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wink killer  作者: 優月 朔風
第9章 天界にて
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第93話 罪深い魂

 窓口の死神の話によれば、適性判断で「死神」とされた者はとある建物の待合室で待たされるのだという。

 それからというもの、私には別の死神が着き添い、彼女が待合室までの道のりを案内してくれた。


 役所のような空間を出ると、そこには、空いっぱいに晴れ晴れとした青空が広がっていた。

 頭上で輝く太陽から、筋のように光が差し込み、石畳の地面が照らされている。


 「これが……天界……」


 ここからすぐ近くに、大きな建物が見えた。

 まるで宮殿のような豪勢な造りの建築物に、思わず感嘆の吐息が零れる。


 建物の白い外壁にはいくつもの窓が並び、その上をエメラルドグリーンの屋根が覆っていた。

 入口には噴水が沸き、ほとばしる水しぶきは陽光に照らされ、キラリと眩しく輝いている。

 石畳の道には形の整えられた緑が植えられ、花壇の一面に、満開になった花が色彩華やかに咲いていた。


 「綺麗……」


 私は、思わず涙が出そうになるのをグッと堪えた。


 《……たまにいらっしゃるんですよね。天国だとか地獄だとか、おっしゃる方が》

 《我々の認識し得る限りでお話すれば、そんなものはどこにもないんですよ》


 我が身の今後を憂いていた自分にとって目の前に広がる景色はあまりに綺麗で、

 その色鮮やかな世界に、張り詰めていた自分の心も次第に緩み、色を取り戻していく。


 付き添いの死神は私を一瞥してから、無表情のまま宮殿を指差し告げた。


 「あの建物の待合室でお待ちいただきます」


 彼女はぶっきらぼうにそう呟くと、ハァ、と一つため息をついた。

 心に余裕が出てきた私は、げっそりと疲れ切った様子の彼女を見て「何だか大変そうだな」と思った。


  ☆★☆


 案内された待合室は先程の役所のような白一面の空間とは違い、豪華な造りだった。


 ロココ風の雰囲気漂う部屋全体に、カーテンから椅子まで優美な家具の数々。

 所々に置かれた骨董品は、自分が一生働いても払えない程の金額なのだろうと容易に想像がついた。


 奥にある大きな窓からは眩しいほどの白い光が差し込み、教室一つ分くらいのその部屋を明るく照らしていた。

 白より少し温かいクリーム色の壁や天井には、何やら複雑な彫刻模様が施されている。

 部屋の中には赤い薔薇色の椅子がいくつか置かれ、既に何人かの白服達がそこに腰掛けていた。


 既に集められた者達を含め――白Tシャツに白ズボンの私達の誰もが、この景色に馴染んでいないことは明らかだった。


 「では、こちらでお待ちください」


 付き添いの彼女はそう言うと、フゥ、とため息をついて部屋から出て行った。

 私より先に連れて来られたのであろう彼らはチラリと私を見やると、再びうつむき、重怠い雰囲気を漂わせていた。


 (とりあえず……座って待ってればいいのかな)


 私はあと二つ空いていた豪華な椅子のうち片方に腰かけ、辺りを見渡して周りの様子を窺った。

 年齢はまちまちで、私と同じくらいに見える者もいれば、四、五十代くらいに見える者もいた。

 先程までいた役所との違いを挙げるならば、あちらにはあれだけ多かった老齢の者が、ここには一人も見受けられないことだろうか。

 それに、先程と違いどうやら国籍は様々なようで、日本人らしき人物は私の他に見当たらなかった。


 (これから、どうなるんだろう……)


 皆どんよりと下を向き、手元の白い紙を見つめている。

 死後、いきなり「あなたの適性判断は死神だ」と言われ、右も左も分からぬうちにこんなところに連れて来られたのだ。無理もないだろう。

 事実私も、これから自分に何が待ち受けているのかと思うと、心に不安がないと言えば嘘だった。


 お貴族様専用とでも言うべき華美な部屋の中に、簡素な白服の人間が数人残された状況。

 そんな自分達の誰一人として言葉を発することはなく、部屋の中を静かな沈黙が包み込んだ。


 しかし、しばらくして、そんな沈黙を破る出来事が訪れる。

 ガチャリ、と部屋の扉が開き中に入って来たのは、黒装束の死神一人と、白服の人物。


 黒コートの死神は他と同じように疲弊しきった表情を顔に浮かべ、

 一方の白服の彼女は、何やら不満げに唇を強く結んでいる。


 部屋に置いてある椅子の個数を考えると、彼女が最後の一人なのだろう。

 お嬢様スタイルとでも言うのだろうか――特徴的な薄桃色の巻き髪を揺らしながら、彼女は眉をひそめてやって来た。


 「では、こちらでお待ち……」

 「もう、分かったわよ! 大体、アンタはいちいちため息がうるさいの! 仕事する気あんの?」

 「す……すみません……」


 彼女は強気な口調で言い放つと、私の隣にあと一つ残っていた椅子にドスン、勢いよく腰を掛けた。

 長らく続いていた沈黙を破っただけでなく、苛立たしげに腕を組み、堂々と背筋を伸ばしてその場に座す彼女は、明らかに周りとは違う雰囲気を放っていた。

 彼女だけは例外的に、着させられている質素な白服よりも、周囲の豪華な部屋の方に雰囲気が合致する人物だといえよう。


 正直、同い年くらいの見た目で、この状況下においてもあそこまで堂々としている彼女に、私は驚きを隠し得なかった。


 (すごい子だなぁ……)


 思わず彼女のことをジッと眺めていた私だったが、視線に気がついた彼女がこちらを振り向いたので、慌てて視線を逸らす。

 私がうつむいたまま手元の白い紙を凝視していると、隣から「ねぇ」と声が掛かったので思わず心臓がドキリとした。


 「あなたも適性判断、『死神』って言われたの?」

 「……えっ」


 顔を上げて彼女の方を見やると、そこには苛立っていた先刻までの彼女はおらず、その表情は至極穏やかだった。


 彼女が小首を傾げるのに合わせて、両耳上あたりで束ねたツインテールがフワリと揺れる。

 ぱっちりと開かれたまつ毛の奥で、淡い紫の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。


 「う……うん……」

 「やっぱり、あなたもそうなんだ」


 彼女はつまらなそうにふーん、と呟くと、真っ直ぐに前を見つめていた。

 目を細め、ジッと前方を睨みつける彼女。

 どこかの国のお姫様だろうか。日本人離れした雰囲気の彼女を見ながら、何故言葉が通じるのだろうかと疑問に思っていたところで――私達のいた部屋に、黒装束を纏った一人の死神がやって来た。


 「……今回はこれで全部だな」


 彼は私達の顔を一通り眺めてからうんうん、と頷くと、小さな声で「よし」と呟いてから私達の前に立った。

 筋肉質な腕を組みながら、彼はスゥ、と息を吸い、威厳に満ちた声で私達に告げた。


 「これから説明するのは、適性判断『死神』のお前らに課せられた使命だ。いいか、よく聞け」


 受付や案内の死神と違ってパワー溢れる目の前の彼は、横柄な口ぶりで私達を見下ろし、低い声で言った。



 「てめぇら、生前自分の犯した罪覚えてるよな?」



 「罪」という言葉を聞いて、私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 しかし、次に彼の口から放たれた言葉に、私は耳を疑った。



 「てめぇらは生前、自ら己の命を絶った――罪深い魂ってことだ」


 自ら命を絶った……?

 それが、生前の私が犯した罪だというのだろうか。



 真っ赤に染まった彼の短髪が、炎のようにメラメラと燃えているように見える。

 まるで鬼教官のような風貌の彼は、未だに混乱したままの私に構わず言葉を続けた。


 「そういう奴らはな、天界の掟で、『あの方』のために一生その身を捧げてもらうことになってるんだよ」


 「一生その身を捧げる」という言葉を聞き、白服達の間により一層重たい空気が漂う。

 チラリと隣の彼女に視線を送ると、彼女が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべているのが見えた。


 一方、そんな中で、先の宣告をさほど重く受け止めていない自分がいた。

 鬼教官の言葉を聞いた私の脳裏には、ある死神の言っていた台詞が去来していた。


 《天界で……ミタはどんなことしてたの?》

 《……仕事してたよ。『あの人』のところでね》

 《へえ。……楽しかった?》

 《まぁ、楽しかったかな。『あの人』にはいろいろと付き合わされたけどね》


 死神ミタは、「あの方」のことを心から慕っていた。

 時には愚痴をこぼたり、「あの方」を散々にけなしたりしていた彼ではあったのだが……


 (「あの方」はきっと、優しい方なんだろうな)


 当時のことを思い出して語る彼は、まるで懐かしい記憶を大切になぞっているようで。

 そんな彼が辛い日々を過ごしていたとは、到底考えられなかった。


 罪深い魂である「死神」は一生、「あの方」のためにその身を捧げる。

 それでも――そのことを、死刑宣告のように重く受け止める必要はないように感じたのだ。


 《天界でもさ、皆象徴が必要なんだよ。だからそういう存在がある――下界では『神』とか呼ぶんだろ、そういうの》


 (きっと大丈夫。……「あの方」は、神様なんだから)


 神様は、私のような罪深い魂も救ってくれるかもしれない。


 神様が間違っているはずがないのだ。

 だってそれが、神様なのだから――。


 すると、重苦しい雰囲気を漂わせる白服達の様子を見かねたのか、鬼教官はそれまでの険しい顔つきを緩め「まあ、そんなに落ち込むな」と言って続けた。


 「お前らに生前何があったかは知らねぇけどな、そんなモンはすぐ忘れちまうんだよ……俺みたいにな」


 そう言って、鬼教官は意外な一面を見せた。

 その死神は、失った過去の罪の記憶に思いを馳せるかのような、そんな目をしていた。


 そんな死神(罪深い魂)を見た瞬間、私はふと思った。


 《てめぇら、生前自分の犯した罪覚えてるよな?》

 《てめぇらは生前、自ら己の命を絶った――罪深い魂ってことだ》


 ああ、きっと。

 彼は自分を戒めていたのだろう、と。


 《そんなモンはすぐ忘れちまうんだよ……俺みたいにな》


 自らの罪を思い出せない自分を戒め、今後、同じような罪を重ねることがないように――。



 大きな窓の外から、真っ白な陽の光が差し込む。

 部屋の外――宮殿の廊下から、様々な死神達の声が聞こえてきた。


 鬼教官は、先程までとは別人のように穏やかな口調で告げた。


 「俺達死神は、『あの方』と契約を交わし――生前の罪の記憶を失ったまま、『あの方』に仕え続けるんだ。死神としての命が尽きるまで」


 光に照らされた彼の顔はどこか切なげで、


 《おかしいよね……何となく昔は人間だったってことは分かるんだけど……全然、記憶がないんだ。気がついたら『あの人』の前にいた》


 目前の死神の姿と、生前の記憶がないと言っていたかつての死神の姿が、重なって見えた気がした。


 (私も……全部忘れちゃうのかな)


 楽しかったことも、辛かったことも。

 大切な家族と過ごした記憶も、大好きな友人達と過ごした想い出も。


 私を支えてくれた死神と過ごした記憶も。

 自分の罪も――その全てを。


 (そして、私もミタと同じように……)


 私達は繰り返している。

 どんなに自分を戒めたところで、きっと私達は、同じように罪を重ねるのだろう。


 ――それでも、私は。


 白服達が皆、突然の宣告に言葉を失い、ひたすら手元の赤い文字を眺め続ける中――

 私だけはただ一人、決意に満ちた表情で前を見つめていた。



次話で衝撃の事実を明かした後、本作は前半完結を迎えます。

長らくお読みくださった読者様には、いくつ感謝の言葉を並べても足りません。


ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

今後も是非宜しくお願いいたします。

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