第百十七話 閑話 初任務②
わけもわからずにアーサーの後ろを付いて騎士団本部を出て行く。
「君達、馬は乗れるのかい?」
「はい。冒険者学校で乗馬の訓練もありましたから問題ありません」
「スフィアちゃん裸馬でも上手に乗りこなせるもんねぇ」
「へぇ、それは凄い。なら問題はないね」
そのまま案内されていったのは、騎士団本部に隣接された馬を管理している厩舎。
基本的に隊ごとに自分達で馬を管理している騎士団なのだが、誰でも利用できる馬もここにいる。
「ピピン、準備は出来ているかい?」
「これはアーサー様。ええ、三頭ですよね。問題ありません」
「では借りていくよ」
そこでアーサーに言われるまま馬に跨り、王都の外へ出て行く。
一体どこに行こうとしているのか、わけもわからずただただアーサーの後ろを付いて行った。
王都を出たところで、遠くで馬に跨った他の騎士姿の人影が見える。
「待たせたね。では行こうか」
「えっ!?」
そこで待っていたのはスネイルとバリスの二人。それに見たことのない騎士が六人。
「……チッ」
スネイルと目が合うと、あからさまに不機嫌で嫌そうな顔をされ目を逸らされた。
「まぁお互い色々とあるだろうが、今日のところは親睦を兼ねて遠乗りでもしようじゃないか」
笑顔で全体に向けて声を掛けるアーサーなのだが、そこでアスタロッテが耳打ちして来た。
「こっちにはあっても向こうに親睦する気がないのならできないのにねぇ」
「そうね」
どう見てもスネイルはスフィアを見ようとしない。
それどころか他の騎士、先輩騎士にあたる六人もスフィアと目を合わさないようにしていた。
自分が招いたこととはいえ、アスタロッテの提案を隊長のアーサーが承諾したことで起きた昨日の模擬戦なのだが、こんなことで親睦などできるのだろうかと疑問が浮かぶ。
そんなアーサーが暫定的に小隊長の座に就いてこの十人の指導に当たることが昨日の会議で決まったこと。
先輩騎士達はアーサーの直接指導を受けられることに歓喜したのだが、それも束の間の幸福。
同じ隊にスフィアがいるということを聞かされてどう対応したらいいのかわからずにいたのだから。
それと同時にもう一つの不安を抱くのはスネイルがいるということ。
どう見ても昨日のトラブルの元凶であるスネイルに対して先輩騎士達も良い印象は抱いていない。
「すまんな、空気が悪いようで」
そこでスフィア達に話し掛けて来たのはバリス。
「あなたは私を怖がらないのですね」
「まぁ冒険者をしていた分の経験もあるし、俺より強い女などごまんといたからな。悔しいとは思うが別に気にしていないさ」
バリスの達観した様子に感心する。
「へぇ、バリスちゃん良い人だったんだねぇ。昨日の卑怯っぷりからは全然そういう風には見えなかったけど」
「バ、バリスちゃん!?い、いやそれに昨日はだな……」
「ちょっとアスティ、いきなり失礼でしょ!」
「い、いや、いい。同期のよしみだ。呼び方なんて何でもいいさ」
そうして王都の外に広がる平原を十一頭の馬が駆けていった。
先頭をアーサーが走り、その後ろに続くように走るのはスフィアとアスタロッテとバリス。
残りがその後ろ、先輩騎士達とスネイルが走っている。
馬を走らせながらバリスに聞いた話なのだが、先輩騎士達は皆騎士年数が五年未満なのだという。
一際背の高い男がロラン。
双子がアルスとマルス。
あとの二人、特に目立って特徴のないのがサムスンとロシツキー。
その五人より少し大人びているのがライオット。
年齢は五人が二十歳~二十五歳なのに対して、ライオットだけ三十一歳なのは、バリスと同じように元冒険者なのだと。バリスもライオットの顔だけは見たことがあった。
ちなみにスネイルは十七歳なのだと。
「みな私が期待している騎士達だよ」
アーサーがスフィア達に並走する。
「そういえば隊長っていくつなんですか?」
「ちょっとアスティ!」
アスタロッテの不躾な質問にスフィアは思わず吹き出しそうになるのだが、アーサーは笑って返す。
「ハハハ、かまわないよ。私は今二十一歳だね」
「へぇ、その若さで中隊長だなんて凄いですね!」
「(……確かに)」
「まぁ私にも色々とあるんだよ」
アーサーは笑顔で自然に話すのだが、どうにも違和感が拭えない。
「(二十一歳でどうやって中隊長に就いたのかしら?)」
出自が平凡であるなら他にどんな理由があってそこに就いたのだろうかと勘繰ってしまう。
家名を貰っているということから見ても騎士爵にあるのは間違いない。
「(となると、よっぽどの功績を上げたのでしょうね。それとも…………)」
もしかしたら裏で相当何かよからぬことに手を染めてしまっているのか。
あらぬ考え事に耽りながらスフィアがアーサーを見ると、アーサーは口元に指を当てていた。
「あまり詮索はしないでくれたら助かるな」
と、笑顔でウインクしながら声を掛けられる。
「す、すいません!」
気にはなったのだが、それ以上聞く気にならずに苦笑いをするしかないのは「ほんとキザな人」という印象をそのままに小さく呟いたから。
そうして一時間程馬を走らせ続け、どこまで行くのかと思っていると進行方向に小さな村が見えた。
村の周囲には広々とした田畑が耕されている。
「よしっ、止まれっ!」
アーサーが馬の手綱を引いて止まらせ、後ろに続くスフィアたちも馬を止める。
「ここって、確かガド村ですよね?」
「ああ。一応無意味に走らせるよりも、王都近郊にある村の視察でもしておこうかと思ってな。私たちの任務は何も王都内だけに止まらないさ」
王都の近くにあるいくつもの村々、その中でも一際小さな村であるガドの村は村民がわずか五十人程度の村だった。
ガドは農業と僅かな編み物を王都に流通して生計を立てている村。
「では……そうだな…………。 アルスとマルスにスネイル。村に行って何か困ったことが起きてないか聞いて来てくれたまえ」
「「ハッ!」」
「はっ!」
三人が馬から降りて歩いて向かう中、他は待機することになる。
そんな中、アスタロッテが首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「どうしたのアスティ?」
「んー?わざわざ直接聞きに行かなくても、普通困ったことがあればギルドに依頼があるんじゃないのかなぁって」
「ああ、それはだね――」
アーサーがアスタロッテの疑問に答えようとしたところでスフィアが口を開く。
「――そんなの決まっているでしょ。ギルドがないから依頼するためには王都にいかないといけないじゃないの」
「えっ?うん」
スフィアが答え始めたので、アーサーはスフィアの答えを観察する様にして見ていた。
「そりゃあ余裕があればそうするだろうけど、それだと依頼が受理されるまでに時間が掛かる事もあるし、そもそも問題が起きていたら王都自体に行けなかったりもするのよ。それにこういう村だとお金がなかったりすることもあるし、ギルドの依頼ってお金がかかるじゃない。だから前提として依頼ができなかったりすることがあるらしいの。だからといって直接国に救済を求めるだなんてこともよっぽどの事態が起きない限りできないしね」
「へぇ、さすがスフィアちゃん!」
「あなたはもう少し勉強をしなさい。ただでさえ伯爵家の娘なんだから」
「はぁい」
スフィアが額を押さえながら呆れるのだが、スフィアの回答を聞いていた他の騎士達もアスタロッテ同様に感心を示している。
そこへ頭頂部に重みを感じて顔を上げると笑顔のアーサーがスフィアの頭上に手の平を乗せていた。
「うん、大体合っているよ。よく勉強しているね」
「あ、ありがとうございます」
頭上にある手の平をどうしたらいいものかわからずスフィアは困惑する。
「ただね、一つだけ付け加えておくと、このような視察は騎士団の義務をもってする任務ではないのだよ。だから別にしなくても問題はないのさ」
「そうなのですね」
ならどうして今日ここに来たのか。
「だがもちろん指示、命令があればすぐに行動を起こす。それというのも、先程スフィアくんが言った様にそもそも原則として困ったことがあれば当事者が申し出て、内容を精査してから騎士団が動くに値するかどうか判断されるというのが通常だ」
アーサーの補足について不満がある。
「……それだと本当に困っている人がいたら間に合わないことがありますよね?」
「そうだね。だが全てを救えるわけじゃないのは君もわかるよね?人も資源も有限なのだよ。それに、ここは私達が考える事ではないが、なんでもかんでも騎士団に甘えられると困るという現実があるらしいのだ」
「……はい。おっしゃられることはわかります」
大きな街になれば騎士団や衛兵が常駐していることもあり、ギルドもある。
移動に時間を要する小さな村々を毎日見て回ることなどとてもじゃないが出来る事ではない。割ける労力にも限りがある。
「まぁなのでこういう時についでに見に来るという程度が一番現実的なのだよ。そのため、非常時などで現場に居合わせたら個々の采配に任されるようになっているし、その判断は各隊長がするようになっている。特に私の隊は基本的に――――」
と、そこまで言ったところで、村からアルスとマルスにスネイルが慌てて走って来ていた。
「た、隊長!報告があります!」
「そんなに慌ててどうしたのだい?」
「そ、それが、村の男達が昨晩出て行ったきり帰って来ないそうなんです!」
「ん?」
どうにも要領の得ない報告が行われる。
「どういうことだい?」
「い、いえ、それが私達にもわからないのですが、どうも村の男連中が昨晩フラッと出て行ったきり帰って来ていないと。それも一斉にいなくなるという不思議なことが起きたみたいです!」
スフィアとアスタロッテが顔を見合わせるのは繰り返される報告の意味が全くわからないから。
アーサーも顎に手を当て考え込む様子をみせるのだが、答えが見いだせない。
「わかった。とにかく一度村に入ろうか」
そうしてガド村に全員で入る事にした。




