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第百三十四話 秘密の鍛錬

 

 そして迎えた翌日。


 いつもより早くに目が覚め、隣のベッドではレインがまだいびきをかいて寝ていた。


 予定よりも早く目が覚めたことで、ラウルとの約束を楽しみにしていること、その緊張感と高揚感が思っていた以上にあるのだなと思うと思わず笑みがこぼれる。


「よしっ」


 手早く準備を終えて走って鍛錬場に向かうと、鍛錬場には既にラウルの姿があった。

 ラウルは一人で木剣を軽く振っている。


「おっ、来たな。ってどうした?」


 ヨハンに気付いたラウルは笑顔を向けるのだが、それ以上に目を奪われたのはその直前にラウルが振っていた木剣の鋭さ。

 何気ないように振るわれていた木剣なのだが、まるで剣と一体化しているような、自然に振るわれたその剣筋はそれだけでその強さを物語っていた。


 恐らく、木剣に限らずどの剣を持っても同様の感想を抱くのだろうと思える。


「いえ、ラウルさんってもしかして凄い人なんですか?」

「ん? さぁどうだろうな。凄いかどうかは他人が決めることだからな」

「はあ」


 不要な問い掛けだと言わんばかりにラウルはヨハンの質問を濁す。


「とにかく始めるぞ」

「はい!」


 土を踏みにじり真っ直ぐに木剣をヨハンに向けるその表情からは、目の奥に何とも言えない気鋭さを感じさせた。


「さて、まずは一度俺打ち込んできてくれるか?」

「それは思い切りでいいんですよね?」

「もちろんだ」


 確認したのは念の為で、思い切り打ち込んでも間違いなく何らかの手段で対処されるのはわかっている。

 それでも嬉しくなるのは、どう対処されるのかに興味が尽きない。


「じゃあ、いきますッ!」


 期待を持って全力で踏み込む。


「なッ!?」


 ヨハンの踏み込みを見てラウルの目が見開いた。

 それはラウルが想定していた以上に遥かに速い突進力。


 直後にガンッと鈍い音を立てるのはラウルの木剣とヨハンの木剣が交差する音。

 次にドンッと音を立てるのは交差した木剣をラウルはヨハンの力をいなすようにして見事に力を受け流した事でヨハンの木剣は地面を叩く音。


「なるほど、思っていた以上だな。それが全力か?」


 初撃のみの確認で、追撃は行わない。


「はい。今の僕の速さは今ので精一杯です」


 避けられるでもなく、受け止められるでもなく、剣筋を見極められた上で綺麗に力を受け流された。

 それがどれほど技術を要することなのか理解出来ている。


「(剣は僕よりモニカの方が得意だけど、それでもラウルさんの方が遥かに……)」


 わかっていたことだけど、改めて正面から対峙したこと、たった一度の打ち込みだけでラウルのその凄さを実感できた。


「その感じだと闘気はもう使えそうだな」

「はい。まだまだ練度は足りませんが」

「そんなものこれから上げていくもんだ。じゃあ続けるぞ」

「はいっ!」


 それから何度となくラウル目掛けて思い切り打ち込むのだが、全く有効打を打ち込めないでいる。


「(この人、本当に凄いや)」


 息を切らせながら打ち込むのだが、目の前のラウルは息一つ乱さずにヨハンの剣を受け切っていた。


「(…………父さんにもこうして何度も撃ち込んでは軽くいなされていたな)」


 同時に頭を過るのは幼い頃の思い出。

 もう随分前のことに感じる父との打ち合い。ラウルに打ち込むことでどこか既視感を覚えさせた。


 そうしてラウルがピタッと剣を止めて剣先を地面に向ける。


「よしっ、わかった。その分だとヨハンは相当な剣士になれるな」

「あっ、僕は剣士になるつもりはないんですけど?」


 厳密に剣士という職業が冒険者にあるわけではない。

 冒険者における剣士とは役割の一つであり、魔道士もそれに分類される。


 中には職業剣士として分類される者もいるにはいるのだが、そういう者は道場を構えて自身の流派を門弟に教えて指南していく者。他には貴族などの剣術指南にあたる者など。

 そしてその最高峰には『剣聖』と呼ばれる称号を得る人物がいるのは授業で習った。世襲制ではないので剣聖というのは時代ごとに様々な国にいることになるのだが、本当の意味では基本的に大陸でただ一人の人物に与えられる称号。


 そのため、剣士と言われても冒険者として活動する予定のヨハンは剣士に分類しているともりがなかった。

 それは、母から魔法に関しての素養も見出されているヨハンはその才能と母の師事もあって魔法も得意としている。それに実際的にはモニカの方が剣を得意としていることはヨハンも理解していた。


 つまり、ヨハンはいわゆる万能型。


「そうか、まぁ細かいことにこだわるな。例え冒険者だとしてもだ。剣士だと自覚しておくことが強さの自覚にも繋がることだぞ?」

「はい」


 先日の話、言葉が持つ意味。自覚の問題。


「とは言うものの。なら一応魔法の方も見せておいてくれるか?」

「わかりました」


 闘気の使用はよっぽど魔力量が低くない限り魔力量で大きく左右されるわけではないのだが、魔力操作は異なる。

 正確にはその操作如何によって闘気の練度や戦い方が変わるということ。

 ラウルが確認したかったのはそこの部分であり、ヨハンの魔法操作を見て戦闘技能の実戦的な部分の確認をするつもりだった。


「一番得意な魔法でいいぞ」

「はい」


 一番得意な魔法と言われてもどれも大差ないなと考えながら、体内の魔力を感じ取る。


「まぁこれである程度今後の方針が固まるな」


 ラウルは腕を組みヨハンを見つめていた。


「いきますっ!」


 グッと手に魔力を感じ取ると同時に中空に拳大程の炎の塊をいくつも発生させる。


「へぇ、あれだけの炎をだせるのか。なるほど」


 ボッと音を立てて炎の塊が前方に放たれた。

 しかし、立て続けに起きる光景にラウルは驚愕する。


「まさか……」


 炎の塊はすぐさまジュッと蒸気を発して消滅したのは、炎が飛んでいった先に激しい水柱が立っており、炎は水柱の中に消えていったのだった。


「次はこいつっ!」


 更に、水柱を絶つように放たれるのは四方から突き刺す様に現れた土槍。水柱を絶つといくつもの水滴が飛び散る。


「これで仕上げ!」


 追い打ちをかけるようにヨハンの手元から放たれたのは複数の風の刃。

 鋭い風切り音を上げて風の刃は水滴を切り刻んだ。


 切り刻まれた水滴は地面をピチャピチャと濡らす。


「だいたいこれが今の僕にできる限界です」


 これ以上になると安定した魔力を練りきれない。

 そのまま振り返りラウルを見るのだが、ラウルは口を開けて言葉を発せずにいた。


「ラウルさん?」

「――あっ、ああ。いや、大したもんだ。まさか異なる四属性を立て続けに使えるとは。それに加えてあれだけの魔法を行使したにも関わらずまだ魔力量にも余裕があるみたいだな」


 感心する様にしてヨハンを見るのは、通常ならそれだけの魔法を使えば疲労困憊に陥ってもおかしくはないのだが、目の前のヨハンにはまだ余裕があるのが見て取れる。


「ただ、すまんが俺は魔法がそれほど得意じゃないんだ。もちろん闘気は使えるがあくまでも俺は剣士だからな」

「そうなんですね」

「だが、こと剣に関わることで言うなら俺以上の者は中々いないという自負はある。だから魔法はまた良い師を探してくれ。今のを見た限りだと俺は剣に特化して教える事にする」

「わかりました」


 そうしてこれより数日、ヨハンとラウルによる早朝の鍛錬が始まることになった。




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