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第百四十七話 指名

 

 多くの混乱が生まれるその中、ヨハンとラウルは飛竜の動きを冷静に観察する。


「こっちに来ます!」

「ああ。どうやら目的はここのようだな」


 燃え盛る森の上空から真っ直ぐに王都を目指して、その外にいる人間達を目指してその飛竜が迫って来ている。


 飛竜の目には大きな街、王都が視界に入り、その外には米粒ほどの人間が慌てて動き回っていた。

 目指す先、それを次の標的にする。


「キシャアアアアア!!」


 大きな口を開け、既にその口内には燃え滾る炎の塊を蓄え始めていた。


「どうしますか?」

「どうするもこうするも、こうなったら斬るしかないだろ?」


 その飛竜がソレをどうするのかなど一目瞭然。

 まさかそのまま飲み込むはずなど無い。自分達目掛けて放って来るのだと。

 もうその飛竜の大きさを確認できる程にまで近づいてくる中、ガパッと音を立てたその大きな口からヨハン達目掛けて先程同様に炎の塊を吐き出そうとする。


「ひぃ、ダメだっ!」


 それを見ていた学生の一人が絶望を声に出し、その瞬間にそれが放たれた。

 轟音を響かせながら迫る炎は真っ直ぐに学生達の集団に向かっている。


「あっ……」


 ヨハンが小さく声を発したのは、それが自分達の居たところよりわずかにずれていたこと。

 すぐさま炎の塊が行き着く先を判断して、守る為に魔法障壁を展開しようと手をかざすのだが、視界の端を動く影を見たのでピタッと手を止めた。


 後列にいた学生達は自分たちのところに吐き出されたことで避難に間に合わないと判断して死を覚悟すると同時に思わず目を瞑る。


「――いくらなんでも諦めるのが早いだろ」

「えっ?」


 学生の目の前、そこにタンッとラウルが立ち塞がり白い柄の剣をスラッと抜き放った。


「ラウルさん……もしかして…………」


 ヨハンも思わず見届けてしまうのは今からラウルが行うことが何をするのか理解できる。

 それは、ラウルはその剣で迫る火の玉を切り裂くのだと。


 もう眼前に炎の塊が迫り、それはラウルの身体を倍以上に覆い尽くすほどの炎。


「一閃」


 上段に構えたラウルが剣を振り下ろした次の瞬間にはザンッと音を立てた。直後には二つに裂かれた炎はそのまま誰もいない地面に着弾する。


「…………」

「す、すげえっ!」


 呆気に取られるほどに他の学生達も思わず目を奪われるその剣。

 ラウルが行った事の物凄さを数秒の時間を要して理解した学生達はポカンと開けた口からじわじわと声を出そうと振り絞る。


「な、なんだあれ!?竜の炎を斬ったぞ!?」

「さすが剣聖ラウル様!」

「そうだよ!ここにはラウル様がいるんだ!」


 そして途端に割れんばかりの歓声が沸き起こった。

 それは絶望から希望に変わったどころか、ラウルが竜退治をする様を見届けられることによる期待へと。


「申し訳ありませんラウル様!」


 慌てた様子のアマルガスがすぐさまラウルの下に駆け寄る。


「気にするな。国民を守る事はどこの国も同じだって」

「ありがとうございます。ですが、あまりお手を煩わせるわけにもいきません。ラウル様の手を借り過ぎれば我らの存在意義に関わります。ですのでここから先は我らに任せて頂きたいですな」


 頭を垂れながらもグッと握る剣に力を込めるアマルガス。

 いくらかの自信はあれども、恐怖も併せ持って感じるのは、これほどの魔物と戦うのはいつ振りだろうかと思い返していた。


「(まさか突然この様な事態に見舞われようとは……いや……――)」


 否定するのは、突然の事態に襲われるのは今に限った話ではない。元々戦いとはそういうものだと自分に言い聞かせながら武者震いと怖気を見事に共存させていた。


「そうだな。シグラムの問題はシグラムの者に任せる方が無難だな。その方がローファスやマクスウェルも納得するだろうしな」


 国政に関与するのはラウルも立場上理解している。


「はい」

「では任せるとするか」


 そうして俯き加減にラウルが剣を鞘に納める音を聞き、顔を上げると同時にアマルガスは疑問符を浮かべた。


「ラウル様?」


 ラウルは横を向いており、自分の方を向いてはいない。

 そして学生達もラウルが剣を収めたことにがっかりするのは、その様子から見て期待していた剣聖ラウルの戦い振りを見る事が叶わないことから。


 一体ラウルはどこを見ているのだろうかと疑問に思うのだが、しかしアマルガスには今それに対して思考を回している程のんびりしている暇もない。すぐに迫りくる飛竜に対処しないといけない。


 とはいえ、ラウルに対して強がってはみたものの、いくらなんでもあれだけの飛竜が相手となれば少なくとも多少の死傷者、その被害を覚悟しなければならない。

 考えてしまうと僅かな後悔が脳内を過るのだが、その考えを即座に振り切る。

 いくら隣国のカサンド帝国が友好国であり、英雄である剣聖ラウルに自国の問題を一任したとあっては騎士として国を護るその誇りを失ってしまう。近隣諸国のいい笑い者だ。自国を守る責務は自分達にはあるのだと奮い立たせる。


 例え死傷者がでようとも。これから始まるのは実戦であり、ここは戦場になる。


 バッと立ち上がり、スフィアを始めとした騎士に声を掛け、援護に回ってもらおうと顔を振る中、ラウルが口を開いた。


「ヨハンっ!」

「えっ? はい」


 突然ラウルが先程模擬戦を行った学生に声を掛けたことで思わず動き出そうとした行動を止めてしまう。

 そういえばこの学生はラウルと顔見知りだったとは思ったものの、どういう関係性なのかも知らない。クルドのような上級貴族の子息の名前ならば前以て調べて来ていたのだが、ヨハンという子の名前は記載されていなかった。


「ラウル様?」


 それとも、もしかすれば記載漏れがあっただけで、ヨハンの避難を優先させなければいけなかったのかとラウルの言葉に耳を傾けてしまう。


「アイツ、倒せるか?」


 その言葉に思わず耳を疑った。理解できなかった。

 アイツとはどれのことを示しているのかなど確認しなくとも理解出来る。今迫りくる眼前の脅威へのことだと。それは自分達、いや、自分自身がこれから対峙しようとしていたのだ。


「僕が、ですか?」

「ああ。お前一人で、だ」


 その言葉を聞いたその場にいる多くの者が戸惑いを隠せない。

 そこには駆け付けたエレナ達もいたのだから。



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