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第百三十 話 カニエスの思惑

 

 マリンの唐突な申し込みを受けることになった。


 そうして場所を変えたのは王宮内にある特別鍛錬場。

 一般の使用が許されないその場所は、王家に類する者しか使用を許されていない。


「――――……えっと、エレナさん? どうして僕がここに立っているのでしょうか?」


 完全防音の魔道具が使用されたその場所。

 眼前には十数体の案山子が立て掛けられており、エレナの前にはヨハンが立っている。


「仕方ないですわ。マリンがヨハンさんを指名したのですから」

「……ははは、あっそう」


 マリンが持ちかけた勝負の内容。

 それは、自身の従者とエレナの従者の二人で魔法勝負をさせるというもの。


 つまり、マリンから見た限り、ヨハンはエレナの従者と見なされていた。


 その勝負の内容だが、特殊な魔法障壁が施された案山子を一度の魔法で何体破壊できるかというもの。

 学内の成績上位者でも一度の魔法で三体全壊できればかなりのもの。全てを破壊するとなれば、魔術師団の上級魔導士並みの魔法を行使しなければならない。それは国家戦力並みに相当する。



「本当に大丈夫なのよね? カニエス?」


 マリンが隣に立つ従者に声を掛けるとカニエスは小さく頷いた。


「ええ。お任せくださいマリン様。一年時のあのヨハンという者の成績を見ていましたが、確かに上位に入っていましても私とさほど変わらないかと」

「なら勝てるかどうかわからないじゃないの!?」

「いえ、そこはエレナ様を褒めるべきかと」


 カニエスはヨハンを品定めするようにして見ながらマリンに話す。


「エレナを?どうして?」

「マリン様はあのヨハンという者を以前から、入学前からご存知でしたか?」

「いえ? 聞いたこともないわ。恐らく平民だと思うけど?」

「そうです。つまり、私と同程度の実力者を平民の中から見つけ出したその眼力は流石の一言です」


 そこでマリンはエレナをジト目で見る。


「うむぅ、私からすればそれ一つとっても憎たらしいけどね。 それで? 確実に勝てる保証もないのにどうするつもりなのよ?」

「ええ。ですので確実に勝てるように――――これの力を借りれば問題ありません」


 カニエスは腰元から小さな魔石を取り出し、マリンにだけ見えるように手の中に握った。


「……フフ、あなたも悪い人ね。 まぁいいわ、これで憎たらしいエレナに一泡吹かせられるかと思えばそれくらい目を瞑りましょう」

「ありがとうございます」


 カニエスがマリンに小さく首肯し一礼する。


 カニエス・モールライは子爵家の子息で長男であり、マリンへは貴族として幼い頃から付き従っていた。

 付き従っていたとは言っても、幼少期のそれはもう下僕のような扱いを受けたのだが、『公爵のご令嬢の機嫌を損ねないように』と親からきつく言いつけられ、嫌々ながらもマリンに付き合う我慢の日々を送っていた。


 そうして冒険者学校へはマリンが入学するからということで付き従うために同じようにして入学している。


 我慢を強いられながらも、カニエス自身としては入学自体に不満は一切なかった。


 マリンの学内における成績は英才教育のおかげもあり中位よりは上なのだが、特別優秀というほどでもなく特筆した長所があるわけでもない。平均以上に万遍なくこなせるといった程度。


 父であるマックス・スカーレットも武官ではなく内政官。

 マックスも知能には長けていても武力を得意としていない。


 しかし、カニエス・モールライは違った。


 幼い頃から魔法の才能に秀でた彼は、将来的に王立魔術師団へ入ることが確実視されている。

 両親からの期待も厚く、子爵家から待望の魔法優秀者が生まれたと喜ばれ、このままいけば公爵令嬢とまではいかずとも、良い身分のところへ婿養子に入れると。家は次男に継がせればいいと考えられていた。


 そんな家族の期待を一身に背負った彼は学内の成績で上位を目指し、概ね順調に進んでいた。


 しかし、座学は勉強の甲斐があるのだが、実技に於いて事あるごとに上をいかれるのはヨハンという者。

 直接的な関りはなかったので、不満を感じる日々が続く。


 そして我慢が出来なくなった頃、一体ヨハンとはどういう者なのか探し当てると、一緒に居たのがエレナだったことが一層の驚きを禁じ得なかった。


『あの野郎、まさかエレナ様が王女だと知って近付いたんじゃねぇよな?』


 貴族の子息にヨハンという名前の者はいない。身なりも特に目立つ高価な装飾品などは見られない。

 その様子からして平民だろうと思いながら、それから事あるごとに遠目にヨハンを観察していた。


 今まで魔法の才能を称賛されるのはいつだって自分だった。

 だが学内で称賛は分散される。それは才能に秀でた者が多く集まるのだからいくらかは仕方ない。


 それでも、許せないのはヨハンの存在。

 公爵令嬢であるマリンよりも上位の権力者、王女であるエレナに付き従うのが自分と遜色のない魔法技能を見せる者だというのだから。


『――お嬢様』

『どうしたの?』

『あそこにエレナ様と従者が一人』


 王宮内でエレナとヨハンの姿を見かけたのでマリンに声を掛けた。

 そこでやはりと思うのが、ヨハンがエレナの図書を持っている。いや、持たされていた。


『フンッ、それがどうしたっていうのよ』

『私に良い考えがございます』


 わざわざ関わろうとしないマリンをなんとか説き伏せ、ヨハンへの勝負を持ちかけてもらってこの場へ来ていた。


「(…………これがあればあいつとの差を大きく広げられる)」


 魔石を握る手にグッと力が入る。


 カニエスが持っている魔石は一時的に魔力の底上げをするというもの。


 つまり、それが示す結果は――――。


「――炎の聖槍(ファイアジャベリン)


 カニエスが行使できる最強の魔法。

 一本の炎の槍を中空に漂わせて、それを高速で射出するというもの。

 射抜かれた対象は炎に包まれるという、魔法の才がない者にはおよそ使用が出来ない。


「エレナ、あれって」

「ええ。物凄い魔力量ですわね。あれほどの魔力を持っている人がいたのですわね」

「へー、凄いなぁ」


 驚くのはそれが三本同時に中空に漂っているということ。


「ハアァァァッ――――貫けぇッ!」


 カニエスの腕の振りと同時に炎の槍が一直線に飛んでいく。

 炎の槍は案山子へと見事に刺さり、猛々しい炎を上げてすぐに燃えカスになった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。 い、如何ですか、マリン様」


 あまりにも予想外の威力にマリンも驚きに目を見開く。


「え、ええ…………これなら、これならあのエレナを……ウフフ、ぎゃふんと言わせられるわね」


 意地の悪い、余裕の笑みを浮かべながらマリンがエレナを見た。


「――えっ?」


 マリンはエレナの驚き困惑する表情を見るつもりで見たはずなのだが、しかし、困惑させられたのはマリンの方。


 エレナはマリンと目が合うと、ニコリと柔らかな笑みを浮かべているのだから。

 そこには一切の焦りが見られない。


「な、何よ余裕ぶっちゃって! そんなにあの従者に自信があるっていうの?」

「いえ、いくらなんでもさすがに壊せて二体が限界かと」


 正確な実力、ヨハンの魔法技能がどれほどにあるのかということはカニエスも掴みきれていないが、上方修正したとしても三体には及ばないと判断する。



 そして――――。


「ヨハンさん、どれぐらい壊せそうですか?」

「んー、やってみないとわからないけど、今の感じを見るとたぶん五体ぐらいかな?」


「…………そうですか」


 エレナがチラリと見た先には、まだ案山子が十体ほどあった。

 僅かに思案気に考えに耽り、ヨハンを見る。


「それだと少々物足りませんわね」


 エレナが小さく呟いた。


「もうやってもいいの?」

「いえ、少々お待ちください」


 どうして見られるのかわからないヨハンは小首を傾げる。


「そうですわね…………。 ねぇヨハンさん? ではこれならどうでしょう?」


 エレナがヨハンに耳打ちして何やら提案をして――。

「えっ!?いいの、そんなことして!?」

 果たしてそれだけのことをしてもいいものだろうかと困惑した。


「まぁ向こうも少しルールから逸脱していたようですし、構いませんわ」


 エレナは気付いていた。

 カニエスが魔力増強の魔石を用いたのを。


 カニエスが魔法を行使した瞬間に魔石が独特の白い光が手の中から漏れ出ていたことを見逃さなかった。


「んー、まぁエレナが良いって言うなら僕は別にいいんだけどね。でも前に控えめにしておいた方が良いって言ってなかったっけ?」

「もう二学年ですし、マリンは学内では守秘義務を守りますわ。必ず」


 王家の血縁として、最低限の守秘事項は守るというのは知っていた。

 ここでどんなことをしようとも問題はない。


「わかったよ。じゃあ――――」


 そうしてヨハンが前に歩いて行き、チラリとマリンとカニエスを見る。


「お嬢様、どうやら奴は不安に思っているかと」


 カニエスの目に映るヨハンは確かに不安そうにしていたのだが、思惑はまた別のところにあった。


「(ま、いっか。丁度僕も試してみたかったしね)」


 グッと両手に力を入れ、魔力を練り上げる。



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