第8章 (5)成仏
月下の参道にひとり姿を現した結子は大嶽丸と一騎討ちしていた。大嶽丸に乗っ取られている県内の神社・・・大嶽丸のような穢れた存在が本殿に居坐っているのであれば、神社境内は言わずもがなの状態である。
穢された境内を自らの肉体への負担を顧みず、祓い清める結子に劣勢を強いられ成す術がない大嶽丸は本殿の奥深くに身を隠す。
大磐にでもなったかの如く微動だにしない大嶽丸。清らかな気を全身から放ち続ける結子は、拝殿内に意識を集中して静かに双眸を閉じた。
全身の感覚で拝殿内を窺い強烈な妖気をまき散らす穢れた大嶽丸を捉えながら、結子は清らかな神々へも意識を向けている。
大嶽丸を拝殿から強制的に連れ出すために心願し、蒼く煌めく双眸を開いた結子が柏手を打つと大嶽丸は拝殿の奥深くから一瞬にして拝殿の外へ移動させられた。
有無を言わさぬ神業に狼狽する大嶽丸は、抵抗しようにも指一本すら動かすことができず為す術がない。なぜなら、結子は神々の力を借りて清らかな御神気により大嶽丸の動きを完全に封じているからである。
此の事を以て、清らかな力よりも穢れた力は脆弱であることが窺える。大嶽丸がイケメン先生に取り憑いても格好が良いのは見た目だけ。数多くの悪事を働いて来た大鬼の体貌は傲岸な態度をとった超が付くほどのブサイクっぷりなのである。
田村の肉体へ背後から覆い被さるように憑依している大嶽丸を見据えるような眼差しで見上げている結子。
顔を顰め、月代を変色させ呻き声を上げながら激高する大嶽丸の眼差しは矜持に満ちており、決して相手に阿らない、謂わば狷介というようなものが伝わって来る。
炯眼と圧倒的な体感で結子にはそれらを見破ることが出来た。
結子が身動きの出来ない大嶽丸の方へ詰め寄ろうとした時、結子の名を呼び背後から近づいて来るものがいた・・・朋友である。
結子の身を案じる朋友は大嶽丸の子分を全員引き連れて駆けつけて来たのだ。
「親分、もう駄目です、牝狐にまんまと騙されたんです」
「うるせぇ! おめえらは黙ってろ!」
「親分!」
「落し前は俺がつけてやる!」
慙恚する大嶽丸は、結子の清らかな力を初めて目の当たりにした時から自分は牝狐に騙されていたことを悟っていた。しかしながら、後には引けずに強硬突破を図る術しか知らず、結子の手により叩きのめされ葬られることを覚悟していた。
軽卒過ぎる自分を悔いたものの、今更そんなことを言っても覆水盆に返らずであった。だからこそ、子分たちを朋友の下へ向かわせ、自分は単独行動したのである。
大嶽丸の仲間を想っての行動や人間的な情性を知る由もなく、自分だけ助かろうと鬼の一匹が結子に近づいて来た。
「お嬢ちゃん、実は俺、この馬鹿鬼のことが嫌いなんだよ! デカイだけで能無しでさぁ〜、此奴だけ殺っちゃって、俺様は助けてくれよ、なっ! いいだろ?」
結子に助命を嘆願し、自分だけは助かろうと哀願の眼差しを結子に送る醜悪な子分と結子の間に割って入った朋友は、勾玉ブレスレットをした拳で大嶽丸を見限り自分だけ助かろうとした鬼を殴り消滅させる。
「此奴らに悪事を働かせたのは俺だ! すべて俺の責任だ! 俺は数多くの罪を犯した・・・自害して罪を償う、だから、此奴らに罪はねぇ〜、ただ、此奴らの前で恥を晒すことだけは、それだけは許してくれ・・・お願いだ」
過去の罪咎を認め悔い改める大嶽丸に対して、結子からそうはいかないと言い返された大嶽丸はすっかり意気阻喪した。
子分たちを他の場所へ連れてゆくように朋友へ指示した結子は、再び大嶽丸を見上げながら言い放った・・・
朋友に先導されて近くの公園に連れて来られた鬼たちは、失意のうちに身を落とす。恐怖のあまり顔色が変わるもの、身震いするもの、涙しながら観念するものたちで溢れている。
「消滅だけは、消滅だけはご勘弁ください!」
「お願いします!」
命乞いする鬼たちに対して、朋友は背中を向けるように命令する。朋友に背を向け、肩を震わせながら怯える鬼たちを朋友は背後から清らかな御神鏡の珠で優しく祓い清めた。
喜びのあまり泣き崩れ、朋友に頭を下げながら何度も礼を言う鬼たちは清まり静かに消え去った・・・
「清めますので成仏してください。そして、今後は清きもののために働き、その力を使ってください」
神社境内で結子にそう告げられた大嶽丸は、感謝の意を胸に泣き崩れた。結子と朋友は異形の外見をした強大な魔獣を祓い消滅させずに清め成仏させる選択をしたのであった。




