第 百九話 遠征実習の帰路(後編)
「――ねぇ、さっきの嫌な人は何なんですか?」
すぐさまモニカがヤンセンに尋ねた。
「ん? ああ、あいつはグズラン・ワーグナーといってな。俺の学生時代の同期だ。俺も噂では聞いていたけど久しぶりに顔を見た。今は見ての通り騎士団の中隊長をしているみたいだな」
「どうしてあの人は絡んできましたの?」
「あー…………たぶんあいつは学生時代に俺に負けたことを未だに根に持っているのだろうな。仲は良くはなかったからな。まぁ学校を卒業して必ずしも冒険者になるやつばかりではないのはあいつを見てもわかる通り、あいつみたいに騎士団に入っていくやつもいる。冒険者よりはよっぽど安定しているから好んで入るやつもいるぐらいだからな」
ヤンセンは嫌味なことを言ってきたグズランのことを話しているが、その表情は意に介している様子もなく落ち着いていた。
「(ただ、俺よりアトムの方があいつをよっぽどひどい目に遭わせていたけどな)」
むしろ、当時のことを一人で思い出していると思わず笑みがこぼれる。
「騎士団はああいう人でも上官になれるんですか?」
「んー、俺は騎士団について詳しくないからな詳しくは知らんよ。 ただ、あいつは昔から上の人間に取り入るのが上手かったな。その辺を上手くやったんだろ。 ああ、そういえば確かこの実習が終わればもうすぐ騎士団との合同授業があるはずだぞ?」
ヨハンの問いかけにヤンセンはそのまま思い出すように答えた。
「えっ!?冒険者学校で騎士団の授業があるんですか?」
「ああ。知らなかったか?学校の方が王国から修業課程に入れるように言われているみたいなんだ。元々冒険者学校に通うのはある程度強さに自信があるやつが多いし、騎士団も王国を守る強い人間が欲しいのは事実だからな。まぁどっちを選ぶのかなんてのは個人の自由だ。俺達みたいにな」
「けど、あの人の下では働きたくないわね」
騎士団に入る入らないは別として、モニカの言う通りグズランの下では働きたくはないと大体の人間が思うのではないかという風に全員一致の意見を抱く。
「僕もせっかくだから冒険者になって世界中を見て回りたいな」
「だが俺達が言えた義理ではないが選択肢は多いに越したことないぞ?」
騎士団に入団するのは今のところ選択肢に全くなかった。
そこでヤンセンは話の流れで「そういえば」と思い出したことを口にする。
「まぁ騎士団みんなあんなやつばかりじゃないさ。俺が前に依頼で騎士団と共闘した時の上官はかなりしっかりしていたぞ?あの時ばかりはこいつと一緒なら騎士団で働くのも悪くないと思ったぐらいだからな」
「へー、どんな人なんですか?その人は?」
ヤンセンのその表情から相当その人物の印象が良いのだろうと思えた。
顎を擦り、上をみながら思い出す。
「…………確か、アーサーという名だったはずだ。騎士達からの人望があって、話していても冒険者に敬意を払っていたな。常に対等の立場を貫いていた。まぁそれをよく思っていない団員もいたが、そんなことは歯牙にもかけなかったよ」
ヤンセンはその騎士団での好印象の人物、アーサーを懐かしそうに語った。
「さっきの人とは真逆ですわね」
「ははは。あいつと比べれば大概が良い奴に見えるさ」
「(アーサーさんですか。確かスフィアが所属している中隊長の名前がアーサーだったはずですわね)」
エレナはその名前に聞き覚えがあった。
「それにしても、騎士団員との合同依頼なんてあるんすね」
「ああ、昔は他国との臨戦態勢時が多かったそうなのだが、最近ではこの辺は戦争なんてのとは縁がないからな。だから魔物の大量発生に対してや、確認された難敵に対する手段としてぐらいだ」
「騎士団が冒険者を頼ることがあるんですか?」
先程のグズランの態度からは想像も出来ない。
「まぁ騎士団より冒険者の方が魔物に詳しかったりすることがあるしな。それに小回りも利く。だが、騎士団の方は俺達にないような大人数をかけられるという利点がある。強さはどっちもピンキリだがもちろん強いやつはとことん強かったりするぞ。さっき言ったアーサーもかなり強かったな」
ヤンセンが騎士団との合同依頼について軽く説明した。
「難敵って、例えばサイクロプスとかっすかね?」
「――はぁ?サイクロプス?」
レインがどんな難敵がいるのか考えるのだが、騎士団との共同依頼を受ける例えとしてサイクロプスを例えに出したのだが、ヤンセンだけに留まらず近くで話を聞いていたトマス達も呆けた顔をして数瞬あとに大きく笑う。
「あほかお前、サイクロプスなんて出たら俺らなんかひとたまりもねぇよ。A級でも上位のパーティー複数かそれこそS級でも呼んでこないとな。いくら数で勝る騎士団でもサイクロプスなんてほとんど相手にできねぇはずだよ。んなもんさっきの中隊もすぐに壊滅するさ」
横からトマスが何を言ってるんだとばかりにサイクロプスが出現した際の損害を説明した。
「(…………まぁ普通はそうだよな。っといかんいかん、こういうのが過信になるんだ)」
と最近の常識が鈍りつつあるのを再確認するのと同時に自戒の念を抱く。
そんな話をしていながら王都へ無事に帰還した。
商隊とは外壁のところで別れて護衛の任務を終了となる。あとはギルドに行って依頼終了に関する処理を行うだけ。
そうした中、ヤンセン達から今回の遠征に関する振り返りを行っている。
「今回はまぁ道中では特に目立った出来事は起きなかったが、レナトでのことがあるようにいつどんなことに巻き込まれるかわからん。冒険者は常に備えを怠るなよ。とは言っても俺達もそこまで偉そうに言えた義理ではないのがなんとも言えんがな。まぁ何もないに越したことはないのはもちろんだが…………」
ヤンセンが口籠った理由がヴァンパイア騒動についてのことだろうというのは推測できた。
「いえ、そんなことないです。僕たちは今回色々と勉強させてもらいました」
チラリと視線を向けるのは道中ほとんど口を開くことのないマーリンならぬシェバンニに向けて。
「そうか?そう言ってもらえるとこちらとしても助かるよ。じゃあ機会があればまた会えるだろうし、卒業後本格的に活動すれば依頼を協力してすることもあるだろう。その時は頼むぞ?」
「はい、ありがとうございました!」
ヨハンの声に合わせて全員で深々とお辞儀をする。
そうしてギルド内には他の学生達も多数いており、帰って来た安堵感からか安心した表情の者もいれば、遠征先の出来事を興奮しながら誇らしげに話している者もいた。
学生寮に戻ると、まっすぐにヨハン達に走って来る姿があるのはニーナ。
ニーナはヨハン達の姿を確認するなり一直線にに駆け付けて来るとヨハンの腕にがっしりと抱き着く。
「お兄ちゃん、やーっと帰って来た!もう待ちくたびれたよ!」
「ごめんごめん、ただいまニーナ」
「おかえりなさい」
満面の笑みで迎えられた。




