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第百四十五話 剣聖、そして――

 

「他国の人って聞いていたけど……まさか…………」


 確かにいくらか合致することはある。

 あれだけの強さを身に付けており、素性は明らかではないが他国の人間であること。


「まぁ……そういうわけだ」


 それがラウルであり、ただのラウルではない。

 カサンド帝国帝位継承権第一位、剣聖ラウル・エルネライ。目の前の人物に相違なかった。


 身元がバレたことを申し訳なさそうにするラウル。

 そんなことを話していたのだが、遠くで見ている学生達は騎士達が何を話しているか全くわからず皆一様に不思議そうに眺めていた。


「なぁ、どうなってんだ?」

「さぁ?」

「あの人のことかなー?」

「なんかカッコイイ人よねー」


 遠目にしか見えない中、疑問しか浮かばない。そもそもとして、ヨハンと騎士との模擬戦は一体どうなったのか。


「あの方は……もしかして…………」


 それでもこの中で唯一ラウルを知る学生は二人いる。


「なになに?エレナ知ってるのあの人のこと」

「えっ?ええ……」


 エレナはその人物、ラウルに見覚えがあった。

 隣国で友好国であるカサンド帝国の皇子。会ったことなど幼い頃に数える程度なのだが、他人の顔を覚えておく事に関しては自信がある。というよりも、覚えておかなければいけないのだ。立場上どうしても。


 そして、それはマリンも同様であった。


「あの人……どこかで…………」


 首を何度か傾げながら記憶を掘り起こしていくマリン。


「うーん、いつだったかなぁ?だいぶ凄い人だったような……」


 そこまで口にしてようやく思い出す。


「あっ!? もしかして、あの人って……剣聖ラウル様じゃないの!?」


 口元に手を添えて驚きを隠そうとしないマリン。

 その様子を見てエレナは思わず「ばかっ」と小さく呟いたのだが、時既に遅し。


「えっ!?今なんてっ!?」

「ラウルって言わなかったか!?」

「それってもしかして剣聖の?」

「いやいや、そんなまさか。剣聖ラウルがこんなとこにいるわけないだろ?」


 半信半疑で見るのだが、それを決定付ける者もいる。


「でも私見たことあるわ。舞踏会で遠くからしか見たことないけど、確かにそっくり…………」


 確認する様にラウルを見るのだが、そこにいる貴族の子女が恐らくといった程度に断定していった。


「じゃあまさか……――」

「――……本物?」


 にわかに学生達がざわつき始めたのだが、それでも誰も確信が持てない。


「おーい!ラウル様ー!」


 クルドが手を振りラウルの下に駆け寄る。


「クルドって……」


 その後に続く言葉をグッと呑み込むのは、クルドが侯爵子息だということは比較的有名な事実。

 ただしバカであるのであまり関わろうとしない学生が大半であった。

 しかし、この場に於いてはクルドの行動でラウルが剣聖ラウルだという事を断定するに十分に値する。


「……やっぱり……本物なんだっ!」


 小さく呟く一人の学生。

 途端に大歓声があがった。それは間近で剣聖ラウルという雲の上のような人物を目にする事ができた喜びから。


「そうなのエレナさん?」

「……ええ」


 ここまでバレてしまえば隠し通すことなど不可能。

 エレナも諦めて溜息を吐いた。しかしわからないことがある。


「(どうしてあの方がここにいるのかしら?)」


 偶然現れただけなのだろうか、それとも――――。

 視線の先にヨハンを捉えているのは、ヨハンがラウルと会話を交わしていることから。


「(まさかラウル様とも何か繋がりが?)」


 そうエレナが考えるのも当然。エレナ自身はシグラム王国とカサンド帝国の繋がりから面通しをしているのだが、ヨハンに関しても不思議ではないのはその両親の素性から。


 剣聖ラウルといえば生きる伝説。英雄の一人に数えられている。

 S級冒険者スフィンクスと並び称される程であるのだが、スフィンクスはその素性が定かではないのに対して、剣聖ラウルの素性は明らか。帝国の皇子であるのはもちろんなのだが、金髪でその整った顔立ち。腰には豪華な装飾が施された一本の白い剣を帯びている。


 見た目は若いが二十後半であるのに未だに独り身。その辺りに関する詳細をエレナは知りえないのだが、実状としてはラウル自身が拒否的であった。所帯を持つと動きが縛られる、と。

 しかしそんなことよりも、その偉業の数々が有名であったのは、十代にして自国を出て各国を放浪し、並み居る有名どころの剣士を軒並み倒して回ったというのだから。

 そうして先代剣聖から正統に剣聖の称号を受け継いで、史上初の十代での剣聖を誕生させている。


 さらに噂では一時期スフィンクスと行動を共にしていたとも伝えられていたがこれに関しての詳細は定かではない。


 が、それは事実である。


 そんな剣聖ラウルは他国の人間であっても学生達にとっては憧れの的。

 同時に騎士達も目を輝かせているのは、憧れの比が学生達とは比べ物にならない。騎士にとって剣聖ラウルがこの場にいること自体そもそもあり得ない程の歓喜を引き起こすだけの出来事。


 はしゃぎたいのをグッと堪える。


「まぁお前には文句の一つでもいいたいところだが、とにかくだ。久しいなアマルガス。元気そうで何よりだ」

「ありがとうございます、ラウル様もお元気そうで」


 頭を下げたアマルガスは顔を上げると同時に疑問符を浮かべた。


「ですが、どうしてこの場にあなた様がおられるでしょうか?」

「あー……なんていうかな」


 思わず目線を彷徨わせるラウル。


「俺がここにいるのは、たまたま用事で今この国に滞在しているだけだ」

「それだけ、でしょうか?」

「まぁあとは――」


 そこでラウルはヨハンに視線を向ける。


「まぁどうだっていいじゃないか。そんなことは」

「はぁ……」


 実際ラウルは偶然騎士団の授業を遠目に見かけてただ眺めていただけ。そこでヨハンが騎士と模擬戦を始める気配を見せたことから、より近くで見ようと近寄っただけのこと。


「せっかくですからラウル様、あとで騎士達に指南をして頂けませんか?」

「そうだなぁ、時間があれば構わないが」


 顎に手を当て、悩む様子を見せるラウルなのだが、カツカツと歩いて来る女性がいた。


「そんなところで無駄話をしてるより、早く授業を再開してくれませんか?」


 間に入って来たのはシェバンニ。

 ラウルの登場により、授業の一切が滞ったまま。


「あっ、これは申し訳ないですな」

「相変わらず堅苦しい人だな。シェバンニさんは」


 ラウルに声を掛けられ、俯き加減に左右に小さく首を振りながら溜め息を吐くシェバンニ。


「あなたが緩いだけです。そういうところ彼らに感化されなくとも良かったですのに」

「まぁそう言わないでくれ。あいつらがいたから今の俺があるんだ」


 ヨハンには意味がわからない会話をラウルとシェバンニが展開している。


「(さすが先生は顔が広いなぁ)」


 といった程度にしか考えていない。


「ではすぐに再開する。っといってももう終わりなのだが――」


 アマルガスがいくらか頭を悩ませながらも周囲を見渡す。

 どちらにせよ、色々と話が入り組み始めたので収拾をつけた方が良さそうではあった。


「(まぁラウル様のおかげでこの学生のことが薄れたのは助かるな)」


 ヨハンにチラッと視線を向け、学生達に向かって歩き始めるアマルガスなのだが――。


「待てッ!」


 歩き始めたアマルガスの肩をラウルが掴む。


「ラウル様?」


 どうしたのかと首だけ回しラウルを見るのだが、ラウルは真剣な表情をして眼光鋭く北側、遠くに森がある場所を見た。


「気付かないか?」

「何がですか?」


 ラウルの問いに対して疑問符を浮かべるアマルガス。


「……何かあっちから来ます」


 その横にヨハンが立ち、ゆっくりと腕を上げると同時に指を伸ばして遠くの空を指差した。


「ヨハンは気付いたか? なら上出来だ。この距離であの殺気を感じ取れればもう一人前だな」

「あっちとは?」


 ラウルとヨハンが並び立つ中、アマルガスも同じ方角、北側に視線を向ける。


「――ッ!? もしかしてアレは……――」


 続いて反応を示したのはシェバンニ。

 その頃にはもうヨハンが指差した空には小さな黒い粒が視界に映っていた。



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