中には特殊な効果を生む宝具があるとかなんとか。


「あなたはショックを受けるでしょうが、彼はあなたから借り受けた魔石以外全て自分の力ですよ」

「そんなバカな!?あっ、いや、すいません」


 シェバンニに向かって口調を荒げたことを慌てて謝罪するのだが、シェバンニはそんなことは意に介していない。


「構いません。それよりもよく見ておきなさい。あなたが将来目指すのはあのような戦い方ではありませんので真似ろとはいいません。ですが、あなたにはあなたにしかできないことがあるはずです。せっかくですのでこの戦いを参考にしてその違いを見付けなさい」

「私にしか、できないこと?」

「ええ。これだけの事態です。他の生徒には後でまた伝えますが、あなたには先に伝えておこうと思いまして」


 一体シェバンニが何を言っているのか全く理解できないのだが、それでも言われるがままそのままヨハンに視線を向ける。


「先生は何を言っているのだ?」


 その言葉の意味を全く理解出来ないでいた。


「私達にしかできないこと?」


 シェバンニの言葉を反芻するように小さく呟くのはマリン。

 その言葉をマリンも近くで聞いていたのだが、そのまま視界に捉えるのはヨハンではなくエレナ。同時にエレナの横にいるモニカとレインも見るのだが、不思議に思うのはその落ち着きよう。仲間が一人で未曽有の強敵と戦っているのだ。恐れや不安を抱くのが普通。


 確かにその表情からはいくらかの焦りは読み取れるのだが、しかしその眼差しからは焦りとは裏腹にどこか芯のある力強さを感じさせた。


「仲間が一人で戦っているのをどういう気持ちで見ているの?」


 このようなエレナの姿、表情は初めて見る。


「なぁ、この分だといけそうか?」

「そうね。今ので大きく戦局は傾いたはずよ」

「ですがまだ十分とは言い切れませんわ。油断できません。いつでも駆け付けられるようにしますわよ」

「りょーかい」


 レイン達は言われるまでもなく自分達にできることをするつもり。

 それはいつものことと大きく変わりはない。


 もしヨハンが危機に陥ることがあるようなら迷うことなくあの中に飛び込むつもりでいた。




 ◇ ◆ ◇ ◆



 地面に落下したワイバーンをヨハンは視認した。


「よしッ!」


 落下点を確認して、再び地面を踏み抜いて走り出す。


 ドンッと凄まじい轟音を響かせて地面に落ちたワイバーンであったが、頑丈なその体皮は落下程度では傷はついてはいない。

 本能的に襲い掛かって来る対象目掛けて即座に対応するため長い首を持ち上げ、こんな仕打ちをしてきた本来蹂躙対象であったその人間を探す。


「グオオッー」


 そしてその人間が居た場所目掛けて大きく口を開けた。

 喉の痛みを堪えて口腔内に炎を凝縮させ、その炎の塊をヨハンに吐き出そうとする。


「――グォ?」


 しかしワイバーンはその眼を左右に動かし戸惑った。

 確かにそこにいるはずのヨハンの姿がそこにはなかったのだから。


「グゥ」


 一体どこにいったのかと首を回して周囲を探す。

 首を振り左右を見渡してもどこにも姿がない。既に踏み込まれているのかと下を見てもいない。

 先程上空から突然地面に撃ち落とされたかと思い抵抗しようとしたのだが、どこにも対象の姿がなかった。


 目まぐるしく変わる状況に対してワイバーンの思考が全く追い付かない。

 幻でも見ていたような気分に陥る。


「上から見下ろすことに慣れ過ぎだよ」


 突如背に痛みを感じた。


「ガッ!?」


 首を回してその背にある姿を確認すると、ヨハンは既に剣をザクッと突き刺していた。


「グギャアア」 

「つぅっ、思ってたよりも硬いね」


 既に闘気を練った状態。それでもワイバーンの体皮に傷を付けられたのは僅か。

 これ以上強引に突き刺せば剣が折れかねない。


「っと!あぶなっ!」


 どうしようかと悩む中、慌ててワイバーンの背から飛び降りた。

 ワイバーンが長い首を捻ってヨハン目掛けて噛み砕こうと迫って来ている。結果それは空を切り、ガチンと歯を鳴らす。


「あちゃあ……これは怒ってるよね、間違いなく」


 地面に下りて大きなワイバーンを見上げると目が合った。

 低い唸り声を上げるその顔の中に黄色い眼球にある縦に長い黒目。その眼からは怒りが滲み出ているのがよくわかる。


「普通の闘気の扱いをしていたら根気勝負になっちゃうなぁ。そうなると……――」


 チラリと肩越しにラウルの姿を見た。



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