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第百四十四話 二つの顔

 

 学生達は誰も声を発せない。誰も何も説明ができない。


 この場でヨハンの動きを目で追えていたのはアマルガスとスフィアにシェバンニ。それにモニカとエレナにぎりぎりレインと――。


「――チッ!」


 ゴンザだけ。


「……ヨハンくん……また強くなってる」


 小さく呟くサナは目を輝かせ、尊敬と憧れの眼差しを向ける。


 ほとんどの学生の目にはヨハンが消えた様に見えた。そして気付いた頃には終わっていた。いつの間にかヨハンが騎士の後ろに立っており、目で追うことができたのは騎士が倒れる姿だけ。


「な、なんだ今の……」

「全然見えなかった」


 驚く学生達の中、カニエスも動揺を隠しきれない。


「バ、バカなッ!? あれだけの魔法が使えるのだ! ヤツは魔道士じゃないのか?」


 そこでようやく声を荒げ始めたのだが、とても信じられない。魔道士がこれほどの身のこなしができるはずがない。どうしやって倒したのか疑問が残った。


「……まさか、また何か道具を使ったのか?どんな特殊な魔道具を?」


 可能性を考えるとそれしか思いつかない。

 身体強化の魔道具や装具など。しかしパッと見た感じ見えるところにはそれらしい物は見当たらない。


「(ならば身体の中に隠し持っているのか?)」

「バカかテメェ?」

「なッ!?」


 カニエスの耳に唐突に声が聞こえる。


「あいつがお前とはまったく違う次元にあるほどに強い。それだけ強い、ただそれだけの話じゃねぇかよ」


 声を掛けたのはゴンザ。


「そ、そんなわけが……」

「俺でもぎりぎり目で追えるぐらいだったんだ。他のやつに見えるかよ。 見えて……見えてたまるかってんだ」


 ゴンザの目にもヨハンのその動きは驚異的に見えた。同時に腹立たしさを抱かせられる。

 加えて余計にイライラを募らせるのが先程からのカニエスの道化っぷりに対して。

 どういう因縁でヨハンに絡みだしたのかなどという理由はどうでも良かったのだが、結果コイツのせいでヨハンの強さ、それが確実に手の届かない領域にあるのだとまざまざと見せつけられてしまった。


「……チッ、あいつまだ強くなりやがるのか」


 ゴンザは憎々しげにヨハンを見る。


 同時に学生達に限らず、他の騎士達にも同じようにして動揺が広がっていた。騎士達の目にもヨハンの動きはほとんど追えていない。


「お、おいっ、これ、このまま俺達の負けで終わるのか?」

「いやいや、そんなわけないだろ」


 とはいえ先程対峙した騎士でこの結果。自分達では勝てる保証がないどころか九分九厘負けるだろうと予測は十分に立つ。


 それでも、そこで一筋の光明を見いだすのはこの場に偶然居合わせた一人の女性騎士。


 こぞって騎士達の視線がスフィアに集まった。


「えっ? 私? いやいやいや――」


 スフィアはすぐに見られた意図を汲み取り慌てて両手を振って拒否するのだが、依然として騎士達の視線には熱い期待が込められている。


「(それは無茶が過ぎるのじゃない?)」


 苦笑いすることしかできないスフィア。

 だがこの場に於いてスフィア以外に太刀打ちできないだろうという事を騎士達も理解していた。敢えて言うならアマルガスがいるにはいるのだが、大隊長に願い出るなんて以ての外。

 つまり、騎士の面目の為になんとしてもここはスフィアに向かっていってもらわないと困る。


「おいおい、お前たちは揃いも揃って新人騎士に何を期待してるんだ?」


 アマルガスがその様子を見て呆れながら声を掛けた。


「――……うっ」

「で、ですが……」


 反論はできないのだが、このまま引き下がることもできない。お互い目線を交差させ続け、誰かが何かを切り出すのを期待する。


「まったく。ってか頼りにするのが女の子って、一体騎士団はどういう教育をしてるんだ?」


 騎士達の背後で唐突に透き通る様な声が響いた。


「ったく、マクスウェルのやつは教育がなってねぇなぁ。まぁそれはトップのローファスにしてもだけどな」


 聞き慣れない声、騎士団長に留まらず国王に対しても不敬な発言をした者が確実にいる。


「(だれっ?私が聞いたことのない声だけど?)」


 一体どこのどいつだと騎士達が声の下を振り返るのだが、それはスフィアも同じだった。

 スフィアも声の主を探して慌てて振り返る。


「あれ? あそこにいるのって」


 ざわついている騎士達がどうしたのかとヨハンも騎士達の様子の変化に気付いて視線を向けると、そこにはヨハンが知っている人物がいた。

 どうしてここにいるのか不思議に思い思わず駆け寄る。


「よぉ。通り掛けにお前の姿を見かけたからちょっと見させてもらったよ」


 そこにいたのは金髪の腰に白い剣を差した男、ラウルだった。


「ラウル様!?」

「ラウルさん!」


 アマルガスと駆け寄ったヨハンが同時に声を放つ。


「えっ? ラウル……さま?」


 大隊長であるアマルガスが様を付けて呼んだのだ。その言葉を聞いてヨハンは思わずアマルガスを見上げ、続けてラウルを見た。


「あちゃあ」


 ラウルは額に手を当て苦笑いをする。


「おいおいアマルガスよ。俺を呼ぶときは様を付けるなって前から言ってるだろ?」

「そんなことを言われましても、カサンド帝国の帝位継承権第一位であり剣聖でもあるラウル様を呼び捨てになどできませんよ」

「ちっ、堅苦しいな。っつか全部言いやがったなコイツ…………」


 ラウルはチラリとヨハンを見るのだが、その顔はどう見ても苦々しい表情をしていた。


「…………えっ?」


 今何を聞かされたのか。その言葉を聞いてヨハンは驚き戸惑う。

 目の前に姿を見せたのは、最近剣術の鍛錬を積んでもらっていた男性で間違いはないのだが、それが今なんと聞こえたのか。


「ラウルさんが剣聖で……カサンド帝国の帝位継承権……第一位?」


 剣聖。

 その正式な称号を得られるのはたったの一人だけ。剣士を目指す者の頂点。最たる者。頂きである。それが剣聖。


 驚愕するのはそれだけではない。


 カサンド帝国。

 ここシグラム王国の隣国である友好国だということは知っているし授業でも習っている。

 皇帝が国を治め、そこの帝位継承権第一位である皇子が剣聖であるということは誰もが知っている程に有名であった。


 しかし、皇子には少しばかり問題がある。剣聖でもあるその皇子は放浪癖があり、自国にいることがほとんどないという噂話を耳にしていた。



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