第百四十三話 模擬戦
騎士の一人と向かい会っているところでアマルガスがヨハンに声を掛ける。
「さて、大丈夫かい? 怖くないかい?」
その声色は幼子に声を掛けるような声色。
「――プッ」
「ハハハ」
吹き出す様な笑い声がいくらか聞こえて来た。
後ろで見ていたヨハンを僻んでいる一部の学生が小さく笑っている。
「なによあれ!」
そこでサナがいくらか不快感を抱いてムッとした表情をしていた。
「仕方ないさ。ヨハンの実力を知らなければああもなるって」
それでもどうせこれからその考えを改めることになるだろうとユーリは小さく溜め息を吐く。
しかしサナはヨハンが公然とバカにされるのを見過ごせない。
「ヨハン君!そんな騎士なんてすぐに倒しちゃえ!」
と大声で応援するのだが、結果サナの応援のそれは火に油を注ぐようなもの。他の学生達は一際悪感情を表に出す。
「チッ! おいおい!ビビってんなら早く帰って来いよ!」
「女の子に応援してもらったのに残念な結果になるなぁ。後で慰めてもらえよぉ!」
「うるっさいわねっ! ヨハンくんの強さを知らないあんたたちは黙って見てなさい!」
場外舌戦が繰り広げられていた。
「……あれだけ素直に応援できるなんて」
「……サナも強くなりましたわね」
感情のままヨハンを大声で応援できるサナを見て、モニカとエレナは少し羨ましく思っているのだが、レインはこの辺り奥手な二人を横目に考える。
「(……きみたちのおかげで強くなったんだと思うけどな)」
と。
知り合った頃の臆病なサナを思い出すと苦笑いしかできない。
「どうやら君は色々と人気者みたいだな」
「どうなんでしょう?」
学生達が騒ぐのを横目に見るアマルガス。
人気があるのかどうなのかなんてわかりはしないので小さく首を傾げた。
「自覚はないのか。まぁいい、とりあえずあの騎士達は先程の模擬戦のように本気ではやらないから安心して戦うといいよ」
「えっ!? 本気でしてもらえないんですか!?」
その言葉を聞いてアマルガスはキョトンとする。
「ハハハッ。では君は本気の方がいいというのだな?」
「はい」
「しかし強がるとそれこそ後で後悔することになるぞ?」
「でもやるからにはやっぱりその方が僕としても自分を測れますので」
「…………」
そこでアマルガスがヨハンの目を値踏みする様にジッと見つめた。
「……なるほど」
嘘偽りのない言葉だと判断でき、同時にその力強い眼差しからは漲る自信を窺わせる。
「……相当自信があるようだな。では敢えて本気でしてもらおうか?」
「はい、是非お願いしたいです」
「うむ」
アマルガスが小さく頷いた。
そしてその場を後にするように後ろを向く。
「さっきの言葉、慢心ではないことを祈るよ。でないと私の目が曇ってしまっていることになるからね。では君も本気でいきなさい」
「はい!」
そのままアマルガスはヨハンと向かい合う騎士の方に顔を向け口元に手を送る。
「おい! この子はお前に本気で相手してもらいたいそうだ。手を抜くなよ!」
と、大きな声を掛けた。
僅かにムッとする騎士なのだが、それ以上の反応を示したのは他の学生達。
後ろの学生達は再度爆笑に包まれる。
「あいつどんだけ自信あんだよ!」
「この自信過剰やろうっ!」
「いいぞー! やれやれー!」
冷やかす声に加えて野次まで飛び出してきた。
それと同時に気弱な学生は「大丈夫なのかな?」とヨハンがボコボコにされる未来を想像して悲壮感の漂う表情を浮かべる者もいる。
当然この場に誘導することに成功した気でいるカニエスとクルドが期待しているのは前者の方。
「いやいや。なんか面白い事になったな」
「ええ」
模擬戦が始まればその反応がどう変わるのか、レインとモニカはわくわくして期待感を露わにしていた。
こうなると他の学生達が沈黙するのが楽しみで仕方ない。
「では準備はいいか?」
「はい」
ヨハンと騎士の代表、その一人が向き合う。
騎士はヨハンを正面に見据えると、足元を確認する様に、即座に飛び込めるようにジリッと土を踏みにじっていた。
ヨハンはその様子をじっくりと観察する。
「(今、左足に重心が掛かってる。手は……あの位置からなら初撃は下段だね)」
騎士の動きを冷静に見極めるのと同時に考えていた。
「(こうして対峙してみるとやっぱり……――)」
目の前の騎士のその立ち姿をラウルと重ねて見る。
どう見ても、こちらから踏み込んだところで、こちらの初撃に対して反応されるよりも早く倒せるとしか思えなかった。
ラウルと比べると威圧感もない。
「――……隙だらけだよ」
小さく呟く頃にアマルガスが腕を上げる。
開始の合図を待つ中、僅かな静寂が訪れた。
「始めッ!」
直後、アマルガスの声が響く。
「ふっ!」
アマルガスが腕を振り下ろすのと同時にヨハンは小さく息を吐き、足にグッと力を込めて地面を踏み抜いた。
同時にシュッと横薙ぎに腕を振り切ると、直後にはガンっと鈍い音だけが響く。
そのまま通り過ぎるようにして騎士の後ろへ駆け抜けた。
「(速いっ!)」
スフィアは騎士の脇を潜り抜けたヨハンをそう評す。
しかし、学生達の目にはヨハンの動きを追えていない。どうして騎士の背後に何事もないかのように立っているのかわからない。
「なんだ?」
「あいついつの間に?」
どういう動きをして今あそこにいるのか疑問が沸き起こる。
しかし、疑問を解消する間もなく騎士がグラッと身体を動かしたかと思えば前のめりにバタンと倒れた。
「は?」
「えっ?」
それは一瞬の出来事。
カニエスとクルドが同時に間の抜けた声を発し、その視線がゆっくりと送られるのは、振り返るヨハン。
何がどうなってこうなったのかなんて全く理解できないのだが、説明されるまでもなく結果だけはわかる。騎士が倒れた、それだけで全てを示していた。
「僕の、勝ちですね」
ニコリと微笑むヨハンはそのままアマルガスを見る。
「あ、ああ」
その場は圧倒的な驚きに包まれた。




