第百四十八話 決意と打開策
「ら、ラウル様っ!」
一体ラウルが何を考えているのか甚だ疑問に思い、いくらなんでも悪ふざけが過ぎると声を発しようとしたのだが、それよりも早くラウルに声を掛けたのはエレナ。
「無茶を言わないで下さいませ!」
綺麗な声なのだが、大きな声量の声がその場に響いた。
「エレナ?」
共に過ごしてきたモニカどころか、後ろにいたマリンですら聞いたことのない程のそのエレナの焦燥感に駆られた大声。
「エレナ様!?それにマリン様も――」
エレナ達と直接話したことなど数えるだけのアマルガスも困惑するのは、この場の納め方がどうにもわからない。
ヨハンの素性はともかくとして、王女であるエレナはもちろん、公爵令嬢であるマリンも戻って来ていた。早く、今すぐにでも避難してもらいたい。
既にラウルがどういうつもりでヨハンに声を掛けたなどということがどうでもよくなるほどのこの状況。慌ててエレナの下に走り、その両肩をがっしりと掴む。
「エレナ様!どうして戻って来られたのですか!?とにかく今は避難してください!マリン様も!」
首だけ回してマリンに声を掛けるのだが、マリンは困惑した顔を見せた。
「えっ?でも……」
マリンの視線の先にはエレナの後ろ姿。マリンはエレナを追ってここに来たのだから。その後ろにはマリンと飛竜を交互に見やるカニエスの姿。
そこにパシッと小さな音が響くのは、エレナが肩に置かれたアマルガスの手を叩いた音。
「どういうおつもりでしょうか?お答えくださいラウル様!」
語気を強めたエレナは真剣な眼差しを向けて真っ直ぐにラウルを射抜く。
「(この子は確か……ローファスの娘の……。そうか、ヨハンと知り合いなのか?)」
その様子を見るだけでいくらかの関係性は理解したのだが、今はそんなことは関係ない。
ラウルはチラッとエレナに視線を送っただけですぐさまヨハンに視線を戻した。
「……で? どうなんだ?」
問い掛けられたヨハンは状況の理解に努めるよりも、ラウルの問い掛け、その答えについて考える。
「(あの飛竜……どうなんだろう? 見た感じ確かに驚異的ではあるけど、ラウルさんが僕にできない提案をするだろうか?……いや、それとも何か試されているのかな?)」
問い掛けの意味がわからないまま疑問符を浮かべているとラウルと目が合った。
「最強を目指すんだろ? ならあの程度のヤツに手こずってるようじゃその頂きには一生辿り着けないぞ」
「あっ……」
笑顔で現状を示す言葉を返されたことで理解する。
ラウルは確かに今『あの程度のヤツ』と言った。
つまり、目指すモノはその遥か先にある。
この程度で尻込みしているようじゃ到底辿り着けない極致に頂きがあるのだと。
「わかりました。やってみます……僕一人で」
真っ直ぐに、決意を持って飛竜を見た。
「ヨハンさんっ!」
「大丈夫だよエレナ」
妙に心臓がバクバクと脈打っているのを感じるのは、これが恐れからなのか高揚感からなのかわからない。
それでもどこかでこの緊張感を楽しんでいる自分もいるのがわかる。思っているよりも冷静な自分を自覚する。
「……ヨハンさん…………」
エレナはそのヨハンの落ち着いた表情を見て、どれだけ声を荒げたとしても結果は変わらないだろうと判断して小さく息を吐いた。
「――……わかりました。ではわたくし達も一緒に戦いますわ。モニカ、レイン。やりますわよ」
振り返り、モニカとレインの顔を見る。
「チッ、しゃあねえな。サイクロプスの次は巨大飛竜かよ。ったく、ほんと飽きさせねぇな」
「いいわよ私は。私達ならアレにも勝てるわ」
「ええ」
モニカとレインが決意を胸に宿してヨハンを見るのだが、ヨハンは小さく首を振った。
「ごめん。さっきも言ったけど、今回は僕一人でやらせて欲しいんだ」
「ッ!? どうしてっ!?」
いつものように四人で戦えばいいのではないかと疑問でならないのだが、すぐさま考えるのは横に立つラウルの存在。
「ラウル様はヨハンさんがアレに勝てると本当に思っていらっしゃるのでしょうか?」
キッと睨みつけるようにラウルを見る。例え相手が帝位継承権第一位だろうと、剣聖だろうと、どんな相手だろうとここで遠慮など一切不要。
失敗すれば大事な人を亡くしてしまう。
「何言ってんだ。こいつ、ヨハンの目指す頂きを知らないのか?」
「目指す……頂き?」
「ああ。どうやら知らないみたいだな。こいつは最強を目指すって俺に宣言したんだ。ならこれぐらい越えてもらわないと最強なんておこがましいにも程がある」
初めて聞いた。
そのようなことを話したことなどなかった。
「そうなのですか?」
「うん。最近決めたことなんだけどね」
悩む必要もなく返された言葉にいくらかの呆れを抱いたのだが、その言葉を聞いてエレナも覚悟を決める。
「はぁ。わかりましたわ。ではもし危ないようでしたらすぐさま加勢に入りますので」
「好きにしろ」
「いいのエレナ?」
「ええ。こうなっては仕方ありませんわ。わたくし達は大人しく見守っていますわよ」
剣聖ラウルがこうまで断言するのだ。その関係性はわからないが、恐らくラウルはヨハンの実力を知ってのことなのだろうということは理解した。
「……マリン様?」
「黙っててカニエス!」
「は、ハッ!」
その様子を見ていたマリンもいつの間にかその先、行く末を見届ける気でいる。
状況的にはこれほどのんびり話をしている暇などない、それこそ早急に話をまとめないといけないのだが、そのまとまる方向がまるでわけのわからない方向に進んでいた。
「ど、どうすればいいのだ……」
逃げる方がいいのだろうか、ここに居ればいいのだろうか判断できないカニエスは周囲を見回し、この場にいる顔ぶれを見て決断した。
「(いや、こうなればここに居る方が恐らく安全だ)」
この場には騎士団大隊長どころか剣聖ラウルがいるのだ。大陸最高峰の剣士がいれば少なくとも他にいるより安全なのは先程証明されたばかり。
「ラウルさん?」
「ん?」
「あの飛竜ですが、さすがに下に来てもらわなければ戦いようがないかと思うんですが?」
そこでラウルが顔を上げ、飛竜のことについて思案する。
チラリと遠くにいるシェバンニに視線を向けた。
「あー。確かにそうだな。シェバンニさんにでも落としてもらおうか?」
そこには学生達の避難をあらかた終えたシェバンニが走って来る姿があった。
「いえ。そこも含めて僕がやりたいんです」
「……いけるのか?」
ラウルが疑問に思うのは、ヨハンに見せてもらった魔法は確かに凄い。だがあの大きさの飛竜を撃ち落とせる程の威力がある魔法を使えるとは思えない。
剣も魔法も何もしないで強くなれるわけではない。魔法に関することは何も教えていないし、見えないところで何か知らに取り組んでいたとしてもそこまでとは思えなかった。
どうするつもりなのかと疑問に思いながらヨハンを見ると、ヨハンは苦笑いをする。
「まぁちょっとズルになっちゃうんですけどね」
「ズル?」
「はい」
振り返り、ヨハンはカニエスに向かって歩く。
「ごめん、えっとカニエスだったよね?」
「あ、ああ」
「あの時の魔石、今日も持ってる?」
その問い掛けに対して理解出来たのはヨハン以外に三人だけ。
エレナとマリンとカニエスの三人のみ。
「魔石って……これのことか?」
問い掛けに応える形でポケットから魔石を取り出して手の平に乗せてヨハンに見せた。
しかし疑問に思うのは、あの時と言われたとはいえ、あの時は魔石を使ったのをヨハンには見られないようにしていた。
「(なぜ……)」
どうしてバレているのかなどと、余計なことを考える。
「ごめん、ちょっと借りるね。ちゃんと返すから」
「あっ。いや、お前……――」
パッと魔石を取られたのだが、そもそもこれを使ってどうする気なのだと。まさかそれを使って飛竜に対して魔法を使うのだろうか疑問を抱く。
だが更に疑問を積み重ねるのは、どんな魔法を使う気なのかは知らないが、「(そもそも貴様も魔石なりなんなりを用いて魔法の威力を底上げしていたのではないのか?)」だろうとも考えた。
ヨハンがあの時どんな道具を使ったのか知らないが、効果の似た魔石の重ね掛けはよっぽど特殊な物でなければその効果は激減する。
そんなことは授業でも習うことでクルドのようなバカでなければ大体が知っている事。
魔石自体が高価で希少でもあるのは別問題だとして、あの時にあれだけの魔法を使ったヨハンがそんなことも知らないということはありえないと思いながら何も言えずにその姿を見送った。
「じゃあ行ってきますね」
「なるほど。そういうことか」
ヨハンが手にした魔石をラウルも理解する。
「それならばズルでもなんでもない。お前の力の一端に違いないな」
「なら良かったです」
ラウルは理解したのだが、他の誰も理解できていない。
厳密にはエレナとマリンだけはなんとなくだがそれを理解しているのだが、これから何をするのかに対しては理解できていなかった。




