第百二十六話 閑話 漆黒竜グランケイオス
シグラム王国から遥か北東、シルーカ大陸最北部にある竜峰コルセイオス山。
通常、コルセイオス山には人間は誰一人として近付かない。
近付けば帰って来ることが出来ないのだ。
コルセイオス山には古代種と呼ばれる永い時を生きる竜が巣くっているというのは誰もが知るところ。
そして古代種のみならず、多くの飛竜や赤竜という竜種がそこかしこにいるというのだから。
その中でも最上位に位置するのは漆黒の鱗を持っている数十メートルもの巨体の竜、漆黒竜グランケイオス。
人語を話すことができる古代種のその竜は、年齢が数千年とも云われているのだが実際のところそれは誰にもわからない。
人間が数えることをできないのはもちろん、グランケイオス自身もうその歳を数えることに飽いてしまっていたのだから。
齢数千年を生きる竜は人間に対して達観した感覚を持っており、害意を持たれない限り竜から好戦的な姿勢を見せることはないのだが、生まれて数十年という若竜は時折人間の村々を襲い血肉を貪ることがあった。
それも、空腹からくる行いの時ならまだしも、ただの好奇からの行いであるということもあり、抵抗する力を持たない弱い人間からすればただただ蹂躙されるしかない。
古代竜たちは若竜の行いに対して不干渉を決め込んでいた。
いや、そもそも若竜の行い自体に興味がなかった。
いつの時代においても竜による被害は天災に分類され、長く時が流れる中で現在から約二十年前。
とある冒険者パーティーが竜峰コルセイオス山を訪れ、漆黒竜との対話を行い、停戦協定を締結したのがヨハンの父アトム達『スフィンクス』。
詳細は広く語られなかったが、死闘の果てにそれが成されたということは各国ギルドから緊急速報として開示され、シグラム王国と隣国であるカサンド帝国の国家がそれを事実として認めた。
そうしてスフィンクスは伝説となった。
「――ったく、まさかまたここに来るとは思ってもなかったぜ」
そうして約二十年後の現在、スフィンクスは再び死闘があった竜峰コルセイオス山を訪れている。
雲よりも標高の高いその山、頂上付近程に差し掛かったところにある平地、その先には大きな空洞が広がっていた。
その洞窟を目の前にして、アトムは周囲に目を送る。
「キシャアアア」
周囲には、広々とした空の中を、赤や青といった多くの竜が気持ちよく飛んでいた。
アトム達目掛けて襲ってくる気配を見せてはいない。
「まぁそう不満そうにするな。ヤツに聞くのがやはり一番早いだろう。なにせ数千年の時を生きておる」
「…………知ってたらいいけどな。 チッ、ローファスの野郎、帰ったら覚悟しておけよな」
頭をガシガシと掻きながら昔馴染みへの文句を口にする。
「それにしてもよく私達を素直に入れてくれましたよねぇ? あの時の約束では人間が踏み込めば容赦はしないって約束だったのですけど?」
「あぁ、それはじゃな――――おったおった、あやつじゃ」
エリザの疑問に対してシルビアが周囲を見渡した。
そこで一匹の金竜を見つけると、持っている杖、髑髏を象った杖で金竜を差す。
「あやつ、以前の時にワシ等のことを知っておる奴じゃ。どうやら約束通り若竜が無茶をせんようにしっかりと睨みを利かせておるようじゃの」
「へぇ……――」
エリザが金竜を見ていると、金竜がチラリとエリザ達の方に顔を向ける。
かつてコルセイオス山を訪れたアトム達に見覚えがある金竜は、周囲を飛ぶ竜にアトム達を襲わないように目を光らせていた。
「――……歓迎、はしていないみたいですけどね」
「だな。どうみても襲いたくてうずうずしてるやつもいるしな」
しかし、それでもいくらかの殺気を感じ取る。
「それもそうじゃろ。いくら古代種とはいえ、若竜を睨み一つで抑え込むなどよほどの竜でなければできはせんし、ワシ等がここに来たことで若竜たちが殺気立っておるからの」
その中でギロリと目を回して来る飛竜が一際殺気を放っていた。
いくら停戦協定を結んでいるとはいえ、突如人間が目の前に姿を見せたのだ。
それがアトム達、かつてここに姿を見せたことのある人間だと認識できる竜ならまだしも、停戦協定以降に生まれた竜にとっては興味の対象でしかない。
それを、金竜が威圧感を見せながら抑止している。
「いい加減早く入れと言っておるな」
「姐さん、わかるので?」
「いや、顔がそう言っておる」
「あっ、そうっすか」
シルビアには金竜が見せるその表情がどう見ても苦々しい顔をしているように見えた。
「では、のんびりもしておれんし行くぞい」
そうしてガルドフを先頭にして大きな洞窟の中に入って行く。
ここに来た理由、その先には漆黒竜グランケイオスがいるのだから。
洞窟内、魔灯石と呼ばれる魔力を含み自発的に光を放つ魔石が多く見られるその洞窟の中に足を踏み込んでいく。
魔灯石は地上の洞窟内にも多く見られるのだが、ここコルセイオス山の魔灯石は一際純度が高い。
白く発光する魔灯石が多い地上に対して、ここの魔灯石は入り口側には青い光が多く見られ、奥に行くほどに徐々に魔灯石の色が緑色を帯びていった。
そうして入り口に広がっていた空洞よりも遥かに大きな広場、そこは大きな広場の筈なのに、その中央を埋め尽くしている巨大な黒い塊。
魔灯石の光を受けて反射するほど黒光りをしている塊は、艶のある漆黒の鱗が特徴的な巨大な竜、漆黒竜グランケイオスに他ならない。
グランケイオスはアトム達が広場に踏み込んで来たのを気配で確認すると、長い首を持ち上げ、青い瞳をギョロリと見回した。
「――ヤハリお前達カ」
「久しいの。健勝であったか?」
「フンッ、我等はお前達人間ほどに数十年で老いたりはせン」
ガルドフと言葉を交わす漆黒竜。
「ソレで突然どうしたのダ? 一体何用で再びココを訪れル?」
停戦協定は破られてはいない。
グランケイオスも静かに過ごしており、若竜が人間に対して一方的な危害を加えたということも聞かない。
「うむ。単刀直入で聞くぞい」
グランケイオスが僅かに瞳を動かすのは、何を目的にしてガルドフ達が訪れているのかを知らないのだから。
周りにいるアトム達の表情にも注視する。
「お主が知っている魔王についての情報及びそれに伴う魔王復活に関することを教えてもらいたい」
「…………魔王、だト?」
その声色からは何かしら魔王に関することを知っている印象を受けた。
「ああ。何か知らぬか? 魔王の存在が確認されたのは遥か昔、記録もほとんど残っておらぬのじゃ。だから数千年を生きるお主に聞きに来た」
「また懐かしいことヲ。確かに大昔に魔王という存在はいタ。だが、ソレはお前たちの王国が建国されるよりも遥か昔のことだゾ?」
「なんでも良い。とにかく知っていることを何か教えてくれないか」
グランケイオスが唸るように微かに低い声を発する。
「……ドウシテそのようなことヲ聞くのかは別としてだ、対価はどうすル?」
そして口を開いたグランケイオスが対価と口にした途端、アトム達はピクリと反応を示す。
アトムは愛剣である黒い剣に手を掛け、いつでも戦闘に入れる臨戦態勢に入った。




