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wink killer  作者: 優月 朔風
第9章 天界にて
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第92話 適性判断

 目が覚めた私は、白いTシャツに白いズボンという恰好で、真っ白な部屋の中にいた。

 どこかのホールだろうか、広々とした空間にはいくつもの白いソファが置いてあり、数え切れないほどの人がソファに腰掛けていた。

 彼らを見渡すと、お年寄りから子供まで年齢は様々だったが、皆ある共通点があった。


 それは、皆が揃って、染み一つない真っ白なTシャツを着、シンプルなズボンを穿いていたということだった。


 (ここは一体……)


 私は空間の奥の方へと目をやった。

 奥には黒い板に白い文字で「受付所」と書かれた看板が垂れ下がっており、その下で黒い装束を纏った人物達が忙しそうに事務作業をしている様子が見えた。


 (全員、ミタと同じような服装……)


 私は、彼らが「死神」であることを認識した。


 受付窓口では、黒いコートを羽織った死神達が何人もの人間の対応を行っていた。

 死んだ人間はここで受付をして、天国やら地獄やらに行かされるのだろうか。


 そんなことを考えていたとき、ホール全体に事務的な機械音声が響き渡った。


 「受付番号、145番の方――」


 すると、近くのソファに腰掛けていた白服の男性が、手元の小さな紙きれを握りしめてゆっくりと立ち上がった。

 見たところかなりの老齢であった彼は、覚束ない足取りでゆっくりと前に進んでいく。

 やがて彼は、いくつかある受付窓口のうち「145」とランプが点滅する先へ吸い込まれていった。


 まるで大きな役所のようだ――そう思いながら、私は辺りを見渡した。

 部屋の隅にあった白い機械が目に留まった私は、早速その元へと向かい、


 (……ここから、自分の受付番号が出てくるのかな)


 自分の背丈ほどの機械を見つめながら、淡々と心の中で呟いた。


 壁際に置かれた機械は、その上部にあるカメラで目前に立つ人物を認知すると、レーザーのような赤い光を放った。

 ジー、と静かな機械音を鳴らしながら、横に伸びた赤い線が、頭上から足下へと徐々に移動していく。

 それはさながら、私の情報を読み取っているかのようだった。


 ゴクリ、と唾が喉を鳴らした。

 一体……何を、読み取っているというのだろう。


 データの読み取り後程なくして取り出し口から小さな紙きれが発券され、私は恐る恐るそれを手に取り、近くにあったソファに腰掛けた。

 広い空間の奥の方にある受付窓口が、酷く澱んで見えた。


 掌サイズの小さな紙きれの真ん中に書かれた、無機質な「182」という数字を見つめる。

 紙きれを握る私の両手は酷く震え、手に握った汗が薄い紙に滲んでいった。


 (私……どうなっちゃうのかな)


 自分達は繰り返している――ミタの言う通りなら、私はこの先死神になるのかもしれない。


 でも、もしそうじゃなかったとしたら。


 (私はミタと違って、何人も……数え切れないほど、この手で……)


 多くの人の命を奪ってきた自分は、ミタとは違い、死神ではない別の道が用意されていて……。

 もしかしたら、地獄に行かされるかもしれない。


 身体の底から湧き上がってくる寒気が、どうしてもおさまらなかった。


 「受付番号、167番の方――」


 同じような白服の人々が次々と呼ばれていく中で、

 私は一人、恐怖に顔を青褪めていた。


 「受付番号――」


 周りは皆真っ白なのに、自分だけが真っ黒に染まっている気がした。

 黒く澱んだ自分を、周囲の白が忌むような目で睨んでいるような気がした。


 私の行ってきたことは、到底許されないことで。

 だから、私はきっと――


 「受付番号――」


 きっと、地獄に……



 「受付番号、182番の方」



 自分の番号が呼ばれた瞬間、心臓がドクンと跳ねた。

 それまで遠くから聞こえていた機械音声が、自分の番のときだけ、誰かに耳元で囁かれたかのような錯覚に陥った。


 ――行かなくちゃ。


 ソファから立ち上がり、窓口へと向かう。

 足取りは重く、まるで両足に重りを付けられているようだった。


 ドクンドクン、と、心臓が喉から飛び出そうなほど激しく鼓動する。

 口の中はカラカラに乾き、背中は冷たい汗でびっしょりと覆われていた。


 ソファに腰掛けた人々の視線が私に突き刺さった。

 チラリとこちらを見るその目が、氷のように冷たく感じた。


 『あいつ、あの連続殺人犯じゃないか?』

 『地獄行き決定だな』


 その目達がそう言っているような気がして、私は怖くなって下を向き、両耳を塞いだ。


 (やめて……!)


 荒くなっていく呼吸を抑えながら、私は「182」とランプの点滅する窓口へと向かう。

 やがて窓口に辿り着いた私は、恐る恐る、目の前の死神に手汗でぐしゃぐしゃになった紙切れを手渡した。


 死神は無惨な姿のそれを見て呆れたようにハァ、とため息をつくと、無愛想にそれを受け取った。

 担任だった鼻眼鏡先生に少し似ているだろうか――三十代後半のサラリーマンといった印象を受けた。

 連日の激務の影響なのだろうか、目尻はたるみ、目元に広がる青紫色が痛々しく映った。


 彼は受け取った紙切れに書かれた「182」という番号を手元のパソコンのようなものに入力すると、目線だけこちらにチラリとやってから、ぶっきらぼうに尋ねた。


 「……蒲田未玖さん、でお間違いないですね?」


 恐る恐るこくり、と頷く私を一瞥してから、黒コートの彼は再び手元の機械に目線を移した。

 チラリとこちらを見やった際の彼の冷たい視線は、まさに、地獄行き決定の罪深い魂を侮蔑するかのようなもので。


 (私……やっぱり地獄に……)


 彼はフゥ、と深いため息をついたかと思えば、次の瞬間、顔を引き締め、ものすごい速さで何やら情報を入力し始めた。

 青紫色の目元の上で黒い瞳を小刻みに動かしながら、一切の顔色を変えずに作業をしていく。


 この作業で、私のこの先の運命が決まるのだろう――。

 彼の手元をジッと見つめながら、耳元で心臓の鼓動が大きく鳴り響いていた。


 やがて、彼は最後に右手首を一際大きく振りかぶり、重力に任せて勢いよく薬指を振り下ろした。

 パァン、という比較的強めの打音と共に、「Enter ←」と書かれたキーが弾け飛ぶ。


 (え……)


 次の瞬間、彼は引き締めていた顔をだらりとさせ、相変わらずの無表情のまま、弾け飛んでいったキーをそっと元の位置へ戻した。

 彼がハア、と再び大きくため息を漏らすと、しばらくして、デスクの下にあった機械から、ゴーと音を立てて一枚の白い紙が出てきた。


 彼は乱雑にそれを取ると、デスクの脇に置いてあったハンコをポンと押してから、ぶっきらぼうな声で言った。


 「……お待たせしました」


 私はゴクリ、と唾を飲み込んだ。

 彼は手元の白い紙を私に手渡しながら、一切の表情を変えずに告げた。



 「あなたの適性判断は、『死神』です」



 驚きのあまり、思わず声が漏れる。

 受け取った白い紙の上部に、赤字で「適性判断:死神」と書かれていた。


 「後ほど『死神』の方へ案内がありますから、その紙を持参してください」

 「あっ、あの……」

 「……何でしょう」


 彼は視線だけチラリとこちらにやると、その目で「早くしろ」と続きを促す。

 私は震える声で尋ねた。


 「わ……私、地獄に行くんじゃないんですか……?」


 すると、目の前の死神は今までで一番深い嘆息を漏らしてから、呆れた口ぶりで答えた。


 「……たまにいらっしゃるんですよね。天国だとか地獄だとか、おっしゃる方が」

 「は……はぁ……」

 「ありませんよ、そんなもの」


 彼は真っ直ぐにこちらを見て言った。

 相変わらずの無表情のまま、彼は冷めきった目つきで言葉を続けた。


 「我々の認識し得る限りでお話すれば、そんなものはどこにもないんですよ」

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