第百二十九話 公爵令嬢
アトム達が漆黒竜グランケイオスの下を訪れてから時は遡り、遠征実習から戻って数日後。
「申し訳ありませんわね、荷物を持って頂いて」
エレナが王宮に荷物を取りに行くというので、ヨハンはエレナに付いて王宮に行っていた。
その腕にはいくつもの本が抱えられている。
学生寮の部屋では収納に限りがあるので、エレナは時折こうして図書の交換を行いに王宮を訪れていた。
「気にしなくてもいいよ。それに、僕も調べたいことがあったし」
「そういえばお父様に何か頼み込んでいましたけれども?」
「えっ? ああ……うん。その件でエレナには付いて来てもらわないといけなくて」
「どこに……でしょうか?」
頬をポリポリと掻くヨハンに疑問符を浮かべて問い掛ける。
「あー、その……実は資料室に行きたくて」
ヨハンがローファス王に願い出ていたのは、王宮にある資料に目を通す許可を貰っていた。
「資料室? あんなところに何をしに行きますの?」
資料室には王国の歴史に関する書物や研究に関した報告書が管理されている。
「シトラスが過去に行っていた研究ってなんだったんだろうって」
本来一学生が王国の資料に目を通すことなどできないのだが、レナトでシトラスに襲われたこととエレナもいることから特別に許可が貰えていた。
「確かにシトラスが魔族だったとすればこの時代まで生きていても不思議ではないですものね」
「そうなんだ。だからどんな研究をしていたのか知りたくて」
エレナの話によると、かつて王国にいたそのシトラスという人物は魔法及び魔道具についての研究をしていた魔道具研究機関の研究員だったという。
「(それに――――)」
仮に魔族のシトラスと同一人物だとして、魔族が人間の研究機関で何をしていたのか。その研究内容を調べることがシトラスの目的を知ることに繋がるのではと思えてならなかった。
「ちょっとそこのあなた?」
そうしてエレナと共に王宮の資料室に向かう中、唐突に後ろから声を掛けられる。
振り返ると、学生服に身を包んだ長い金髪の髪を二つに束ねた女性が腰に手を当てて立っていた。従者を後ろに一人従えている。
「……はぁ。誰かと思えば、マリンでしたか」
「でしたかとはなによっ! どうしてそんなに不満そうなの! エレナッ!」
マリンと呼ばれた女の子がエレナを力強く指差した。
「えっと……エレナ?」
どう見ても見知った関係の二人なのは見ての通りなので交互に見やると――。
「あなたはエレナのお付きの学生ですわね。ご存知の通りわたくしがマリン・スカーレットですわ。以後お見知りおきを」
マリン・スカーレットは貴族が用いる綺麗な所作で一礼する。
「ごめんなさい。知りませんでした」
ご存知と言われても知らない。
全くもって本当に知らないので深々とお辞儀をした。
「はぁ!?何を言ってますのあなたは!あなたエレナの付き人ですわよね!?」
「あっ、スカーレットってことはもしかして?」
その家名はこの国では特別な家名。
エレナの顔を見ると、エレナは苦笑いしながら口を開いた。
「……ええ。彼女はわたくしの従姉妹ですわ」
「あっ……そう…………」
そのままそっとマリンに目を送りエレナと比較する。
確かに髪の色や目元など似ている部分はあるのだが、後ろに従者を従えたマリンの外見的な印象は、どう見てもエレナ以上に気の強そうな様子が窺えた。
王女であるエレナを王宮内で堂々と呼び捨てにできる女性、マリン・スカーレット。
ヨハンはマリンの外見から見て歳の程は近いのだろうと思っていたのだが、公爵令嬢である彼女が実は同学年にいたのだということをそこで初めて知る。
マリン・スカーレットは学校内ではエレナ達王族や貴族と同様に家名を明かさないことと、エレナには一学年時は不干渉であることを条件に入学していた。
家名を明かさないことは貴族に限らずどの学生も同じなのだが、エレナへの不干渉に関しては特に不満を抱えていた。
「どうして従姉妹なのに関わったらダメなの?」
「仮に、学校内で、権力のあるなしが横行すると上下関係が生まれてしまいますわよね?」
「……まぁ」
だから校則で家名を名乗らないのだということは誰もが知っている。
とはいってもその対象は大体が家名を後ろ盾にする男爵・子爵の子息ではあり、一部踏ん反り返るボンボンもいるにはいるが。
「一学年の時って基礎を学ぶから先入観が入らないように、特にそういうのを厳しく排除しているのですわ。それでなくとも家名による権威を振りかざせば罰則が厳しいですの。昔はそうではなかったらしいのですが、お父様の在学時辺りに厳しくなったと聞いていますわ」
「ふぅん、そうなんだ」
校則の移り変わりをエレナが口にしているのだが、二人は知らない。
ヨハンとエレナの父であるアトムとローファスが在学時に大喧嘩をして、平民と貴族の子息による二大派閥に分かれ大騒動に発展したことが在学時の家名撤廃に繋がった話だということを。
「じゃあ今の話からすると、二学年になったから彼女はようやくエレナに関わることができるようになった、と」
目の前の女性マリン・スカーレットは、ローファス王の弟、内政大臣を担当しているマックス・スカーレットの子女、つまり公爵令嬢に当たるのだと。
「いえ、王宮内では変わらずこうやって絡んで来ていましたわよ?」
「……いやいや、絡んで来てたって」
恐らくその言い方からして、よっぽど煩わしい絡まれ方をされてきたのだろうということは目の前の踏ん反り返っているマリンの態度からも想像出来た。
「それで? どういった用件ですの?」
溜め息を吐きながらエレナが問い掛けると、マリンは再びエレナをビシッと指差し――――。
「勝負なさい!」
たった一言、尊大な笑顔で堂々と言い放つ。
「えっ?」
「……はぁ、またですの?」
突然の勝負の申し込みにヨハンは困惑し、エレナは額を押さえて呆れてしまっていた。




