どうぞ、どうぞ。
本作に「ざまぁ」要素は含まれておりません。
ある日、僕の住む村に騎士団を率いた教会の偉い人がやってきた。
なんでも女神様より神託があったそうで、神の祝福を受けた御子が僕の村にいるらしい。
「女神様の御子であるからして、美しく可憐な少女ではないかと思う」
大真面目に教会の偉い人が説明を始めた。
言い分は理解できる。
ちなみに聖職者ではなく教会組織の偉い人が派遣されてきたのは、うっかり女神様の痕跡でも発見しようものなら聖職者が村人全員追い出して聖地認定しかねないからだそうだ。前科十犯くらいあるらしく、教会の偉い人も相当苦労しているのが伝わってくる。摘み立ての笹葉で茶を煎じたら喜ばれた。
「経典において地上に降りた女神様の化身は美しい蜂蜜色の髪と碧色の瞳の持ち主とある。外見で差別するのはどうかと思うが、判断材料の一つにはなるのではというのが教会の見解なのだ」
ちなみに偉い人は普段は教会本部で人事部長を務めているそうだ。
茶飲み話に教会内部のドロドロとした生臭い対立構図を楽しそうに話してくれたが、後ろに控えていた騎士様の何名かが胃のあたりを手で押さえていたので多分に嫌がらせ半分なのだろう。先王様の弟君が教会で最大派閥を形成しているそうで、大義名分があれば現王様を打倒して神権統治する気満々とか聞かされてしまった。普通こういうのって極秘情報として各国の間諜が必死になって情報を探るんじゃないのかな。
「御子様を教皇の猶子としてお迎えし、継承権のやや低い王子と婚姻を結ぶ。内乱を防ぎつつも教会の権威を保つならば、その辺りが落としどころではないかと」
なるほど。
御子様が適齢期より外れていた場合はどうするのですか?
「幼子であれば問題はない、幸いにも継承権こそ多少低いものの釣り合いの取れる王子もいらっしゃる。そうでない場合は……先王の弟君が還俗されて後添えに迎えるといったトンチキを言い出さない限りは適齢期を過ぎてなお独身を続けている公爵家の男子を紹介すれば良いかなと」
既に人妻だったとか、婚約者がいた場合は?
「前者においては夫婦共に召し上げ、夫に爵位を与えると同時に王家より姫君を第二夫人として迎えて頂く予定である。後者については……青春とは出会いと別れの繰り返しで人生の経験を積むものだと巷の恋愛小説にも書いてあるだろう?」
せめて経典から引用しましょうよ。
最初の預言者に教えを授けた時点では「穢れなき」とか「誘惑に心動かさぬ高潔さ」とか表現されてるけど、ずっ処女で天地創造した仕事一本槍で男っ気のない乙女神だって評判じゃないですかやだもー。
「これこれ。それは教会でも最大の禁忌事項でありますよ。私が聖職者だったら血涙を流して倒れ伏すところですぞ」
普通は神への反逆とかそういう風にブチ切れ案件だと思うんですけどね。
「公爵閣下、御子様と思しき少女をお連れしました」
「うむ、御苦労」
公爵閣下でしたか。
申し訳ありません、茶坊主の分際で生意気な口を。首を差し出しますので、罰は僕一人で勘弁していただけませんか。
「爵位は十年前に息子に譲ったので隠居の身、暇を持て余して教会にて慈善活動をしている道楽老人であるからして罪も罰もあるものか。むしろ君のような子が王城に来てくれれば王子達や次代を担う貴族達にも良い刺激となるのだがね」
へへ~。
いや僕みたいなのが好き勝手喋り始めたら始業の鐘が鳴る前に断頭台の刃が五連発くらいされますよ。就業開始日に。
あ、騎士様。
職務中にすいません。無礼討ちの際は罪状は僕が独占しますので村の皆にはどうか御厚情を。余計な事を口走ったり悪戯しそうな餓鬼共は村長の家に預けていたんですけど、一番ましなのが僕という時点で察していただければ。え、むしろ村の皆に「ウィリーを案内役にするとか、王国も教会も自滅したいのか」と絶叫された、ですか。へー。ほー。誰が叫んだのか予想つきますので後で個人的な話し合いに……ああ、ほぼ全員でしたか。了解です。
「ウィリーくん! どうしよう、私が御子かもしれないって!」
「少年、この娘は君の幼馴染かい」
腐れ縁です。
「私とウィリー君は将来を誓った仲だよ!」
「なんという」
待ってください。
田舎町の習慣的なアレソレで、乳幼児の死亡率がめちゃ高いので生き残った子供は自動的に複数の相手と婚姻の約束みたいなのを結ぶんです。しかも村の外に嫁ぎ先が見つからなかった場合に備えて。
交流が少ない閉鎖的な土地ですから、血が濃くなりやすいんです。
そこの御子様の場合、周辺五つの村落から嫁取りの話が来てましたし、僕みたいな保険枠が村内に複数名います。流行り病で僕と彼女だけが生き残るような事態になったら結婚するしかないですけど、そんな事態に陥ったら村を捨てて街に逃げ込みますがな。
「なるほど正論である」
「ひっどーい! ウィリー君は女神様に祝福された娘をお嫁さんにしたくないのー!?」
むしろ君は口を閉じて清純な村娘を演じたまま王城まで我慢すれば、紙芝居に出てくるような素敵な王子様とロマンスして二番目か三番目のお嫁さんになれる可能性があるよ。
「むむっ。お妾さんじゃなくて側室コース?」
勉強しないと大変だけどね。
教会が君を神の娘と正式に認めた場合、村に駐在してる神官様も裸足で逃げ出すような修行と村長の息子が挫折して逃げ帰ってきた時よりも厳しい礼儀作法と官吏としての勉強が待ってるけどね。庇護欲を刺激される可愛い男の子から愁いを帯びたナイスミドルまで、知力・財力・権力の三拍子揃ったイケメン達が君をお嫁さんにしたいって行列作って押し掛けるのは確実。
要するに花嫁修業。
頑張れば頑張るほど、嫁ぎ先が豪勢になります。しかも君の努力がダイレクトに反映された形で。
「むー。じゃあ私が修行面倒くさーい!とか言った場合は?」
三代前に王族が降嫁された中堅貴族の三男坊あたりの騎士爵様あたりに嫁いで、教会の慈善活動手伝いつつ各地を巡回して世界平和を祈る人生じゃないかな。
「へーなんだか面倒くさそう」
「……少年の適当そうに見えて案外的を射た予想に驚きを隠せないというか、隠居の推薦枠で王都の学園に入学させたいというか」
外見だけなら今すぐロイヤルウェディングなんですけどね、こいつ。
母ひとり娘ひとりで逞しく生きてきたんで、村から連れ出す際には彼女のおっかさんへの支援もお願いします。神の御子を教会に代わり今まで育てた献身と慈愛の人とかそういうイメージ戦略で手厚く保護すれば、王家と教会の面子を守りつつ御子の信頼も勝ち得ることは難しくないかも。
あれ、騎士様?
なにか頭抱えてますけど風邪ですかね。村の特産物で頭痛発熱生理痛にものすごーく効く薬草あるんですよ、死ぬほど苦いですけど。どうですか? 薬師の婆様に掛け合えば、うんと効き目の強い奴を処方してくれるんで一発で治りますよ。三日くらい何を口にしてもピーマンとヨモギを煮詰めて腐らせたような味しか感じなくなりますけど。
あ、必要ないですか。
了解です。うちの村では最終兵器として重い風邪患者や悪戯小僧に使われてますね。僕も物心ついた頃に流行感冒で生死の境を彷徨いかけた時に飲まされましたけど、苦味が凄すぎて一瞬で舌と喉が麻痺してしまい吐き出すことも出来ずにそのまま地獄のような苦味を堪能しつつ一滴残らず胃に流し込まれるんですよ。あんな経験してなおイタズラを止めない村の悪餓鬼連中の根性には本当感心するというか真似できません。
「教会関係者としては君が病の時以外でその薬を服用していない事実に驚きを禁じ得ない」
「騎士ですがそんなものを飲まされるくらいなら竜の住まう霊峰を訪ねて万病を癒すという竜の涙を授かる方に運命を委ねたい所存であります」
「あんな拷問汁を飲んで悶絶しなかったのはウィリー君ひとりだけだよっ」
風邪をひいた時以外であの薬を口にしたことがないのが僕の密かな自慢です。仮にも豆腐屋の息子ですしね、味覚を破壊するような劇物に頼るのは最後の手段です。
腐れ縁で幼馴染の君、チェリコー。よーく耳をかっぽじって聞きなさいよ。
いいですか?
仮に僕と結婚したとして、田舎の村で豆腐作りに日々追われる人生を送るの耐えられますか?
「無理」
ですよねー。
君が教会の人について行けば、最低でも教皇付の神官職として扱われる。礼儀作法や貴族社会の勉強次第では限りなく王族に近しい身分に嫁ぐことも可能。御隠居様は王子様との結婚を示唆されていますけど、教会と距離を置く派閥の貴族達の反発も予想されるわけで。それでも神の御子として実績を積めば多少の不勉強や不作法には目をつぶってくれるのかも。
「……少年、この件が済んだら御両親に挨拶させてもらっても良いかね。実は私の息子がメイドの一人を愛人にして娘を産ませていたのが最近発覚してだね。市井に囲い暮らしていたので貴族社会に放り込むのも不憫と考えていたのだが、君のような子を婚約者に迎えておけば将来安泰かなと」
ステイステイ。
いけませんぞ御隠居様。こう見えても僕は豆腐屋の倅。そう、あの豆腐。種族民族宗教で食の戒律が雁字搦めになって多種族国家じゃ会食の場に砂糖水で乾杯する以外に揉め事を回避する方法がなかった状況を打破した、あの豆腐。僕の父親、屋台引いて豆腐を売り歩いていたんですよ。今は店舗を設けていますけど。それに両親と仰られましたが、僕の母親は経典でいうところの空の彼方におりまして。
「──無神経なことを言ってしまった。少年、申し訳ない。君は家業と御両親を誇りに思っているのだな」
はい。
自慢ではありませんが、父は母以外の女性を妻に迎える意思はないと女神様に誓いを立てております。そして父は良き水を求めて田舎村に引き込んでおりますが、他の豆腐屋に劣らぬ職人だと確信していますよ。これ、自家製ですが豆腐の味噌漬け。騎士様もお土産にどうぞ。
チェリコー、君の母上には連絡済みだから早いところ荷をまとめてご隠居様と共に出立するといい。
「え、でもウィリー君が一生独身の危機じゃない?」
今は君の人生がかかった状況なんだから、僕の心配とか要りませんからね。
イイ感じの嫁ぎ先を捕まえて幸せになりなさいよ。
「少年、いつか都にて身を立てる意思を持ったならばペッパー公爵家を訪ねなさい。私が神の御許に旅立った後でも決して無下に扱わぬよう家人に言い含めておくし後日きちんとした紹介状を届けさせよう」
身に余りある光栄であります御隠居様。
騎士様、ここは涙を流していい場面ですからね。複雑な顔でこっち見ないでもいいじゃないですか、僕とて腐れ縁の婚約者っぽい幼馴染が都の上流階級に嫁いで幸せいっぱいの手紙を寄越してくるかどうかの瀬戸際なのですよ?
「ウィリー君のそういう部分が超心配」
「王宮の腹黒宰相に会ったら意気投合して即時採用されそうだな」
「ブフォ」
あ、騎士様ってば盛大にむせて。
特産物の薬草いっぱつキメておきますか?
◇◇◇
──てな事情で婚約破棄されました。
『あー、それで「御子です」とかいってチェリコーさんが紹介されたのね。向こうもびっくりしてたけど、おかーさんも驚きよ。うっかり個人情報漏らしたせいでウィリー君が拉致されるかと思ってたから』
ぱたぱたぱた。
久しぶりに帰宅した母が、豆腐の味噌漬けを肴に晩酌中です。
父は明日の仕込みがあるので既に寝ていますが狸寝入りなのはバレバレです。僕は村の宿に部屋をとっているので、母の食事が終わったら一晩の休暇です。宿の親父さんもそのへんは重々承知なのでいまさらと言いますか。
弟か妹が欲しいものです切実に。
『こっちとしても気楽に神託を下せる相手だし、向こうも「あー、やっぱりというかウィリー君のお母さんなら違和感ゼロですよねー」とか反応だったから大丈夫よ。聖女扱いされちゃって王太子の婚約破棄騒動に発展しかけたけど』
その節はご迷惑を。
一応、御隠居様経由で都を訪ねてチェリコーを説得したから解決したはずなんですけど。
『うん。「下手に身分が高いところに嫁ぐとリンゴを丸かじりとか許されないよ」で説得されるとは思わなかったみたい』
あいつリンゴの皮のところが大好物だからね。
カニも甲羅をしゃぶっちゃダメとか耐えられないって言ってたし、独身かつ国内の政治を乱さない家柄のイケメンさんの釣書を用意したから大丈夫じゃないかな。
『おかげで先代の公爵がウィリー君を婿養子にしたいって教会で大暴れしたんですけどー』
なんのことやら、ははは。
おや母上、杯が空ではありませんか。
【登場人物紹介】
・ウィリアム(ウィリー)
本編主人公。田舎村に住まう14歳の少年。豆腐屋の息子で跡取りと自己紹介するとかなりの確率で嘘発見器メーターが最大値を振り切る。別に腹黒でもないし結果的に見れば皆幸せになれるのだが過程で地獄を見る。背中に翼を模した神紋があり、パンを千切ると一向に減らないため基本的に米食か麺食。女神様が異世界人を逆レした結果誕生した。缶コーヒーに複雑な感情を抱く。
・チェリコー
主人公の幼なじみで13歳の少女。
脳内お花畑(ただし9割方薬草)というのが村人の評価。寡婦である母と共に村では織物の仕事をしている。田舎の特性として複数の許嫁を相互に結んでいたが、当人としてはウィリーのお嫁さんになるんじゃないかなと考えていた。一方的に。
聖女騒動で都送りになったが、女神様がウィリーの実母かつお世話になったご近所のおばさんだったため色々と意気投合。史上最高の聖女扱いされてしまった。王太子の婚約者にされそうになったが、リンゴを丸かじりできない生活など真っ平であると宣言し在野にて人々を救う道を選んだ(教会の公式発表)。仕事仲間でもある護衛騎士タブクリア卿を押し倒して彼の後妻として幸せに過ごした。
・教会の使い
ペッパー公爵家の先代当主であり教会においては人事部長。神を妄信せず理性で教義を語る。今回の聖女騒動で胸を痛めていたが、ウィリーと出会って胃が痛くなった。
公爵家に婿入りしてくれないかなーと本気で願う程度には意気投合している。後日、現当主がメイドに生ませた娘をお手伝いとしてウィリーの家に派遣した。
・護衛騎士タブクリア
ペッパー公爵と共に教会に派遣された護衛騎士。堅物ではあるが筋の通った話には耳を傾ける。ウィリーに対して本能レベルで警戒しているが、同時に年下の少年にもかかわらず敬意を抱いている。早くに妻を亡くしたため、出世や派閥争いから一歩引いた立場を表明していた。結果として後に聖女付の騎士となり、チェリコーを後妻として迎えることでロリコン騎士として歴史に名を残すことになった。
・女神様
缶コーヒーひとつで人類滅亡の危機を回避した偉大なる女神様。永遠の17歳を主張しているが女教師モードや美人OL姿で夫を誘惑することに躊躇しない。週に6日は女神様だが安息日は人妻であることを天界に認めさせた。田舎の風習故に許嫁の存在を苦々しく思うものの黙認していたが、今回の聖女騒動で嫁最有力候補が聖女になったので部下達のお見合セッティングコールが激しく頭が痛い。
・王太子
史上最高レベルの聖女誕生によって元からいた婚約者が排除されそうになったため一時は廃嫡出奔&駆け落ちを本気で考えていた。婚約者はペッパー公爵家の令嬢。ウィリーの機転と口車で無事に本命と結ばれる。最近田舎村に手紙を定期的に送っているようです。
・腹黒宰相
王国史でも珍しい女性宰相。優秀すぎて婚約者に逃げられること十数回。破綻した見合いは数知れず。もはや養子を得るしかないと覚悟していたところに運命の出会いをしたらしい。目下のところ若返りの薬を確保して辞表を王に叩き付けようと画策中。