第 百三話 まさかの人物
「やっと見つけたぞ貴様ら!」
「ヤンセンさん!?それに――――」
建物の影から姿を見せたのはヤンセンだった。
そして後ろにいる二人を見て思わず驚いてしまう。
「――レイン……エレナ…………」
ヤンセンの後ろにいたのはレインとエレナで、その後ろにマーリンがいた。
レインは申し訳なさそうに苦笑いしながら手を挙げており、その表情と仕草で、ごめん、見つかっちまったという意図のレインの無言の言葉が届く。
同時にヤンセン達がここに来た理由も察しがついた。要するにヤンセンは、レインとエレナがいたのだからヨハンとモニカもいるだろうと探し回っていたのだという事を。
「お前らなッ!あれだけ勝手な事を――」
明らかにヨハンとモニカを叱る気満々なのはわかっていたのだが、ヤンセンは立ち止まり目を剥いた。
「トマス! それにヤコブも!? どうした!?何があったんだ!?」
目の前で倒れている仲間を見て慌てて駆け寄る。
「おい!これはどういうことだ!?テメエら一体何をしやがった!?」
「えっ?いや、僕たちは何も…………」
とはいえ、この状況をどう説明したらいいのかわからず困惑してしまい、困り果ててモニカと共に思わずヘレンを見てしまった。
「……ふぅ。仕方ないわね。いいわ、ちょっとぐらい尻拭いをしてあげるわよ。 いいですよね、シェバンニさん?」
「「「えっ!?」」」
「あのババアがどこにいるってんだよ!?」
突然教頭の名前を口にされ周囲を見渡す。
ヨハンとモニカとエレナが驚きに声を上げる中、レインは声高にシェバンニに暴言を吐いた。
「ここですよ!」
「えっ!?」
レインの背後から聞き慣れた声が聞こえ、レインが声に反応して振り返ろうとするよりも早く頭頂部に衝撃を受けたレインは頭を抱えてしゃがみこむ。
「――ってぇえええええ!」
「えっと…………マーリン……さん?」
ヨハン達が驚きを禁じ得ないのは、レインを持っていた杖で殴ったのがマーリンであるのだから。
「いやいや、本当にあなた達は問題ばかり起こしますね。付いて来て良かったですよ。呆れるぐらいお父さんたちそっくりですね」
マーリンが溜め息を吐きながら杖を頭上にかざすと、マーリンの身体をいくつもの魔法陣が包んでいく。
「先生!?」
ポムッと音を立てて姿を現したのはシェバンニその人。
「お久しぶりです、先生」
「ええ、あなたも元気そうでなによりです。ヘレン」
「えっ?お母さん?」
モニカが母とシェバンニを交互に見やりながら目を丸くさせた。
「あら?別に意外でもなんでもないでしょ?お母さんも元々冒険者だったんだからシェバンニさんと知り合いだったとしても」
「それは、まぁ、そうだけど……」
確かにそれは不思議ではないのだが、あまりにも身近過ぎて戸惑ってしまう。
「それよりもヘレン?ここで何かが起きたのですよね?事情を教えて貰えますか?」
「はい、もちろんです。ですが、その前にこの子達には先に帰ってもらいますね」
ヘレンがヨハン達を見て、小さくウインクをした。
「……いいでしょう。あなた達の対応についてはヘレンから詳しく話を聞いてから検討することにします。――ヤンセン?」
「えっ?へっ?」
「何をバカ面ひっさげてるのですか!早くその二人をギルドの救護室に運びなさい!」
「は、はい!」
事態が上手く呑み込めていないヤンセンはシェバンニに声を掛けられ、トマスとヤコブを担いで慌てて路地裏に駆けていく。
「それにしても…………」
シェバンニは小さく呟きながらヘレンの横に立っているモニカに視線を向けた。
「まさかモニカがあなたの子どもだったなんてさすがに驚きですね」
「へっへーん。びっくりしたでしょ?」
「はぁ。 そりゃ驚くでしょう。 突然冒険者を辞めたとは聞いていましたけど、まさかモニカを身籠っていたからでしたか…………」
シェバンニにしては珍しく、どう言葉にして言い表せばいいのか言葉を探す。
「まぁその辺の積もる話もまたあとでってことで。じゃあモニカちゃん、お母さん先生と話があるからギルドに行ってから帰るね。先に帰ってて」
「う、うん、わかった。お母さん、またあとで」
「ええ、またあとでね」
そうしてモニカがヨハン達に目配せをして、ヨハン達もシェバンニに小さく会釈しながらその場を後にする。
「では私達もいきましょうか」
「はい」
シェバンニとヘレンもギルドの方角に向かって歩いて行った。
モニカの実家を目指して歩きながら確認する様にして話すのは、お互いの身に起きた出来事について。
「レイン達はどうして?」
「どうしたもこうしたもねぇよ。見た通りこのざまだ。エレナと路地裏を探し回っていたら角を曲がったところで運悪くヤンセンさんとマーリ……違った、あのババアに遭っちまったんだよ」
「レイン?少しばかり言葉が抜けていますわよ? わ・た・く・し、の制止を振り切って先に走った結果鉢合わせてしまったのですわよね?」
「い、いや、ま、まぁ確かにそうだけど、それについては何度も謝ったじゃねぇかよ」
「あはは…………そうなんだ……」
どう見ても笑顔であるはずのエレナの言葉と態度は怒っている。
「それで?ヨハンさん達の方はどうだったんですの?トマスさんとヤコブさんが倒れていて、ヘレンさんがいたことからしても異常な事態でしたわ。あそこで何かが起きたのですわよね?」
エレナの問いに対してヨハンはモニカと顔を見合わせてお互いに深く頷いた。
「実は……シトラスがいたんだ。ほら、前に僕たちが襲われた」
「なっ!?あそこにシトラスがいたってか!?それで?倒したのか!?」
「ううん。逃げられちゃった」
「それはつまり、今回の件はシトラスが絡んでいるということでよろしいですわね?」
「うん。僕らも全部わかるわけじゃないけど、順を追って話すね」
そして、あの場で起きた出来事をレインとエレナに伝える。
まず、今回の件はシトラスが造ったというヴァンパイアが起こした騒動だということ。倒れていたトマスとヤコブはそのヴァンパイアに襲われていたこと。ヘレンの加勢があった上でシトラスには逃げられ、ヴァンパイアはヨハンとモニカで倒したということを。
「――なるほど、わかりましたわ。やはりあの笛は彼が作ったということで間違いがなかったようですわね」
「それに、シトラスが魔族だってかぁ」
そして、解決していない問題について話しが移る。
「ですが、シトラスが魔王について何かを知っていることですわね」
だが、話をしてもわからないのはやはり魔王という存在について。更にシトラスの目的が魔王の復活のその先にあるということ。
「結局わかったのはシトラスが何かを企んでいるということですか」
エレナはふと考え込んでいるヨハンに小首を傾げる。
「ヨハンさん?」
「えっ?」
「どうしましたの?ぼーっとしてましたけど?」
「あっ、ううん。ただ、ちょっと気になることをシトラスが言っていたからさ」
思い返していたのは、シトラスが言っていた言葉。その中にどうしても引っ掛かりを覚える言葉があった。
「気になること、ですか?」
「うん。シトラスは自分のことを口にするとき、間違いなくかつてって言っていたんだ。それの意味ってなんだったのかなぁって」
考えても明確な答えが出てくるわけではない。
あの時の会話の流れは魔王の存在の真偽について口にしていた。その魔族のシトラスでも魔王の存在を知ったのが最近のことだということを差しているのだろうかと考えるのだが今ここでは確かめようがない。
「それだけだと何についてなのかわかりませんわね」
「……うん」
「そういえば、シトラスを魔族って見抜いたのお母さんだけど、今頃お母さんと先生は何を話しているのかな?」
星空を見上げながら歩くモニカはどこか上機嫌だった。
「なんだか嬉しそうだねモニカ」
「えっ?うん、まぁ、たぶん……そうだと思うわ。 お母さんあんまり昔の話をしたがらないから先生と知り合いだって知ってちょっと嬉しかったの」
笑顔で後ろ手に手を組みながら歩くモニカはその声色だけでその言葉が真実なのだろうということが伝わってくる。
「つか、俺はあとでどんだけ怒られるかに気が気でないけどな」
「あっ、でもそれは確かに怖いかも……」
ヘレンが帰って来る時に恐らくシェバンニも一緒に来るだろうということは確信を持てた。




