第百十四話 閑話 騎士団入団⑤
――――目の前に木剣が振り下ろされる。
「遅いっ!」
「――がッ!?」
どう見てもスネイルの木剣が先に振り下ろされていた。
スフィアの眼前にその木剣が迫ってくる中、それでもスフィアの木剣が先にスネイルの胴へ振り抜かれている。
高速で振り切られたスフィアの剣は、ガンっと鈍い音を立てると同時にスネイルが後方へ弾き飛ばされた。
結果、スネイルは白目を剥いて倒れた。
スフィア対新人騎士十六名の模擬戦が幕を開けるのだが、その一合目で鍛錬場を観戦していた騎士達は驚きに目を見開く。
そして、それは同じようにして巻き込まれるような形で模擬戦を行うことになった他の新人騎士達も同様だった。
スネイルは他の騎士達から余計なことをしやがってと責められる形となり、女一人に大勢で迫るなど、まるで集団暴行のようではないかと。
これから騎士になる自分達がするような行いではないと非難されたスネイルは「チッ、オレ一人ですぐに倒して来るさ」と息巻いた結果、呆気なく一振りで倒されている。
そんな驚くべき出来事を、百人以上が観戦しているその場で、たった今起きた出来事に対して驚くことなく冷静に見届けられることが出来ていたのはたったの三人だけ。
元よりスフィアの実力を知るアスタロッテ・プリスト。
そして中隊長であるアーサー・ランスレイ。
更にアーサーの横に並び立つ様にして歩いて来た偉丈夫のただ三人のみ。
「何やら楽しそうなことをやっておるな」
「これはこれは、オズガー殿。そちらはもう終わったのですか?」
「ああ。今日は簡単に済ませた。やつらが地獄を見るのは明日からになる」
「……アハハハ。 そうですね。私もしこたましごかれましたので」
回想すると同時に苦笑いをするアーサー。
横に立った男、英雄オズガー・マクシミリオンはアーサーの新人騎士時代の指導を行っていた人物。
自分の隊である第五中隊の初回指導を終えて、噂に聞くスフィアの様子を見に来ていた。
「お主は最後まで儂に向かって来た数少ない男だからな」
何度となく打ちのめされた圧倒的な実力差なのだが、アーサーはそれでも何度なくオズガーに対して立ち向かっていった。
「……今期の新人たちも気の毒に」
「まぁそう言うな。彼らが王国の未来を担うのだからな。もちろんお前もな」
「肝に銘じております」
「ならいい。それよりも、今始まったばかりだな?」
「ええ」
二人の視線の先には、鍛錬場の中央で凛とした佇まいを見せて新人騎士達と対峙しているスフィアが映る。
その立ち居振る舞いはおよそ新人騎士のソレには見えない。
「あれがジャン殿の娘か。なるほど、噂通り確かにアレは強いな」
「ええ。それもかなりの強さですね」
目の前で起きたたった一合の撃ち合い。その身のこなしだけでアーサーとオズガーは共にスフィアの実力の高さをそう評した。
しかし、落ち着いていられないのはスフィアと対峙している騎士達。
「お、おい!今の見えたか!?」
「い、いや、全く見えなかった……」
スネイルが倒れるのを、目の前で起きた出来事を、信じられないように見つめる。
呆気に取られる中、スフィアはまるで剣に付いた血を振り払うかのようにピシュッと一振りして真っ直ぐに騎士達を見た。
「……フ、フハハ」
驚く騎士達の中、不意に笑いだした男に向かって視線が集まる。
騎士達は一体この状況で何を笑っているのか全く理解できない。
小さく笑うのは元冒険者だったバリス。
「なるほど、酔狂で始まったわけではなかったんだな。面白い。まさか入団早々にこれほど湧かせてもらえることになるとはなッ!」
同時に地面を強く踏み抜き、右手に木剣を構えて真っ直ぐにスフィアに向かって走り出した。
「――オオオオオオッ!」
「なるほど、さすが元冒険者。判断に迷いがないわね」
勢いよくスフィアに襲い掛かり、スフィアは剣を振り下ろされるのを後ろに飛び退いて回避する。
「俺には反撃をしないんだなッ!」
続けざまにバリスはスフィアを追って追撃を仕掛けた。
「だってあなた、左手に持っているそれ、使う気だったでしょ?」
「――チッ、バレたら意味がないな」
バリスは左手から別の木剣を地面に放り投げる。
もう一本木剣を隠し持っており、木剣はカランと音を立てた。
「それに、さっきの私の剣が見えていたみたいだけど、コレならどう?」
バリスの鋭い剣戟に対して、スフィアは正確に、寸分違わず的確に自身の剣を撃ち合うように当てていく。
「なッ!?この細腕のどこにこんな力が!?」
ガンガンと鈍い音が何度も響き渡っており、お互い身体には撃ち込めていない。
撃ち合う数が全く同じ。
だが、撃ち合う数が同じなら押し込めるのは体格差もあるバリスの方である方が自然なのに、剣を交える度に徐々に後退りして押し込まれていくのはバリスの方。
「――グッ!」
後方に押し込まれ、背後はもう鍛錬場の外壁に到達していた。
「――大人しく寝ていてください」
そこでスフィアはバリスの剣戟を上回る速度で顔面目掛けて鋭く剣を振り下ろす。
「舐めるなぁッ!」
「――!?」
その声はバリスの声ではなかった。
背後から突然声が聞こえるのは、他の新人騎士。
中隊単位で集まった時に、スネイルと共にアーサーに向かって悪態を吐いていた男がスフィアの背後から剣を振り下ろしている。
「――はぁ。奇襲する時に大声を発してどうするのですか?」
「なッ!?」
スフィアは反転してバリスに向けて振り下ろしていた剣の軌道を即座に変え、そのまま襲い掛かって来た背後の男の胴に目掛けて振り抜いた。
鈍い音を立てて男はその場に倒れる。
「後ろを見せたな!」
瞬間、バリスは他者による加勢のおかげで隙を得られたことを情けないとは思うものの、そうも言っていられない現状。
冒険者時代のとにかく勝てばそれで良いという気概から即断して、スフィアの後頭部目掛けて鋭い突きを放つ。
「――的の小さな頭部を狙うのは確実に撃ち抜ける時だけですよ?」
後頭部から声が聞こえ、スフィアは首だけ捻ってバリスの突きを躱した。
そのまま片足のつま先を軸にクルっと回り、勢いそのままにバリス目掛けて剣を振るう。
「こういう風に、ね」
バリスの側頭部に目掛けて正確に剣が振り抜かれた。
バリスは目をグルンと回してその場で気絶する。
「……さて、っと。これで残り十三人、ですか」
そのまま半回転して残る騎士達を見て薄く笑った。
バリスは決して驕っていたわけではなく、これまでの経験上、先程スフィアが見せた隙ならば確実に頭部を撃ち抜ける自信があっただけ。
ただ誤算があったとすれば、バリスが経験したことのない身体能力をスフィアに見せつけられただけの話。
「――あっ……ああ…………」
「ど、どうするんだこれ?」
途轍もない実力差を見せつけられた騎士達の中には恐怖のあまり声を発せない程スフィアの威圧感に気圧されている者もいた。
「わ、わああああああああッ!」
「お、おいっ!」
その中で最年少、王国を護る抱負を述べた子が恐怖のあまり、混乱したままスフィア目掛けて襲い掛かる。
「お、俺達も続くぞ!」
「……はぁ」
少年の後を追うようにして他の騎士達も続くのだが、スフィアは小さく首を振り溜め息を吐いた。
「さすがにソレはダメよ。混乱したまま動くと即、死に繋がるわ」
少年の剣が振り切るよりも先に、スフィアはタンっと軽やかな身のこなし、軽く踏み込んで少年の前に到達すると、少年が気付かない程の速さで胴に剣を振るう。
「ごぇッ!?」
少年は腹部に衝撃を受けて吐物を吐き出して倒れた。
「――あと十二人」
「オオオオオッ!」
「怯むな!全員で一斉にかかればいくらなんでも――」
「まとめて掛かって来てくれる方が手間が省けて助かるわ」
続けざまに迫り来る騎士達の間を、まるで何事もないかの様に悠然と歩いて行くスフィア。
「あと八人」
木剣を持つ腕だけを振るっていった。
バタバタと騎士達が倒れていく。
「あと五人」
正面から来る者にはまるで小虫を払い除けるかのように木剣を軽く振るうと横に弾き飛ばされた。
「――あと二人」
残る二人を笑顔で見て、この戦いの終わりを見据える。
「う、うわあああああああ――――」
残る二人は、スフィアに立ち向かうことなくその場で足が竦んでいた騎士達なのだが、あまりの恐怖に背を向けて走り出した。
「……はぁ」
スフィアは三度溜め息を吐く。
「時には逃げること、退避することももちろん必要ですが、逃げ方にも工夫を凝らしませんと。でないと無駄に隊が壊滅するだけですよ?」
タンっと軽く跳躍して背を向けていた二人の前に降り立った。
「まぁそれも今更ですが、ね」
残る騎士二人は恐怖のあまりガクガクと膝を震わせている。
「あ……ああぁ…………」
「ごめんなさい。きちんと最後まで倒しきりますね」
ガンガンっと剣を二振りすると、最後の二人もバタバタと倒れた。
「これで終わりですね」
軽く息を吐いて、アーサーがいるところを真っ直ぐに見る。
その場に居た小隊長を始めとした一般の騎士達は、目の前で起きた出来事を信じられずに口をあんぐりと開けていた。
誰も何も言葉にできないでいたのだった。
「さっすがスフィアちゃん、カッコいいー!」
圧倒的な静けさに包まれるなか、突如小さな拍手が響く。
拍手をしている笑顔のアスタロッテ。
アスタロッテからすればこの結果はそれほど驚くほどでもない予想の範囲内の結果。
「ありがと。でもアスティもこれぐらいできるでしょ?」
「いやぁ、さすがにそこまで鮮やかには倒しきれないよぉ。それにもっと時間もかかるかな?」
「よく言うわよ」
どう見てもこの場に於いて空気の違う二人が笑顔で軽快なやり取りをしていた。
「で?この後はどうするつもりなんだ?」
アーサーに問い掛けるオズガーなのだが、アーサーは苦笑いしていた。
「いやぁ、さすがにここまで見せつけられると思わなかったですね。なるほど、これは厄介な案件だ」
今しがたスフィアと目が合ったのは、これをどう処理してもらえるのかという意図は理解している。
「(アマルガス殿がこの二人を預けて来た理由に納得できたよ)」
さて、っと小さく息を吐いてアーサーは鍛錬場に再び降り立った。




