第百十二話 閑話 騎士団入団③
「僕は家族が住んでいるこの王都を、王国を、少しでも守る力になれたらいいと思って騎士団への入団を決めました!」
「いいねぇ。その言葉団長にも是非聞いてもらいたいね」
アーサーの言葉にたった今抱負を述べた若者が頭を掻きながら恥ずかしそうに着席する。
「よし、じゃあ次、バリス君」
「はっ!自分は冒険者をしていたのですが、正直なところ冒険者は収入が安定していなくどうしようかと悩んでいたのです。それで悩んだ結果、収入の安定した騎士団の方が良いと最終的に判断してここに入る事を決めました。ですので目標とする目標はないのですが、お金が手に入れば相応の働きはしたいと思っています!」
バリスという二十二歳の若者は立ち上がると同時に、部屋中に響くぐらい声を大きくして宣言した。
それを聞いた新人騎士達は例え本音だったとしてもそこまで正直に言ってもいいものかと恐る恐るアーサーを見る。
「うん、正直でいいねぇ。お金は生きる上で大事だものねぇ」
新人騎士達が戸惑う中、アーサーは特に顔色を変える事無く笑みを浮かべている。
「なんだあいつ、にやにやしやがって!」
先程アーサーの出自に悪態を吐いていた新人騎士がアーサーのその態度に不満を示していた。
「はい、では次、スネイル・ドルトマンス君」
次に呼ばれたのは悪態を吐いていた新人騎士。
「チッ――……はっ!私は憧れのアーサー様のようになりたくて騎士団に志願しました!」
「へぇ。 私のように、ねぇ……」
先程まで発していた小言での発言が嘘のような態度を取って堂々と言い放った。
「あいつこそなんなのよ!陰でこそこそ文句を言ってる癖にそれはないんじゃない!?」
「アスティはそんな人いっぱい見てきたでしょ?」
「だから文句を言ってるんじゃない!あいつ碌な大人にならないわよ!」
「(……アスティも時々似たようなことしているけどね。まぁちょっとは違うかな?)」
憤慨するアスタロッテだが、自分のことを棚に上げているその姿を見て呆れてしまう。自分と同じ隊に配属するために父親に口を利いてもらったのは誰なのかと。
「ではスネイル君?」
「はい!」
「君は私のどこに憧れたのかなぁ?」
「えっ!? いや……それは…………その……――――」
すぐに言葉にできずにスネイルは口籠る。
「いいよ。では答えはまた考えておいてくれたまえ。後日聞かせてくれればいいから。もしそれでも考えられないようであるならば、これから先、君の前に立って、憧れてもらえるように私も努力するからね」
「は、はい!申し訳ありません!よろしくお願いします!」
スネイルは恥ずかしそうにしながらも舌打ちしながら着席をした。
「フフン、ざまぁみなさい!」
「もうっ、いい加減にしなさい。 それにしても……」
スネイルの様子をあざ笑うアスタロッテなのだが、スフィアはそれとは別に気になることがあった。
「(さっき、あの人が話したあと、小隊長の人達…………怒ってたのかしら?)」
スネイルの態度を見ている小隊長たちなのだが、無言であるにも関わらず、どこか怒気を孕んでスネイルを見ているのがスフィアは気になってしまう。
「(……どうして?)」
「では次、アスタロッテ・プリスト」
「はぁい!」
次に呼ばれたアスタロッテが元気よく立ち上がった。
ここまででまだ呼ばれていないのはアスタロッテとスフィアだけ。
「ウチ――じゃなかった、あたしとしてはここにいるスフィアちゃん、じゃない、スフィアさんが大きく活躍する姿を近くで見れたらいいって思っています!そのために隣にいれるように頑張りまぁす!」
「ちょ、ちょっとアスティ――」
アスタロッテが声高に発する言葉に、その場にいる全員が唖然とする。
どう見ても先程金銭に関する発言をしたバリスよりも遥かに斜め上の抱負を語ったのだから。
思わず立ち上がったスフィアは全員の視線を一身に浴びる。
「あ……あははは――」
どしたらいいかわからずに苦笑いをするスフィアに対して、えへっと首を傾けるアスタロッテの姿が尚も可笑しいのだが、アーサーは二人の表情に目を丸くしたあと、口元に手を送る。
「アッハッハッ!」
アーサーが笑った事で新人騎士達がホッと安堵の息を吐くのは、もしかすれば今の発言で隊長を怒らせたのではないかという不安を抱いたことから解き放たれたため。
しかし、驚いたスフィアが尚も驚くのは、アーサーが笑って少ししてから小隊長達も笑いを堪えきれずに声が漏れ出てしまっている事だった。
「(……一体この隊はどういう隊なの?まるで緊張感がないわね)」
とは思うものの、先程のスネイルの時には怒気を見せていたのに、アスタロッテの発言には一切の怒気を誰も発さないことが不思議でならない。
「――ふぅ。いいね、それはいいね、実に良いよ。全然問題ないね。個人の抱負は自由なんだから」
ひとしきり笑い終えたアーサーがスフィアを見たところで目が合った。
「では、最後、そのアスタロッテくんが期待する我が隊期待の新人、スフィア・フロイアくん」
「は、はいっ!」
微妙に冷やかされながらである中、上ずった返事をしてしまう。
アスタロッテが小さく吹き出し、ニヤニヤしながら着席する中、横目に睨みつけた。
「(ほんとにこの子は――)」
なんにせよアーサーの人物像についてはこれから知ればいいかと考え、周囲を見渡すと、笑顔のアスタロッテに対して他の新人騎士からの視線のいくらかは冷ややかなものである。
「(もうっ、アスティが変な事言うから余計注目されちゃったじゃない)」
過ぎたことを考えても仕方ないし、元々幼いころから知るアスタロッテはこういう子だったなと諦めて前を向いた。
やりづらいなと感じる中には微妙に睨みつけられるような視線も感じて、鋭く見られている。
「(まぁこの辺はどうせいつものやつよね)」
同時に鋭い視線を向けられる理由にも心当たりはあった。
「えっと、まず先に言っておきます」
何を言うのかと部屋の中は疑問符に包まれる。
「私の父親は王国近衛兵団の近衛隊長であるジャン・フロイアです」
スフィアが堂々と宣言する中、部屋の中は驚きに包まれるとすぐにざわつき始め、それまでほとんど微動だにしていなかった小隊長達もお互い顔を見合わせた。
「隊長はご存知だったんですか?」
「え?もちろん知っていたさ」
アーサーに小さく耳打ちする小隊長の一人が、アーサーの返答を得て他の小隊長に耳打ちしていく。
「最初にこれを打ち明けたのは、後々知って変な目で見られるのが嫌だからです。そんな私の目標は、とにかく強くなる事。この一つに限ります。それが成せれば私の願いに近付きます。 それは、王国に迫る脅威を取り除くことが私の使命だと考えています。その為には何より強くなくては何もなし得られません」
威風堂々と言い放った。
隣に座っているアスタロッテは目を輝かせて拍手をしている。
数瞬の間を空けて次に拍手をしたのはアーサーだった。
「いやぁ、いいねぇ。今年は元気な子がいっぱい入って来てくれたみたいで。隊長としても嬉しいよ。 さて、では君たちの話も聞かせてもらったところで、小隊長達と会議をしたいから一時間後にまた集まってくれたまえ」
スフィアが座りながらアーサーは声を掛ける。
そうして部屋から新人騎士達が出て行く中、スネイルが近付いてきた。
「きみきみ!ちょっといいかい!?きみは近衛隊長の娘さんなんだね!それにアスタロッテ・プリストさんってもしかしてあの伯爵家のプリスト家と何か関係があるの? オ――いや、僕はミリカズラの男爵家、ドルトマンス家の四男なんだよ」
どう見ても媚びへつらう様子にスフィアとアスタロッテはお互い目を見合わせて溜め息を吐く。
「なるほど、わかってはいたけど早速ね。こういうことがあるから学校は家名を曝さないようにしているのよねぇ」
「ええ、その通りよ」
「なになに、何の話!? オレ、ぼ、僕にも教えてくれないかな?」
二人して同一見解を抱いているのだが、スネイルは理解できていない。
それは、家名があることで近寄ってくる雑多な人間に対しての対応のこと。
「あのですね――」
スフィアが口を開こうとしたところでアスタロッテが手を伸ばして制止する。
「ううん、いいよ。ここはウチが言ってあげる」
「そう?」
貴族としてのことも関係しているのだから、仕方ないかと考え、面倒くさいことを引き受けてもらって「申し訳ないわね」と思った。
そうしてアスタロッテにスネイルの対応を任せるのだが、横目に見るアスタロッテが薄く口角を上げたことで嫌な予感が襲い掛かる。
「あっ、やっぱり私が――」
言おうとしたのだがもう既に遅い。
「あのね、君みたいな雑魚がスフィアちゃんに近付こうだなんて片腹痛いわよ!スフィアちゃんにお近付きになりたいならまずスフィアちゃんより強くならないと!」
「ちょっとアスティ――」
「あっ、でも君みたいなカスがスフィアちゃんより強くなんてなれないのは当然かぁ。あっ、雑魚って書いてカスって読むのよ、二つの意味で読んで貰えて君お得だねェ。 だから金魚のフンみたいに力ある奴に付いて回ることで自分を大きく見せたいんだもんねェ。わかるよその気持ち、だってウチはそんな連中嫌ってほどこの目で見て来たからさ」
「待って――」
「ほら、ウチのお父さんあなたの言った通り伯爵だからさ。いるのよねぇ、君みたいな雑魚チンが寄って来るのよ。ハエみたいに、ね。 あっ、それだとスフィアちゃんがばっちくなっちゃうからやっぱりハエとは違うわね。うん、やっぱり金魚のフンね!フンの方。 あっ、でもそれだとスフィアちゃんが金魚だとちょっと物足りないから金魚じゃなくて高級鯉ね!よしっ、それでいこう!」
早口で捲し立てるアスタロッテの姿にスネイルは呆気に取られる。
しかしすぐさま肩を震わせて怒りを露わにするのはその表情を見るだけでどういう心理状態なのか容易に受け取れた。
部屋を出ていた新人騎士達はおろか、部屋の中に残っていたアーサーを始めとした小隊長達も何事かと思いスフィアたちを見る。
「アスティってば!」
「それにね、貴族だからってそれを表に出して何がしたいの?家の威光をここに持ち込んであなたは何がしたいの?スフィアちゃんの抱負を聞いてなかったの?恥ずかしいなあなたって人は。それに、男爵の四男だなんて微妙な立ち位置を最初から口外しないことからみてもあなたはそこに劣等感があるんでしょ?なっさけないなぁ。使うなら使うでもっと効果的な場面で堂々と使いなさいよ」
「いい加減にしなさい!アスタロッテ!」
小馬鹿にするような息を吐くアスタロッテの雨の様な言葉がようやく止んだところで口を差し込むと、アスタロッテはスフィアに向かって微笑んだ。
「大丈夫、安心して任せて!」
「(あっ、ダメだ。この顔をしている時は本当に悪い事を思いついた時の顔だ――――)」
早くこの口を止めないとと思いアスタロッテの口を塞ごうとするのだが、アスタロッテはスフィアの手を払い除けながらスネイルを指差す。
「大丈夫、安心なさい!あなたよりスフィアちゃんの方が圧倒的に強いってこと身をもって教えてあげるから!」
その言葉を聞いたスネイルはポカンと口を開けた。
「俺より……こいつの方が圧倒的に強い……だと?いくら近衛隊長の娘だからって、オレが女に負けるだと?」
「そうよ!それを証明するために………………そうね、今期入った新人騎士全員よりスフィアちゃん一人の方が強いんだからね!やればわかるわよ!」
立ち止まって一部始終を見届けていた他の新人を巻き込むようにアスタロッテは声高に指差し宣言した。




