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wink killer  作者: 優月 朔風
第8章 少女と「少女」
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第81話 狂気の邂逅

 気候も本格的に寒くなってきたこの時期には、制服にマフラーを巻く学生が多くなる。

 時刻は夕方を迎え、街の中には学校帰りの学生が増えていた。


 そんな中、肩を並べて歩く二人の高校生がいた。

 男子生徒は女子生徒よりも少し背が高く、並んで歩く二人の姿は傍からでも微笑ましく見える。

 二人は他愛もない会話を繰り広げていた。

 そんな折、男子生徒は女子生徒の顔をじっと見つめてから、安堵が溢れたかのように緩やかに微笑んだ。


 「蒲田さんが元気になって本当に良かった」


 彼はそう言ってにこりと笑った。

 女子生徒も彼の顔を見て、同じようにしてにこりと微笑む。


 女子生徒は前を向いて、推しのタピオカアイスの店があるのだ、と再び他愛もない話を始めた。

 彼女は楽しそうにしていた。

 彼は隣にいる彼女を眺めながら、一人物思いに馳せる。


 そう、あれは――彼女の友達が事故に遭って亡くなった日のことだった。


 クラスメイトの門田永美は、人一倍優秀で皆の人気者だった。

 彼と幼馴染の神崎花は永美と仲が良く、一緒にいる未玖や満咲の話を含め、いつも彼に友人達の話をしていた。


 《まっさるー! みてみて、永美がね、あたしにキーホルダー作ってくれたの! めっちゃ綺麗じゃない?》

 《未玖がまた再試に引っかかってさー。しかもこれが、自分の誕生日に! アイツらしいよね~》

 《聞いて将~。満咲がね、また学校来られるようになったんだよ! 本当に良かったわ~》


 高校に入って、心を許せる大切な仲間ができたのだ、と。

 彼女はいつも嬉しそうに、友人達のことを彼に話していた。


 そんな彼女が、ある日を境に門田永美の話をしなくなった。

 それからは、彼女達が門田永美と一緒にいるところを見かけなくなった。


 一体何があったのだろうか――それが気にならなかったわけではなかった。

 あんなに仲間を大切にしていた幼馴染は、門田永美を毛嫌いしているようだった。


 それから、文化祭の準備で未玖と一緒に過ごすことが多くなった彼は、彼女とよく話をするようになった。


 《まぁ、花ちゃんは一度決めたらやり通すタイプっていうか……あんまりやり方を考えないところがあるからね》

 《はは、確かに。でも……やり方はどうであれ、花が私のことを想ってやってくれていることは分かるから》


 少し強引なところがある花のことを、以前、彼女はそう言っていた。

 彼女と話をしていくうちに、彼は、彼女が心の優しい人間なのだと思った。


 勇気を出して話しかけてみて良かった、と思った。

 それまで、幼馴染の花を除き、女子に対して恐怖心を抱いていた彼にとって、それを感じさせない彼女は安心できる存在だった。


 彼女といると心が落ち着くのが分かった。

 時々変な独り言を呟いている、少し変わっていて面白い、優しい彼女に――彼は次第に心惹かれていった。


 それまでの彼は、女子は怖いものなのだと思っていた。


 常に相手の顔色を窺わなければならず、相手が機嫌を損ねたら、自分が悪くなくても謝らなくてはならない。

 でないと、相手がさらに厄介になるから。


 殴る、蹴る、でもこちらからそんなことをすることはできない。

 我儘で、いつも自分のことを否定する。

 でも自分が否定されると、癇癪(かんしゃく)を起こして殴る、蹴る。


 女子とは、そういう生き物なのだと思っていた。


 でも、蒲田未玖といると不思議と落ち着くのだ。

 彼女は自分を蹴らないし、自分を否定しない。

 彼女といると、自分を認めてもらえているような、そんな気がした。


 だから、彼女が困っていたら助けてあげたい。

 自分も彼女の力になりたい――そう思っていた。


 それは――門田永美が事故に遭って亡くなった日のことだった。


 その日以来、花も未玖も、学校に来なくなった。

 彼は幼馴染の花に何度も連絡した。

 しかし、花にいくら連絡しても、繋がらなかった。

 彼は満咲に尋ねた。しかし、未玖も連絡がつかないのだという。


 《蒲田さん……どうしたら……》


 彼女がずっと思い悩んでいたことは知っていた。

 そして、その悩みが門田永美のことであることも、彼には何となく分かっていた。


 彼女の力になりたい。

 直接できることはなくても、相談に乗ってあげたい。


 心の優しい彼女が、全部一人で抱え込んで潰れてしまわないように――


 ――そう、思っていたのに。


 彼は自分がどうしようもなく無力であることを思い知った。

 彼女の家も、連絡先も。何一つ知らない彼にできることは、せめて神に祈ることくらいしかなかった。


 自分の不甲斐なさを噛み締めつつ、彼女の無事を祈る日々が続いた。

 そして、一週間ほど経った日のこと。


 彼女は教室に現れた。


 《蒲田さん……!》

 《……おはよう、神峰君》


 彼女はそう言ってにこりと微笑んだ。

 その笑顔が今までと変わらない、優しい彼女のものだと分かり、彼は胸をなでおろした。


 彼女が無事で良かった――心から、そう思った。


 《本当に良かった。君が来られるようになって》

 《神峰君……》

 《君が……何もかも、一人で抱え込んでしまっているんじゃないかと思ったから》


 彼は目の前に彼女がいることに安堵し、思わず零れ出そうになる涙をグッとこらえた。


 《ありがとう、心配してくれて》


 彼女は柔らかく微笑んだ。

 その優しい笑顔が、彼の心の中に温かく染み渡った。


 《僕で良かったら相談とか乗るから、何か困ったら……》

 《神峰君に、話したいことがあるの》


 その日の昼、彼は校舎の屋上で彼女と話をした。

 彼女は一週間、自分を責め続けていたのだと言っていた。


 《あの日、私永美と話したんだ。花と仲直りして欲しいって。でも、ケンカしちゃった》

 《あれが永美と話せる最後だったのに、どうしてケンカしちゃったんだろうって……ずっと悩んでた。苦しかった。でも……》


 彼女は笑って続けた。


 《私がどんなに悩んだって、永美は天国で幸せになれないと思ったから》


 もう乗り越えたのだ、と言って微笑む彼女の表情の裏に、どこか陰が隠れているような気がした。


 《神峰君、告白の返事ずっと待たせてごめんね》


 風になびく彼女の栗色の髪が、切なげに揺れていた。

 このとき初めて、彼は、彼女の笑顔がどこか儚く、脆いものに感じたのだった。

 このとき初めて、彼は、彼女がどこか遠くにいってしまったような気がしたのだった。



 「神峰君、ちょっと聞いてる?」


 気がつけば、彼はとある店の行列の中にいた。

 彼女はマフラーに顔を埋めながら、ジトリと彼のことを睨んでいた。


 「神峰君、何か別のこと考えてたでしょ?」

 「蒲田さん……」

 「タピオカ、早く決めないなら私が神峰君の分も勝手に決めちゃうよ?」


 彼女は意地悪そうにクスリ、と笑ってから「冗談だよ」と言って、持っていたメニューを彼に渡す。

 彼女の言ったことがあまりにも図星だったので、彼は誤魔化すように笑いながら、再び、二人は他愛もない話をした。


  ☆★☆


 放課後のデザートを食した二人は、再び街の中を歩いていた。


 「まさかいつものアイス屋にタピオカアイスなんてメニューが加わるなんて、思ってもなかったよ」

 「蒲田さん、いつもあそこ行ってたの?」

 「ふふ、まあね。皆でよく行ってたんだ、あそこのお店。試験の点数が良かったときとか」


 彼女は「まあ、いつも私が足引っ張ってたんだけどね」と笑って付け加えた。


 「でも、蒲田さん最近成績良いよね。この前の小テストも満点だったし」


 彼の言葉に、彼女は小さく微笑んでから、遠くを見つめて言った。


 「今までの私は、自分ができないと決めつけていたから」

 「そ……それでも凄いよ、蒲田さんは」

 「……あれ、将? 将だよね?」


 突如後方から聞こえてきた声に何事かと振り返ると、そこには同じ制服を着た女子高生が一人。

 長めの黒髪を両耳元で結んで垂らした女子がそこにはいた。

 垂れ下がった細い眉。ニコリと微笑む薄い唇。

 どこかで見覚えがある、と彼女は思った。確か、別のクラスの……


 「(ゆう)! 何でここに……」


 彼の声を聞いて、彼女は目の前にいるのが同じ学年の須川優(すがわゆう)であることを認識した。

 一方の彼は、突然の彼女の出現に驚いて固まったまま、口をパクパクとさせている。


 「何でって……たまたま将のこと見かけたから、話しかけようと思って」


 須川優はそう言ってニコリと笑った。

 しばらく二人の会話が続いたのち、須川の目が未玖の方へと向いた。


 「……彼女?」


 須川は笑顔のまま、小首を傾げて彼に尋ねた。

 彼がきまりが悪そうに頷くと、須川はにこやかに笑みを浮かべたまま未玖に言った。


 「こんにちは、蒲田未玖さん。私、同じ高校の須川優。一応、将の元カノなんだ」

 「こ……こんにちは」

 「早速だけど、あなたと二人きりで話がしたいの。いいよね、将?」

 「えっ、いや……う……うん」

 「じゃあそういうことだから、また今度ね、将。いきましょ、蒲田さん」


 そう言うと、須川は未玖の腕を掴んで歩き出した。

 大人しそうな見た目とは正反対の強引な須川に、彼も彼女も、抵抗することができなかった。



 少し歩いて人混みを離れたところで、須川は立ち止まって彼女の腕を離した。

 突然の出来事に戸惑う素振りを見せる彼女に構わず、須川はニッコリと笑って言葉を続けた。


 「私、蒲田さんとお友達になりたいの。だから連絡先、交換しよ?」


 ついでにSNSも教えて、という須川に、未玖は素直に従った。

 須川は終始、顔に笑みを貼りつけていた。


 ――不気味な笑顔。

 未玖は吐き捨てるように心の中で呟いた。


 未玖の瞳に影が映る。


 それは、酷く澱んだ空気。

 須川優の周りを渦巻く、どす黒い(もや)


 「へぇー、蒲田さん写真とか全然上げないんだねー」


 須川は顔面から笑みを消し去り、携帯画面を物凄い速度でスクロールしながら、まるで棒読みのセリフを吐いた。

 画面の光が映り込んだ須川の瞳が、まるで妖怪のように、ギョロギョロとしきりに動いている。


 しばらくの間須川が携帯画面を眺めていると、神峰将が走ってこちらにやって来た。

 彼は息を切らしながら、誤魔化すように「やっぱり、君を帰りに送ってあげようと思ってさ」と言って苦笑を浮かべた。


 須川はスマートフォンを鞄の中にしまうと、再びにこやかな笑みを浮かべた。


 「じゃあまたね、蒲田さん。仲良くしましょ」


 須川は神峰にも別れを告げると、その場を去っていった。

 彼は普段の運動不足のせいなのか、依然としてゼエゼエと息を切らしながら、彼女に尋ねた。


 「か、蒲田さん、その、あいつに、何か……変なこととか、言われなかった?」


 彼女は少しの間沈黙していたが、やがて黙ったままコクリと頷いた。

 すると、彼はホッとした表情で「良かった……」と呟いた。


 「あいつ、危なっかしいところがあるんだよね。何するか分からなくて、ちょっと怖くてさ……」


 その後も、彼はしきりに「良かった」と呟いていた。

 安心したように穏やかな表情を浮かべる彼だったが、

 一方の彼女は、先程目の前に映った光景が頭から離れなかった。


 あの女の。あの忌々しい、「悪意」が。

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