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第十話 野外実習③

 

「――――おい、大丈夫か!?」


 ヨハンがビーストタイガーを引き付けている間に、レイン達は血を流している学生たちへ駆けつけて声をかけた。


「あ、あぁ、助かったよ。けどアキとケントが…………」


 声を掛けられた赤茶色の髪の学生の一人は意識のない仲間の二人を気にしている。その表情からは今にも泣きそうになっているのを必死に堪えて気丈に振舞っているのがその表情から窺えた。


「ひどい怪我、すぐに治癒魔法をかけるわね」


 モニカは意識を失っている二人に対して魔力を練り水の回復魔法をかけ始める。


「あなた達は大丈夫ですの?」

「あぁ、俺たちはなんとか致命傷は受けていない」


 それでも身体中には多くの擦り傷が見られる。


「とにかく、ここから離れますわ。あなたは立てる?」


 エレナは蹲っている黒髪の女の子に声を掛けた。

 黒髪の女の子は蹲りブルブル震えている。


「どうしてあんなのがこんな森にいるの――」



「おい、何してるんだよ、早くしないと!」


 レインが周囲をキョロキョロ見回しながらまだかと焦りが見えた。早くしないとビーストタイガーに気付かれたり、他にも何か起きるかもしれない。


「はぁ。しょうがないですわね」


 溜め息を吐くエレナ。


 エレナは蹲っている黒髪の少女に近付いたと思えば、顎をくいっと上げて右手を大きく振りかぶった。


 頬を力いっぱいにひっぱいたのだった。


 辺りに鋭い破裂音が響き渡る。


 周囲を警戒しているレインも治療をしているモニカもリーダー風の少年もうずくまって震えていた少女も数瞬呆気に取られる。



「あなた、お名前は?」


 何事もなかったかのようにエレナは凛とした様子で少女に問いかけた。


「…………サナ」

「そう、サナ?今の状況は分かるわね?すぐにここを離脱しますわよ」


「……うん」

「そっちのあなたのお名前は?」


「ユーリだ。いくぞサナ」


 ユーリと名乗ったリーダー風の少年はすぐにエレナの行動の意味を察知する。


「ではレインとユーリはそっちの意識のない二人を担いでくださいませ。モニカは治療を継続して。周囲の警戒はわたくしとサナでしますわ。できますわね、サナ?」

「……うん!」


「よし、話はまとまったわね?じゃあいくわよ!」

「あっ、お、おい! あいつは放っておいていいのかよ!?」


 ユーリがエレナに問いかける。

 チラッと視線を送った先には、離れたところでヨハンがビーストタイガーの鋭い攻撃をいなしているところだった。


「大丈夫、あなた達を先生のところに連れて行ったら私たちも先生を連れてすぐに戻って合流するから」

「そうじゃなくて!あいつ今は凌いでいるみたいだけど、いつまでも凌ぎきれるものじゃないだろ!?」

「いや、俺も半信半疑だったが、倒しきらないまでも俺たちが戻るまでだったらたぶん大丈夫だ」


 レインもヨハンの動きを見ながらどこか確信めいた言い方をしている。


「決まったようね、じゃあいきましょう。どっちにしろ私達がここにいてなにかできるわけじゃないわ」



 そうして森の中を意識のない二人を担ぎながら五人は可能な限り早く駆け抜ける。



「――それにしても、驚いたわ。エレナがあんなことをするなんて」


 治癒魔法をかけ続けながらモニカがエレナに話しかけた。


「あんなこと?あぁ、引っ叩いたこと?だってあぁしなければあの子まともに動けなかったでしょ」

「それはそうだけど、なんていうか柄じゃないっていうか」

「ふふっ」


 森を抜ける間、数匹のウルフに襲われるがエレナとサナが難なく倒す。



「――――もうすぐ森の出口だ」


 数分の時間を掛けて、手早く森を駆け抜ける。



 外の光が眩しく五人を照らし出すと同時に中年の戦士と成年の女魔導士の二人が慌てた様子で駆け寄って来た。


「おい、どうした!?まだ予定の時間までかなりあるじゃないか?」

「魔力を探知していると七人が森の出口に向かって移動しているのを感じたのだけれど、そっちの二人は?」


 教師の二人が何事かと疑問を口にしている。


「先生!大変なんだ!森の中にビーストタイガーが出たんだ!!」

「ビーストタイガーだとっ!?」

「こっちの二人はビーストタイガーに襲われて意識がないんです!戻ってくるまでの間に私が出来る限りの回復魔法をかけたのだけれど…………」


「……にわかには信じられない話だが、どうやらその様子だとそうも言ってられなさそうだな。それで、ビーストタイガーに遭遇した全員が無事なのか?」


 中年の教師がモニカ達を見渡した。


「いえカイン先生、パーティは四人一組。この子達は七人しかいないわ。それに魔力の探知ではどうも一人でいる子がいるわね。それで?あなた達、その子は?まさか置いてきたの?」


「ええ先生方、その通りですわ。わたくし達を逃がすために彼が一人でビーストタイガーの気を引いて戦ってくれているのですわ。わたくし達もすぐに戻らないといけません」


「仮にお前たちの話が本当だとして、そのヨハンという生徒が一人で戦っているというのか」


 中年の教師、カインがエレナ達を見るのだが、その眼差しは真剣そのもの。


「わかった。すぐに救援に向かう。ビーストタイガーだとしたらあれは俺一人でも倒せないぞ。アスラ先生、俺は今から他の先生に連絡して実習の中止と学校への連絡をしてもらう。その後にモンタギューとルル先生と森の中に入る。アスラ先生はこの子達二人の治療を引き継いでおいてくれ」

「わかりました、カイン先生もお気を付けて」


「何をのんびりしてるんだよ!早くしないとヨハンが危ないじゃないか!」


 急いでいる様子を見せないことにレインが我慢できずに怒鳴り散らした。


「バカヤロウッ!非常時こそ冷静な対応が必要なんだよ!でないと見えるものも見えなくなるぞ!」


「――うぐっ」


 カインの勢いに負けてゴクンと唾を飲み込むレイン。


「そうよ。それに安心して。魔力が探知出来ている間はそのヨハンって子は無事よ。実習前にも話したわよね?あなた達が持っている学生証は生きているからこそ魔力が感じ取れるのよ。王都内ではプライバシー保護の観点から魔力探知が出来ない様に配慮されているのだけれどもね。もしかしたら上手く逃げたのかもしれないわ」

「そうか、でも早く行かないと!」

「そうね、ヨハンの身のこなしでは倒されることがないにしても恐らく倒せないでしょうし」

「あぁ、だから早急に準備をするぞ。ちょっと待ってろ」


 そう言いながらカインは足早に他の教師に連絡をしに行った。



「――この子達の治療をしていたのは?」


 アスラは意識のない二人の治療を引き継ぎながら質問してきた。


「……私です」


 恐る恐るモニカが遠慮がちに手を挙げる。

 もしかしたら中途半端な治療になって逆に迷惑をかけたのかもしれない。


「そう。あなただいぶ筋が良いわね。初期の治療次第で後遺症が残ったりする事もあるのだけれど、これなら大丈夫そうだわ」

「なんだ、良かった」


 モニカがほっと安堵の息を吐く。


「ユーリ、サナ、良かったですわね」

「あぁありがとう」


 ユーリはアスラの話を聞いて、涙を拭いながら答えた。



 そんなやりとりをしている間に、カインが他に教師を二人連れて来た。

 中年男性の戦士と魔導士の若い女性の教師。


「よし、では森に入るのは俺とモンタギューにルル先生とすまんが道案内に誰か来てくれるか?」

「いえ、先生。私達三人とも行くわ」


 モニカがそう言うと両隣のエレナとレインも深く頷いている。


「……そうか。仲間想いなんだな。ただ、危険が伴うが、お前たちももう冒険者学校に入学したんだ。こういうことも起こり得る。本当ならそういったリスク関係の話はもう少し先の話なんだが今は時間もないしな」


 カインは本来なら入学したての学生に死のリスクが高い行動はさせないのだが、三人の目の色がこれまで見てきた新入生の弱々しいものではなく、歴戦の冒険者を想起させるような目をしていたことから同行を許可する。


「では移動しながら細かい話を聞かせてもらい。それから対応を話す! 行くぞ!!」


 そうしてモニカ達は再び森の中に入って行った。



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― 新着の感想 ―
[一言] レベルとスキルの数値だらけのストーリー性のない駄文が多い中でこれは読みやすい文章できっちりストーリーを展開している。読もうかと言う気にさせる作品である。
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