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S級冒険者を両親に持つ子どもが進む道。  作者: 干支猫
エピソード スフィア・フロイア
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第百二十五話 閑話 事後処理(後編)

 

「自分は彼女の小隊長推薦を全面的に支援します!」


「…………は?」


 スネイルが声高に発言したことを誰もが信じられない様子でいる。


「ちょ、ちょっとスフィアちゃん、かおかお!」

「へ?――――あっ、ああ!」


 アスタロッテがスフィアの顔に目を向けたところ、アスタロッテでさえほとんど見たことのないような、口を半開きにして呆気に取られているスフィアがいた。


 余りにも予想をしていなかったスネイルのその発言。

 スフィアが期待していたこととは真逆のことを口にしていた。


「…………えっと、スネイルさん?あなたはてっきり私のことを敵対視しているものと思っていたけど?」


 昨日の今日でこの豹変ぶりは一体どういうことなのか疑問に思う。

 それどころか、朝までは確実に睨みつけられていた。


「いやいや、僕も今日の出来事で心を入れ替えたのさ。昨日は失礼なことをしてしまったと反省しているよ。だから今後は君の下で働かせてもらえたら嬉しいな」

「――――ッ!」


 悪寒が走る。

 背筋にゾッと寒い何かが猛スピードで駆け抜けた。


「…………きっしょ」


 アスタロッテの呟きは小さいながらも全員に聞こえている。


「アスタロッテさん、そ、それはちょっと傷付くなぁ」


 スネイルが頬をヒクヒクとさせながら笑顔を向けた。


「その顔が嘘くさいんだっての。何考えてんのよクズ」

「こぃっ――……い、いやいや、別に何もないさ。他の先輩達同様、スフィアさんの強さに憧れただけだよ。僕もきみと、アスタロッテさんと同じで、スフィアさんがどこまでいくのか見届けたいと思ってね」


 一瞬だけ怒りの表情を見せたのだが、すぐさま我慢してスネイルは笑顔を取り繕う。

 しかし、それだけの会話でアスタロッテはスネイルの思惑を理解した。


「(なるほどね。要はこのカス、金魚のフンだったのが、本当に高級鯉であるスフィアちゃんのフンになるつもりね。きも)」


 アスタロッテの見解では、恐らくスネイルはスフィアの腰巾着になるつもりなのだと。

 スフィアの強さを、直接身をもって経験して、目の当たりにし、それでこの話の流れだ。


 新人女性でしかも配属二日目にして小隊長。例えアーサー不在時の代理小隊長だとしても、それに就任したとなると騎士団内で話題に上らない筈がない。

 初日にして既に話題の多くをかっさらったのだから、ここは敵対するよりも下に付いた方が後々に得策になるのだろうと判断していた。


「(こいつは気に食わないが、この女は絶対にかなり上まで登り詰めるはずだ)」


 そしてアスタロッテの見解は見事にスネイルの思惑に的中している。


 とどのつまり、昨日の諍いの原因になったことを再び今ここで堂々と、正当性を主張しながら行っているのだと。


 そこでアスタロッテを悩ませるのは、ここでスネイルを突っぱねるかどうか。

 正直なところ不快でしかないのだが、もし仮に突っぱねてしまうとせっかくここまでいい流れできているのに、反対意見としてしまうと自分がスフィアの味方をできにくくなる。


 ならば突っぱねずに受け入れた方がほぼ満場一致の意見として、スフィアがなんと言おうともこのまま押し切れると考えていた。


「(ちっ、いやらしいやつね)」


 そしてアスタロッテは決断した。

 アスタロッテにとっても、スフィアが異例中の異例で昇進を果たすことなど、願ったり叶ったりなのだから。


「やっとあんたみたいなカスもスフィアちゃんの凄さを理解したってことね。これからしっかりと働きなさい」

「ぐっ……」


「まぁまぁ。そこまでにしておこうか。つまり、今日の親睦を兼ねた遠乗りは十分に意味があったということだね。いいねぇ」


 間を取り持つ様にアーサーが口を挟む。


「さて、ロランくん。別に多数決というわけではないのだが、きみはどうだい?」

「わかりました。隊長不在時のサポートを務めさせてもらいます」

「うん、助かるよ」


 そこでアーサーが笑みを浮かべてスフィアを見た。


「と、いうわけだ。反対意見ナシ。よろしく頼むよ」

「……わ、わかりました。どうなっても知りませんからね」

「ああ。好きにしたまえ。ああ、そうそう、上の方は私の方から言っておくから気にせず堂々としてくれて構わないからね。他の小隊長は私の判断に反対することはほとんどないから気にしないでくれていいよ」


「お気遣いありがとうございますぅッ!」


 こうしてスフィアは配属二日目にして小隊長として就任することになる。

 そしてスフィアの懸念していた通り、見事に騎士団内を歩いている時はあれこれ言われることになった。


 後に『鬼人スフィア』率いる第一中隊所属の小隊は見事に中隊の主軸を担うことになる。




 ――――翌日。


「おかしいわね。今日は見回りに出て物品の確認をするはずなのに」

「ねぇ。なんだろうね?」


 スフィアとアスタロッテの二人して疑問に思うのは、当初振り分けられていた業務内容を変更して再び詰所に呼び出されていたこと。


「失礼します」


 ドアをノックして中に入ると、中の光景に思わず目を疑う。


「…………えっと? 隊長? それにキリュウ様?」

「なんかコレ昨日見たねー」


 部屋の中には昨日の朝と同様に、アーサーが正座をされられており、その前にはキリュウ・ダゼルドが仁王立ちで立っていたのだった。


「やぁ、おはよう」


 スフィアとアスタロッテに気付いたキリュウが声をかけて来る。


「お、おはようございます」

「おはようございまぁす」


「すまないね、呼び出して」

「あっ、キリュウ様が私達を?」

「ああ。まさかこいつがいきなりキミを小隊長になんて任命するから腹が立ってな」


 親指で床に正座をしているアーサーをキリュウが指差した。


「えっと、どういうことでしょうか?」


 何故他の隊の隊長であるキリュウの腹が立つのだろうか疑問に思う。


「昨日の報告書は読ませてもらったよ。大変だったね。ご苦労様」

「え、ええ。ありがとうございます」


 疑問を抱きながら軽くお辞儀をした。


「上手いことやったもんだよこいつは。あれだけの報告書が上がれば誰もが君達を欲しがるだろう。もちろんわたしもだ。それをこいつは自分の隊で君達を囲いたくて小隊長に任命したのだからな」

「人聞きが悪いですよ。しっかりと育てるために、ですから」


「……あっ……そう、なんですね…………」


 今の話を聞いてなんとなく理解できる。


 つまり、配属初日の騒動はまだしも、騎士団としての活動は報告書で随時上げるため、他の者も昨日の事件を報告書で閲覧ができた。

 後に余計な手を入れられないようにアーサーは自分の小隊長付きとして任命したのだということを。


「(軽薄そうだけど、実は良い人なのかしら?)」


 確かにいちいちあちこちから勧誘を受けると煩わしい思いをするのを、アーサーが役職を与えることで軽減を図ったということを理解した。


「ただまぁとは言っても、だ。こいつも見込みのないやつに無意味にこんなことをするやつではないからな。自分がオズガーさんにしてもらったことをキミにしたんだろうな」

「ちょ、ちょっとキリュウさん!」


 その言葉の差す意味。

 アーサーの過去を知るキリュウが英雄オズガーの名前を出したことからしても、なんとなく推測できる。

 アーサーがこの若さでどうやって中隊長に登り詰めたのかということを。


 スフィアの推測は大きく間違っていない。

 数年前のアーサーはオズガーの進言もあり多方面に色々と面倒を見てもらっていた。


「ま、まぁ私はあくまでも環境を整えるだけで、実働は君達に頼ることになるのだからね」


 いくらか抱いていた疑問を解消することができた。


「……わかりました。隊長の期待に応えられるように頑張ります」

「では頼むよ。もちろんアスタロッテ・プリストくんも精一杯スフィアくんを支えてやってくれ。きみにしかできないことだ」

「りょーかいです!」


 元気に返事をするアスタロッテを見て大きく頷いているアーサーなのだが、スフィアはどうしても言わなければならないことがある。


「ですが、隊長?」

「なんだい?」


 疑問符を浮かべるアーサー。


「さすがにその格好で言われても威厳を感じませんので。もう少し隊長らしくして頂きたいですね」


 視界に映るのは未だに正座をしているアーサーの姿。

 とても中隊長が取る姿とは思えなかった。


「こ、これは仕方ないではないか!キリュウさんが許してくれないのだから!」

「これぐらい我慢しろ。異動できるようになったら速攻で彼女らを引き抜くつもりだったのだが、お前がそこまで見込みを見せるなら任せてやろうっていう代わりなんだからな」


「あっ、そういう理由だったんだぁ。さすがスフィアちゃん期待されてるねー」


 中隊長二人に早速期待を抱かれていることをアスタロッテは嬉しそうにしている。

 そのアスタロッテの肩をスフィアがポンと軽く叩いた。


「ん?なに?」

「大丈夫。私もアスティ――いえ、アスタロッテ・プリストさんの活躍に期待しているわよ?私をしっかりと支えてよね」


 ニコリとアスタロッテに向かって笑いかけた途端、アスタロッテの目が泳ぐ。


「あー……そうだねぇ……ウチにできる範囲で頑張るよぉ…………」

「ウフフッ。大丈夫よ安心して。アスティの能力は私が一番知っているのだからね」


「(こ、これは確実にこき使われるわね……。いいわ、スネイルの野郎に全部回してやろっと…………)」


 若干の腹いせも含めて配属早々小隊長の仕事、雑務の割り振りをアスタロッテに回すようにするのだが、結果割を食うことになったのはスネイルだった。



 帰宅後、自室ベッドに横になり考える。


「――――それにしても。どうして私あの時、隊長をお父さんと見間違えたのかしら?」


 そう考えるのはゴーレムを一太刀で切り裂いたアーサーの剣技の圧倒的な強さ。

 それは、スフィアが幼い頃から憧れて育った父ジャンのような豪快な一撃必殺の剣のように見えたのだった。


「全然似てないのにね」


 キザったらしいアーサーがキリュウによって正座させられていたことを思い出して小さく笑う。




 一月後、建国祭の当日夜、騎士団本部第一中隊詰所にて。


「――すまないね、急なことを頼んでしまって」


 アーサーがスフィアを呼び出していた。


「いえ大丈夫です」

「そうか。助かるよ」

「あなたから直接振られる仕事はいつも急ですから、謝るよりももう少し計画的に進めてくださると助かりますがね」


「…………あはは、気を付けるよ」


 この一ヵ月、通常の業務に加えて、アーサーから突発的に仕事を回されることは一度や二度ではなかった。


「いやぁ、つい有能過ぎる部下を持ってしまうと甘えてしまうのだよねぇ」

「そんなくだらないことはいいですから。そんなことで煽てられませんよ」

「釣れないねぇ」

「それで? 今回の任務、人攫い集団の壊滅ですが、廃坑の見回りを装い偶然発見するという手はずで、現場にいる冒険者に協力するという形でいいのですよね?」

「ああ。やり方はキミに任せるよ。今回は貴族の関与が濃厚でね。立場上私が行くよりも、新人のキミが行った方が色々と後々の処理が楽なのだよ。本当にキミがいて助かるよ」

「はいはい、わかりました。では行ってきます」

「うん、よろしく頼む」


 貴族の関与があることもあり、独自に調査をしていた第一中隊は不穏な動きが廃坑であるということを突き止めていた。


「(それにしても、裏で派遣した冒険者かぁ。もしかしてエレナ様達かしら?)」


 そうしてスフィアは小隊を率いて廃坑を訪れ、衝撃的な光景を目撃している。



 人攫い集団を連行して一連の報告書を提出した後、アーサーに呼ばれていた。


「……スフィアくん」

「はい」

「この報告書、全て事実なのだね?」

「はい」

「……なるほど…………」


 アーサーは机の上、スフィアが書き上げた報告書に目を落としながら考え事に耽る。

 報告書にはヨハンやエレナから聞き取った内容、人攫い集団の捕縛・連行だけではなく、オルフォード・ハングバルム伯爵の関与にサイクロプス討伐の件も記入してあった。


「――ふぅ。これは中々の事件だね」

「王家にはすぐに報告が上がっているかと」

「ああ。わかっている。その辺りは上の判断に任せるのでこちらの管轄ではない。うーん、それよりもこの学生達、これが事実なら凄まじい実力者達だね」

「ええ。その通りですね」


 エレナ以外とは最近は顔を合わせていないとはいえ、スフィアもヨハン達がサイクロプスを倒す程までに実力を上げていることに感嘆する。


「(私も負けていられないわ)」


 先のことはまた考えよう。

 とにかく今はヨハンやエレナ達に負けないような実力を身に付けることに専念しようと考えた。


 幸い、スフィアの目の前のアーサーもかなりの実力者である。それに、オズガーやキリュウら他の中隊長にもスフィアは目を掛けてもらっていた。


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