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第百三十九話 閑話 その魔物は……

 

 とある休日。

 その日は普通の、ごくごく普通の依頼を受けて目的地に向かっていた。


 目的地は王都より少し離れた森の中の沼地地帯。

 深い森の中は陽の光が入りにくく、背の高い木々に遮られることで影が多い。

 そのため地面は柔らかく、ぬかるみがそこら中にある。


「もう、歩きにくいったらないわね」

「まったくですわ。どうしてこんな依頼受けましたの?」

「んなこと言ったって、皆でこれにしようって決めたんじゃねぇか」


 文句を言っているモニカ達に対して、ニコニコとしているのはニーナ。


「あたしは皆さんと一緒に依頼を受けられて嬉しいですよ」

「ニーナはいい子だね」


 ニーナはヨハン達と一緒に依頼を受けられることを喜んでいた。


 冒険者パーティー『キズナ』は依頼にあった、森の魔物討伐に赴いている。

 メンバーはヨハン、モニカ、エレナ、レイン、ニーナ。


 依頼の内容はこうだった。

 森の中に魔物が大量発生していたのを確認。このままの勢いで発生し続ければこの森での沼地独特の菌類の採集が困難になる恐れがあるのでこれを討伐して欲しい。


「それにしても、あの魔物ってそんなに大変なの?」

「ええ、一匹一匹は大したことないのですが、数が多くなるとその対応に苦慮することもあると聞いていますわ」

「何より刃物が通らないのが問題だよな」


 今回の討伐対象は通常地下水道などの水回りに発生する魔物であるのだが、最近あった大雨の影響で沼地に発生している。

 刃物が通らない魔物の為、倒すのには工夫が必要であった。

 ニーナはピンときて手を叩く。


「ということは魔法で倒すということになるんですね?」

「正解ですわ。ニーナは魔法は得意ですの?」

「ええ、それなりには得意です」


 屈託のない笑みを浮かべるニーナ。

 ニーナの魔法の実力も同年代に比べたら遥かに抜きんでていた。

 精密な魔法操作はそれほど得意とはしないのだが、尋常ならざる魔力量はモニカやエレナを上回り、それを豪快に放つ。

 同級生たちはそのあまりにも規格外の魔法に呆気に取られていた。


 そんな話をしながらそうして森の中を進んでいき、大きな沼地のへりに着く。


「いたよ、あれが今回の討伐対象だよね?」


 一同がヨハンの声で前方を確認すると、それは沼地を中心としてもぞもぞと動いている。


「どれどれ?――――って、多っ!!」


 広大な沼地の半分ほどを埋め尽くすその半透明の魔物は一つひとつが個体のはずなのに、重なり合い大きな一つの塊になっていた。

 その多さに驚くのはレインだけでなく、モニカは頬をヒクヒクとさせる。


「私帰っていいかな?」


 何も見なかったことにして来た道を戻ろうとするモニカの腕をニーナががっしりと掴んだ。


「ダメですよ、お姉ちゃん。一度受けた依頼はしっかりとやり遂げないと!」

「ですがさすがにおぞましい数がいますわね」


 しかし、そのあまりにもおぞましい光景にエレナも嫌悪感しか抱かない。

 まだ遠いとはいえ、遠くからも視認できる程にその柔らかそうな体を持ち、半透明でにゅるにゅるとした魔物が蠢いている。


 スライムだった。


 スライムは体長五十センチメートル程のサイズだが、体のほとんどが水分でできている。刃物で切り付けてもその柔軟性と反発性と弾力性がありほとんど効果が見られない。例え両断してもすぐさまくっついてしまう。


 そのため討伐方法は限られており、広く知られていた。

 火系統の魔法で体の水分を蒸発させるのが一般的である。


「どうやって殲滅させる?」

「そうですわね、あれだけいるとなると小分けに討伐していかないと大変なことになりますので」

「そうなの?」

「なんでもいいから早く帰りたいわ」


 ヨハンとモニカとエレナはどうやって討伐しようかと相談をしている中、レインとニーナがスライムの山を見上げていた。


「よーし、じゃあとにかくちゃっちゃと終わらせちまおうぜ! 頼んだぜ、ニーナ」

「えっ?あたしがやっていいんですか?」


 レインの言葉でニーナが自分の顔を指差す。


「おうっ、頼んだ。思いっきりやってくれ」

「あっ、レイン! だめですわ――」


「へっ?」


 エレナがレインとニーナの行動に気付いて慌てて声を掛けるのだが、声が届くよりも早くにそれが起きた。

 ニーナは腕を捲り意気揚々と前に向かって手をかざすとスライムのいる沼地が赤い光を灯しだす。


爆炎破(エクスプロージョン)


 目一杯の魔力を練り、その手をかざしてスライムが一番多く集まっているところに特大の火魔法を放った。


 大きな爆発音を伴うその魔法は豪快の一言。ニーナの未熟な魔法操作であっても精密なコントロールを必要としないほど的は大きい。


 そのスライムの塊はニーナの魔法を受けて見事に爆散したのだ。


 そう『爆散』したのだった。

 それも弾けるようにして、かなり盛大に。


 スライムは一気に様々な多方面に飛び散り、それはヨハン達の方にもしっかり飛んで来る。

 逃げ場もない程に降り注ぐスライムの破片はペチャっと音を立ててモニカ達にまとわりついた。


「いやーーーー!!」

「ぬるぬるしますわ!」


 同時に叫び声を上げるのはモニカとエレナ。


「うえー、きっもちわるいですこれー」

「…………。いや、すまん。マジですまん」


 ニーナとレインも二人と変わらずスライム片を浴びている。


「みんな!? 大丈夫!?」


「「「「…………」」」」


 声を掛けるヨハンなのだが、全員がヨハンのその身なりを見て不満を抱いていた。


「どうしたのみんな? 急に黙り込んで」


 モニカ達の表情を見るヨハンは疑問符を浮かべながら首を傾げる。


「なんでおまえだけ無事なんだ!?」

「どうしてヨハンだけ無事なのよ!?」

「ヨハンさんだけ無事なのかしら!?」

「なんでおにいちゃんには引っ付いてないのよ!!」



 文句を言うのはヨハンの身体には一切のスライムが付着していないことから。

 土の汚れはあるにせよ、どこにもスライム片が見当たらない。


「えっ? スライムが飛び散った時に魔法障壁で防御してみたら引っ付かずに落ちていったよ? どうやらスライムって魔法障壁で弾けるんだね。ってことは魔力を元にできてるのかな?」


 ヨハンは冷静にスライムの分析をしていた。


「俺にも使えよッ!」

「私にも使いなさいよ!」

「あたしも使えば良かった……」

「……そんな方法がありましたの」


 それぞれがそれぞれの見解を抱く。

 だが、いつまでも文句ばかりを言っていられない。


「――……えっ!? ちょっと待って!? やだ、服の中に入ってきた!」


 モニカが服の中に手を入れまさぐった。


「んっ。そこに入らないでください」

「いやぁ!ぬるぬる気持ちわるぃーっ」


 エレナとニーナも同様に服の中に手を入れ身悶える。


 女性陣の身体、飛び散って付着したそのヌメヌメするスライムが服の中に入ってきていた。分裂させられたことで元のサイズに戻ろうと他のスライム片と繋がろうとする。身体の中を動かれることで艶っぽい声を上げていた。


「(……すまん、マジですまん。だが、ナイス俺!)」


 レインは心の中でガッツポーズをしていた。


「大丈夫!? 早く取らないと!」

「だめヨハン! 触らないで! いやぁぁああああ!」


 大きめのスライムを掴むのだが、手で掴んでもすぐに千切れてしまう。

 必死にモニカの身体を掴んでいるのだが、モニカは羞恥心に耐えられず赤面させていた。


「ダメだ、ぬるぬるで取れないよ」

「うっ……うぅっ…………」


 声にならない声を上げるモニカに気付かずヨハンはどうやってスライム片を取ろうかと悩ませる。


「どうしようエレナ?」


 振り返りエレナを見るのだが、エレナは両腕を交差させ自身の身体をがっしりと掴んでいた。


「……はぁ、はぁ。 ヨハン、さん? 今の……はぁはぁ」

「エレナすっごい汗だけど大丈夫?」

「それよりも……はぁ、はぁ。 今の、モニカにしたこと……わたくしには、はぁ、ぜっったいに! はぁ、しないで……はぁ、くださいませっ!」

「わ、わかったよ。けど、どうしよう」


 必死なエレナの眼光が放つ威圧感に思わず気圧されたじろいでしまう。

 そこでニーナに目を向けると、ニーナは「もう……だめ……――」と、そこで力尽きその場で倒れ込んだ。


 レインだけは不快感もどこ吹く風で女性陣の方に目を向けていたところで片膝を着いていたモニカと目が合う。


「あっ……ごめんね」


 片手を上げ片目を瞑って謝罪を口にするのだが、そこには謝意の心など微塵も含まれていなかった。

 プチンと音を立ててモニカの中で糸が切れる。激情が沸き起こる。


「はぁ、はぁ……あんたの…………はぁ、はぁ……あんたのせいで……こんなことになったんだからねッ!」

「ちょ、ちょ、待てって! 待ってくれ!」


 モニカの手が赤く輝いているのは魔力が練られているから。

 ガクガクと膝を震わせながらもモニカは渾身の力を振り絞り起き上がり、右手を上にかざした。


 ボンっと音を立てて手の平の上に火の玉が生成される。


「喰らいなさいッ!」


 レインに向かって大きく腕を振り、火の玉を投げつけた。

 迫り来る火の玉を躱すことが出来ない、両手を振るレインへ見事に直撃する。


「ギャアアアアアア」


 ジュワッと音を立てるのは、着弾と同時にレインの身体にまとわりついていたスライム片が、それはもう見事に蒸気となって消滅した。

 そして姿を現したのは黒焦げのレイン。


「ひ、ど……い」


 と言ってその場に倒れ込む。


「フンッ、ざまぁみなさい……――」


 顔面蒼白のモニカも力尽きてバタンとその場に倒れた。


「もうっ、みんなそんなことしている場合じゃないのに……」


 ヨハンは困惑しながら一連のやり取りを見届け、残るのはヨハンとエレナのみ。

 このままでは全員を担いで連れて帰らなくなってしまう。


「……はぁ、はぁ。 ヨハン、さん? 何か……はぁ、何かありませんかっ?」


 正気を保っているエレナは王女としての尊厳が支えていた。極限の精神状態でなんとか平静さを保たせている。


「うーん、とはいってもなぁ……」


 顎に手を送り思考を巡らせた。

 目に見える範囲ではモニカの火の玉を受けたスライム片は姿を消している。


「いくらなんでも……」


 チラリとエレナを見るのだが、いくらスライムに火魔法が効果的だからといってもエレナ達に火魔法を直撃させるわけにはいかない。かといって水魔法など相性は最悪である。土魔法も効果がない。風魔法で切り刻んだところで刃物と同じ結果しか生まない。


「……ん? 風?」


 ふと引っ掛かりを覚えた。


「そうだ! もしかしてコレなら上手くいくかも?」

「えっ?」


 可能性を考え、手に魔力を練り上げエレナに向けて放つ。

 一陣の風がエレナを包み込んだ。



 ――――そうして一同は帰路についている。当然身体にはスライム片は付いていない。


「ほんとあんたのせいで碌なことにならなかったわよ!」

「だからなんべんも謝っているじゃないか!ってか俺なんて黒焦げにされたんだぞ!」

「自業自得ですわ」


 エレナ達が吐き捨てるように言い放つのを苦笑いしながら聞いていることしか出来ない。


「さすがにあたしもあれはきつかったなぁ」

「でもニーナも注意しとかないといけないよ?」

「はぁい」


 テヘッと申し訳なさそうにするニーナ。


「それにしてもあんな方法があるのなら最初から使って下さいませ」


 溜め息を吐きながらジト目でヨハンを見るエレナ。


「いや、僕も事前知識で火魔法しかないと思い込んでいたからさ」

「でも助かったわ。あのままならどうなってしまってたか…………」


 想像するだけで身震いして二の腕を抱くモニカ。


 ヨハンが何をしたのか。

 それは至極単純な話だった。


 スライムには刃物は通らない。その前提は覆らない。

 結論としては、風魔法を使い対象を中心に回転させるように発生させた。


竜巻(トルネード)


 傷付けない程度の緻密な魔法操作が必要なのだが、一人ひとり巻き起こる風でスライムを剥がしていったのだった。

 そして剥がしたスライムを全員で地道に焼いて回った。


 そのまま王都へ無事帰還して依頼報告をするのだが、モニカ達は今後二度とスライム関係の依頼を受けないと固く心に誓っていたのであった。



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