第百二十三話 閑話 事後処理(前編)
それからは洞窟内の片付け、事態の収拾に終始することになる。
外に待機させていたバリスとライオットにサムスンをスネイルに呼びに行かせ、アーサーはその間に吊るされていた村人たちを下ろす作業を軽やかに跳躍しながら行っていた。
スネイルから話を聞いたバリス達は驚愕しながら洞窟内に踏み込むのだが、信じられなくとも洞窟内の惨状がそれを事実なのだということを物語っている。
スフィアとアスタロッテはもちろん、アルス達も休養しているのはスフィアとアスタロッテによって化け物顔にされるまでボコボコにされてしまっていたから。
そうして村人たちの意識を取り戻していきガド村に連れて帰ることになる。
「――お姉ちゃん!ユエル君を連れて帰って来てくれてありがとう!」
「ええ。約束したからね」
ガド村の少女サチに優しく微笑みかけるスフィア。
サチは嬉し涙を流していた。
村人たちには夢の記憶はあるのだが、次第にどんな夢を見ていたのかという記憶は徐々に薄れていくのだと。
最終的には夢の内容は何もかも忘れてしまうのだということをアーサーに告げられる。
なので当然連れ去られている間の記憶もなく、スフィア達によって助けられたのだということもほとんど自覚はなかった。
「本当にありがとうございます!どうお礼を申し上げればいいものか……」
「気にしないでくれて構わないよ。私たちは私達の仕事をしたまでだからね」
ガド村の女性からは何度もお礼を言われるのだが、アーサーは当然とばかりに話をしていた。
「どうしていちいちあんなキザな言い方になるのかしら?」
「えっ?そうかなぁ?隊長すっごくカッコよかったじゃない?見たでしょ?ゴーレムを一撃で真っ二つにしたの。あんなのよっぽどの実力がないとできないよ。魔剣を使ってる様子もなかったのに」
「……まぁ」
見たところ、アーサーが帯剣している剣は業物には間違いはないのだろうが、恐らく魔剣ではないだろうという見解を持っている。
「(……闘気の練度がもの凄く高いのかしら?)」
他の可能性を考えるとそれぐらいしか思いつかない。
事実、アーサーは高密度の闘気を用いてゴーレムを一撃の下に屠っていたのだった。
「ではまた困った事があったらいつでも騎士団に連絡してくれてかまわないから」
「ありがとうございます」
村を後にしようと村人たちに背を向ける。
「あっ」
再び振り返ったところでアーサーは一つ言い忘れたことを思い出した。
一体どうしたのかと村の女性達は疑問符を浮かべる。
「一つ、言い忘れていたけど、騎士団に来る時はできれば私宛に直接来てくれないかな?ほらっ、騎士団ってみんなに風当り厳しい人もいるからね。私のところに来てくれれば精一杯のおもてなしをさせてもらうよ」
アーサーは美しい顔から屈託のない笑みを浮かべた。
「は、はい!ありがとうござます」
その言葉と表情で村の女性達はうっとりとして目を輝かせ、力強く返事をする。
「ではまた」
笑顔で手を振りアーサー達は村を出た。
しかし、一連のやり取りを見てスフィアは苦笑いしながら一つの結論を導き出す。
「(アーサー隊長に魅了が効かなかったのって、隊長が男のサキュバスだからじゃないの?)」
それほどに先程のやりとりが村の女性達を虜にしているように見えた。
そうしてガド村を出て馬に跨り来た道、平野を駆けて王都を目指す。
「みんな静かだね」
「ええ」
帰り道、スフィアとアスタロッテ以外に誰も言葉を発することなく王都に帰還することになるのは、今回起きた出来事が異常極まりないことであるから。
自分達の不甲斐なさはもちろん、サキュバスの変異が生まれている。
一度騎士団本部第一中隊の詰所に戻り、今回の総評、振り返りを行うことになっていた。
「――アルスとマルスにロシツキーは医務室に行っていても構わないのだよ?」
「い、いえ!僕たちも同席します!」
「ふぅ。そうか。好きにしたまえ」
アーサーが呆れてしまうのは、いくらかの腫れは引いたとはいえ、それでもまだ十分には回復できていない。にもかかわらずアルス達は最後まで見届けるのだという意思を頑なに見せていた。
それというのも、アルス達による話だと、確かに魅惑状態にはあったのだが、自分達がしたことの記憶があるのだという。
記憶のない村人たちとの違いなのだが、アーサーの見解によると、恐らく意識がある状態で魅了されたことが記憶のあることに起因しているのだろうという見解に至っていた。
「さて、ではここで時間を取っても仕方ない。今から総評を述べる。異論のある者はその場ですぐに挙手して発言をすること」
アーサーがこれから何を述べるのか、一同は息を呑むのだが、比較的余裕の表情を浮かべているのは直接サキュバスに対峙していないバリス達アーサーと行動を共にしていた騎士達。
「まず、今回は私が招いた事態に他ならない。私の思い付きが結果ガド村の事態に偶然にも遭遇したわけだからね」
何を言われるのかと身構えていたところで、アーサーの発言に一同は驚愕した。
「そんな!隊長は悪くありません!」
ロランが慌てて口を挟む。
「おいおい。私は発言がある時は挙手にて、と言ったはずだよ?」
「あっ、申し訳ありません! で、ですが――」
「それと、私は何も私が悪いと言っているわけではないのだがね」
「えっ?」
ロランの顔を見てアーサーは溜め息を吐いた。
「……はぁ。 君は騎士団に入団してもう三年だろう?一体何を覚えて来たのだい? いいかい?いつも言っているように、突発的な出来事には即時対応。これは私の隊のモットーだ。それによる失敗は私が責任を持とう。もちろん内容の精査はするがね。その観点から踏まえても今回の件はそれに値するし、よく対応できたと私は感心しているよ」
「で、では?」
「私が言いたかったのは、入団間もない彼女ら、騎士団の貴重な戦力である彼女らを失いかねない事態に早々に陥ったということを言っているのだよ。サキュバスの異常性を見誤ったことに対してね」
そこまで口にして一同の視線はスフィアとアスタロッテに向く。
「彼女らの実力の高さは君らも承知の通りで、知識と対応力についても今回突発的に起きた実戦においてもそれは問題ないと私は判断する。後々騎士団を背負っていくのだというほどに期待するにはまだ尚早だが、言い過ぎでもない。キリュウのようにね」
そこで名前の挙がったキリュウ・ダゼルド、騎士団第七中隊隊長である女性騎士と比較した事でバリスとスネイルの二人以外は驚愕の表情を浮かべた。
「誰だ、キリュウって?」
「確かどっかの中隊長だったはずだ」
ひそひそと話すバリスとスネイルはキリュウに会っていない。
「た、確かにキリュウ様も途轍もない実力の持ち主ではありますが……」
果たしてキリュウと比べても良いものなのかとロランは言葉に詰まる。
「そこで、だ」
アーサーはそれまで見せた事の無いいやらしい笑みを浮かべた。
「(あれ?何かもの凄い嫌な予感がするけど……)」
妙な悪寒が走る。
それに対してどこか既視感を得るのは、アーサーが見せる笑みが隣に座っているアスタロッテが悪い事を考えた時に見せる笑みと瓜二つだった。




