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第十一話 野外実習④

 

「(――――みんな無事にここから離れたみたいだね)」


 ビーストタイガーの爪が目の前を通り過ぎる。


 ヨハンはモニカ達が避難するまでの間、ビーストタイガーの注意を引き続けていた。


「もうだいぶ慣れてきたな」


 確かにビーストタイガーの攻撃は素早いが、踏み込んだ際の跳躍と突進、それに合わせて牙と爪による攻撃のみで、ある程度攻撃パターンが決まっていた。


 回避に専念していたことで、最初に対峙した頃と比べるとヨハンにも余裕ができる。


「これならみんなが先生を連れて来る前に僕だけでも倒せるかな?」


 そう思い、正面に剣を構えて一直線にビーストタイガーに向かって突っ込んでいった。


 突然反撃に転じられたことでビーストタイガーは挙を突かれる。


「――よしっ!」


 回避は間に合わずにビーストタイガーの額に剣が突き刺さ――――らなかった。


 ガギンと鈍い音を立てる。

 ビーストタイガーは倒れるどころか、ヨハンが突き刺したはずの剣は直接額に届いていない。

 額に刺さるまであと数センチというところで光の膜に覆われて刺さらなかったのだ。


「これ……は……?」


 考え込んだところに大口を開けたビーストタイガーが襲い掛かってくる。


「――おっと」


 慌ててその場から飛び退く。


「もしかして、これがビーストタイガーの魔力効果なのかな?」


 実際に対峙したことがないのはもちろんなのだが、聞いたことがあった。

 魔獣と呼ばれる魔物の一部には、それぞれ魔力を通した固有の能力を有していることがある。


「困ったなあ、どうしよう?剣が通らないと倒しようがないよ」


 お互いの攻撃が通じないとはいっても、ヨハンはビーストタイガーの攻撃を一撃でもまともに受ければ致命傷になりかねない。

 しかし、体力に限界がある以上このままいけばジリ貧であるのは明白だ。


 少し考えた後、ヨハンは決断する。


「しょうがないな、あれをやってみよう」


 まだ練習段階で実戦を想定してはいなかった。だがそうも言っていられない状況に陥ってしまっている。

 少し距離を取って体内の魔力を意識的に循環させる。


 ぽぅっと薄い光がヨハンの身体を包み込んだ。


「よし!できたっ! じゃあ覚悟してよねっ!行くよ!!」


 襲い掛かってくるビーストタイガーと交差しながら横薙ぎに剣を振るう。


「グギャルゥウウッ!」


 ポタポタとビーストタイガーの前足から血が滴った。



 ヨハンを包み込んでいたのは父アトムが見せた闘気である。

 入学以降も父に教えられた闘気の練度を上げるためにヨハンは日々精進していた。父が見せたそれには基礎能力も練度もまだまだ及ばないが、ビーストタイガーに傷を負わせるには十分であった。


「いける!」


 グッと拳を握る。踏み込む足に力が入る。


「グオオオオオオォォォォッ!」


 手応えを感じて追い打ちをかえようとするが、ビーストタイガーも自身に傷を負わせられたことへ危険を感じ、獰猛な大きな咆哮をあげた。




 ――――遠くから咆哮が聞こえて来た。


「なんだ!?今の遠吠えは?」

「間違いない、ビーストタイガーよ!」


 ヨハンの元に向かっていたカインとモンタギューとルルに後ろを付いていくレイン・モニカ・エレナがビーストタイガーの咆哮を聞いてヨハンの無事を確認するが、同時に咆哮の勢いからヨハンの身の危険も覚悟する。


「ビーストタイガーがあんな声をあげるなんてな。どういう状況なんだ?とにかく急ぐぞ」


「もうすぐです!」


 間もなくヨハンとビーストタイガーが対峙していた場所に辿り着く。


 ――――そして、カイン達がヨハンとビーストタイガーの下に辿り着いた時、そこには横たわったヨハンと血塗れのビーストタイガーがいたのだった。




「ヨハン!」


 モニカが慌ててヨハンに駆け寄る。そして身体を大きく揺すった。


 横たわって目を瞑っていたヨハンはパチッと目を開ける。


「あぁモニカ、おかえり。早かったね」

「良かった、無事なのよね?」


 モニカが安堵の息を吐き、ほっと胸を撫で下ろした。


「まぁ、なんとかね。あいつ強かったよ」


 ゆっくりと上体を起こす。


「おいおい、強かったで済むかよ。もしかして、お前一人で倒したのか?」


 呆気に取られた様子で立ち止まっていたカインはヨハンに近付きながら話しかけた。


「えぇ、でもかなり苦労しましたよ?」

「苦労したってお前。新入生が一人でビーストタイガーを倒すなんて普通ありえないぞ?熟練の冒険者パーティーでさえ倒すのが困難なAランクの魔獣なんだけどな。噂には聞いていたが、今年の新入生は凄まじいな」


「はははっ、そうでしたか……(えーっと、これはもしかして、なんかマズいことしちゃったのかなぁ?)」


 事の程度がわからず苦笑いをするしかなかった。



「――カイン先生!確かにビーストタイガーは死んでいます」


 ルルとモンタギューはビーストタイガーの生死の確認を終えてヨハンとモニカとカインの下にやってくる。その後ろにはレインとエレナが一緒に付いていた。一緒にビーストタイガーの死骸の確認していたのだ。


「すごいですわねヨハンさん」

「ああ、あれが動いていた時を思い出すと身震いするよ」


 エレナとレインが感嘆の息を漏らす。


「なぁ、どうやって倒したんだ?」


 どうしても気になる疑問をレインが口にした。


「気になるのはわかるが話は後だ。とにかく今は早く森を抜けるぞ。こんなやつが出た以上他にどんなやつが出て来るかわからねぇからな」

「そうですわね」

「いくぞ」




 ――――森を抜けたヨハン達にカインが話し掛ける。


「あのな、お前たちに言っておきたいことがある」


 どうしたのかと一同は疑問符を浮かべた。


「今回の件はお前たちの胸の中に閉まっておいてくれないか?」

「このことが公になれば王都中が大騒ぎになりますものね。ですが、さすがに王家へは報告をしておいた方がよろしいのではありませんか?」


 エレナがカインの言葉を引き継ぎ、意見を述べる。


「…………あぁ、それは確かにそうだな。学校へ戻り次第俺から校長に話をしに行く。そうすれば校長から王家への報告はされるだろう。モンタギューとルル先生もそれでいいな?」


「ああ」

「はい、私もそれでいいと思います」


「ユーリ達には私達から話をしておきますね。危ない目にあったけどきっと大丈夫だと思います」


 モニカがヨハン達に目配せをした。


「ちっ、しょうがねぇな」


 頭をがしがし掻きながらレインが渋々了解している。これだけの事態を口外出来ないことにもどかしさが生じた。


「他の先生方には俺から話をしておく。ではとにかく形式上今回の野外実習を終わらせなければならないから一度他の生徒たちと合流するぞ」



 そうして向かった先は、ヨハン達を他の生徒達が集まって待っていた場所で、その中にはユーリやサナの姿はなかった。


「さすがに他の生徒達と一緒にはいないわね」

「そうですわね。あとで先生に確認しましょう。怪我をしていた二人も助かっているはずですし」



「――――ははっ、おいおい、お前たち大丈夫か?」


 少し離れたところから偉そうな声が聞こえてきた。


「なんだなんだ、急に実習が中止になって学生の身に危険が生じているって聞いたら最後にお前たちが来たんだ。お前たちが原因なんだろ?なんだよ、ウルフなんかで危ない目に遭ったってのか?程度が知れるな」


「いやでもゴンザさん、実習が中止にならなければおいらたちも他のパーティーも危なかったかもしれませんよ。聞いたところウルフが異常発生していたみたいじゃないですか」

「う、うぬぬっ。ま、まぁ、なんにしろ今回の実習のトップは俺たちが頂いたからな!いくぞ!!」

「へい!」


 ゴンザが子分を従え学生の中に消した。


「おいおい、あいつは何であんな偉そうなんだ?」

「さぁ?」

「別にどうでもいいわよ」

「面白い方ですわね」

 ゴンザに対してそれぞれが感想を漏らす。


「それにしても、今回の演習中止はウルフの大量発生が原因ってことになってるんだな」

「でもそれがいいと思うよ」

「さすがにビーストタイガーはちょっと……ね」

「はい、お話はそれまで。先生が来ましたわよ」


 学生達の視線がカインに向く。


「あー、待たせたな。急遽実習を中止することになってすまない。だが各々理由は聞いているな?ウルフが予定より多く現れてな。新入生のお前たちにはちょっと荷が重すぎたから中止することとなったが全員無事でなによりだ。しかし、冒険者になれば身の危険が伴う不測の事態は起こり得るものだ。今回は全員無事だったが次はそうもいかないということを各自覚悟しておくように!


 カインが全体を見渡す限り、どうやらビーストタイガーのことは漏れていない様子で安堵する。


「それと、その件と実習結果についてはまた別の話だ。ウルフの討伐内容及び薬草等の採集評価はパーティー毎に行う。結果については後日学内に貼り出しておくから確認するように」


 そうしてカインを筆頭とした教師たちが引き上げると生徒たちは各々今回の実習の感想を口々に話していた。


 普段と変わらない光景。そんな光景を目にしながらヨハンはとにかく無事に済んだことに安堵の息を吐いた。



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