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wink killer  作者: 優月 朔風
第8章 少女と「少女」
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第84話 覚悟がなかったから

 ――数時間前。

 神崎花は、今日も部屋の明かりを消したまま、布団の中にこもっていた。

 スマートフォンの明かりだけが、彼女の顔を青白く照らす。


 あの日から、彼女は学校に行くことができなくなっていた。


 十分な睡眠が取れず、まともな食事さえままならず。

 髪の毛はボサボサになり、目の下には紫色の隈が出来ていた。


 手元の画面をスクロールしながら、彼女はあるところでその指を止める。

 彼女の視線の先には、未玖と満咲がアイスクリームを囲んで笑顔で写っている写真があった。


 「未玖……」


 彼女の視線が、蒲田未玖の方に釘付けになった。

 何故だか分からないが――写真の中のその笑顔から、目を離すことができなかった。


 彼女の背中に嫌な汗が流れた。

 悪い予感が脳裏をよぎった。


 ――その笑顔が、不気味に見えて仕方なかったから。



 気がつけば、彼女は布団から抜け出ていた。

 部屋の明かりをつけ、服を着替える。


 どこからか、急げ急げ、と強迫する声が聞こえた気がした。

 彼女は玄関にあった傘を乱暴に掴み取り、勢いよく家を飛び出した。


 「満咲……!」


 何かが起きる気がしてならなかった。

 背筋を這うような悪い予感が、彼女を急かす。


 写真に写っていたあの店。

 あれは、彼女達がよく放課後に行っていたあの場所だった。


 どこか遠くの方でゴロゴロと雷の鳴る音が聞こえた。

 アスファルトの歩道を走りながら、空を見上げると、どんよりとした灰色の雲が一面を覆っていくのが見えた。


 重苦しい空模様を眺めて、彼女はふと思った。

 あの日も――永美が死んだ日も、今日と同じような天気だった、と。


 「急がなきゃ……!」



 目的の場所まで急ぐ彼女の脳裏に、以前の友人の台詞が思い浮かぶ。


 《今日の放課後、未玖と話つけてくる。もし私が死んだら、私は未玖に殺されたってことだから》

 《……別にもう、信じてもらおうとは思ってないけど》


 永美は死の直前、花にそう言っていた。


 《あっそ。……言いたいことはそれだけ?》


 しかし、あのときの彼女は聞く耳を持とうとしなかった。


 《あんたが私のことどう思っていようが、私はあんたを正義感の強い人間だと思ってるから》

 だから、顔を背けた永美の言葉が少し震えていたことに、気がつかないフリをした。


 《私だって……未玖のこと、信じたかったよ。でも》

 だから、今にも泣き出しだった永美の表情に、気がつかないフリをした。


 《誰が何と言おうと、私は自分の正義感だけは、曲げたくないと思ってるから》


 プライドの高い永美が初めて見せるその表情に、動揺しなかった訳ではなかった。

 それでも花は、友人の言うことを受け入れられなかった。

 ――()()()()()()()()()()


 だから、花は――


 《永美は大事な友達だから……また皆で、一緒に過ごせるようになりたい。それが、私の願いだよ》


 未玖の言葉に(すが)った。


 《あんたの真っ直ぐなところ、あたしは好きだよ》

 《永美に何言われても、気にしないでさ。あんたが泣きそうになったら、あたしらのこと頼っていいんだからね》


 彼女は心中の不安を誤魔化すようにして笑った。


 永美の言葉を、未玖の言葉で塗り替えるようにして。

 花は、未玖の言葉だけを信じることにした。


 覚悟が足りなかった彼女は、

 自分にとって都合の良い部分だけを盲信したのだ。



   ――そしてその日、永美は死んだ。



 ポツポツ、と雨が降り出した。

 花は手に持った傘を強く握ったまま、走る足を加速させた。


 彼女の頬を一粒の雫が伝っていく。

 喉の奥に、むせ返るような熱いものが込み上げた。


 彼女は思った。

 どうしてあのとき、永美の話をもっとちゃんと聞いてあげられなかったのだろう、と。

 自分は都合の悪いことから逃げていただけだったのだ、と。


 (そのせいで、永美は……っ)


 走る彼女の頬に、いくつもの熱い涙が零れていく。

 溢れた涙は頬を伝い、向かい風を受けて耳元へと流れていった。


 涙を流しながら、彼女は嘆く。

 あのときもっと永美の話を聞いてあげられていたら、と。

 もっと、友達を――未玖を、疑っていれば、と。


 どれだけ後悔しても、永美は戻ってこない。


 ――それでも。


 「満咲……アンタだけは絶対に……!」


 顔が、身体が、冷たい雨粒に打ち付けられていく。

 花はグッと歯を食いしばり、前方を睨みつけた。


  ☆★☆


 行列のできたアイス店の前に着くと、ちょうどそこから、花のよく見知った顔が二人出てきた。

 様子をうかがいながら、彼女達の後をこっそりとつけていく。

 そして、トンネルの中で花が目撃したのは、驚くべき光景だった。


 「須川……!」


 須川のことは噂に聞いたことがあった。

 見た目こそ大人しそうに見えるが、キレると手がつけられなくなるのだ、と。

 トンネルの入り口付近で息をひそめて隠れていた花は、その一部始終を目にしつつも、こわばった身体を動かすことができなかった。


 須川が満咲を傷つけようと刃を向けた瞬間も、花はただ見ていることしかできなかった。

 満咲を助けなければ――そう思ってここまで来たのに、

 手が、足が、まるでコンクリートで固められたように動かなかった。


 しかし次の瞬間、彼女は驚くべき光景を目のあたりにした。

 未玖が満咲を庇うようにして、代わりに自らを傷つけたのだ。


 「どうして……」


 未玖の顔がわらっていた。

 まるで()()()()と同じ笑顔だ、と思った。


 そのとき、何故あのとき写真の彼女の笑顔が不気味に思えたのか、分かったような気がした。


 「…………!」


 ――口角を上げて嗤う彼女の瞳に、一切光が灯っていなかったから。


 次の瞬間、須川優が崩れ落ちるようにして地面に倒れた。

 花は何が起こっているのか分からないまま、トンネルの入り口で息を殺し、ひたすら――震えていた。


 彼女の中で、嫌な予感が確信へと変わった気がした。


 トンネルの外へと向き直る。

 荒い呼吸を抑え、目を瞑り、ゆっくりと天を仰いだ。

 傘にあたる雨音が、次第に強くなっていく。


 近くで雷が落ちたような大きな音が、辺り一帯に響き渡った。


 確証はない。

 それでも、彼女には確信があった。


 ――あれは恐らく、「死」なのだろう、と。

 そして、蒲田未玖こそが……


 震える花の耳に、満咲の弱々しい声が入り込む。


 「須川さん……どうしちゃったのかな……?」


 次に聞こえてきた未玖の声は、今までに聞いたこともないほどに――冷たい声だった。


 「……死んだわ」

 「な……なんで……。どうして……」

 「『どうして』って……あなたも本当は分かっていたんでしょう?」


 そして、次の言葉が耳に入った瞬間、思わず花の呼吸が止まった。


 「私が殺したからよ。『永美』ちゃんのときと同じように……ね?」



 花の目の前が真っ暗になった。

 黒くて重たい絶望が、彼女の肺を侵食していく。


 ずっと避けていた事実。

 信じたくなかった真実。


 でもそれは、彼女の中でようやくはっきりとした答えとなった。


 ――やっぱり永美を殺したのは、蒲田未玖(あいつ)だったのだ、と。


 《永美は大事な友達だから》

 《また皆で、一緒に過ごせるようになりたい》


 花の中で、そう言って微笑む未玖の笑顔が崩れていく。


 《そういうあんたの真っ直ぐなところ、あたしは好きだよ》

 《あたしらはあんたの味方だから》


 頭の上から血の気が引いていくのが分かった。

 少しずつ取り戻した呼吸は、コントロールができないほど荒くなっていく。


 《もし私が死んだら、私は未玖に殺されたってことだから》


 「ごめん……永美」


 死んでいった永美の言葉が、花の頭の中で反響する。

 花は涙の混じった小さな声で、何度も謝った。


 《……別にもう、信じてもらおうとは思ってないけど》


 「ごめん……アンタを信じなくて、ごめん……!」


 《私だって……未玖のこと、信じたかったよ。でも》

 《誰が何と言おうと、私は自分の正義感だけは、曲げたくないと思ってるから》


 「ごめん、ごめん、永美ごめん……っ」


 後悔と絶望が、彼女を埋め尽くしていく。

 しかし、どれだけ謝ったところで永美が戻ってくることはない。

 もう二度と――。


 彼女は天を仰いだまま、静かに涙を流した。

 思わず漏れ出しそうになる声を手で抑えながら、彼女は思った。


 自分に未玖を疑う覚悟がなかったから。

 自分が蒲田未玖の言葉に縋ってしまったから。


 《永美は大事な友達だから……また皆で、一緒に過ごせるようになりたい。それが、私の願いだよ》


 ――あの連続殺人犯の、優しい言葉(うそ)に。



 そして、トンネルの中から聞こえて来た声に、花は全身の毛が逆立つような恐怖を覚えた。


 「そこにいるんでしょ……『花』ちゃん?」



予定より少し増えましたが、第94話で前半は完結します。

残りは毎日更新とし、一気に上げ切ってしまう予定です。

宜しければあと少し、お付き合いくださいませ。

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