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wink killer  作者: 優月 朔風
第3章 転送と成仏
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第6話 ミタと成仏

 幽霊の少年が未玖に憑くようになってから数日後。

 あれからというもの、奴はすっかり未玖にべったりくっついていて、一方俺に対しては終始生意気な態度を取ってくる始末であった。


 蒲田未玖という人間に、幽霊と死神が一人ずつ。

 こんな奇妙な光景は、全国を探しても彼女一人しかいないだろう。


 そして、この状況がいつまでも続くとなると、正直困る。

 何故なら、このままでは……未玖の部屋でテレビを見ることができないからだ。


 《ただでさえミタ一人でもやかましいんだから、家にいる時くらい集中させて》


 成仏するまであいつを構ってやると言った当の本人は、何が楽しいのか今更何をやっても意味のない勉強を始めるし、その結果あいつのお守りは俺の役目に回ってくる。

 しかし、あの生意気なクソガキが俺になつくことはあり得ず、家でテレビを見られないどころか、俺の心労ばかりが増えていく。


 (未玖の好きにしたらいい、とは言ったけど……思ったより「俺が」大変だな)


 そんなこんなで、現在ようやく休日を迎えたところだ。

 俺達は今、先日のアイスクリーム店に向かっている。


 何故アイスクリーム店に向かっているのかといえば、話は昨日の夜に遡る。


 《そういえば、君はあの時どうしてあのお店にいたの?》

 何かの手掛かりになるかもしれないから、と言っていた未玖が少年に尋ねたところ、少年は少し照れくさそうにして答えた。


 《実は俺……アイスクリームって食べたことなかったから》

 食べることは叶わずとも見るだけでよかった、と語る少年の頭を未玖が優しく撫でるので、思わずムッとする。


 《未玖、騙されるな、そいつは演技だ》

 《はん、これは本当なんだよ、バカ死神》

 《お……お前、また馬鹿って言ったな? 馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ、馬鹿》

 《ミタ……子供じゃないんだから……》


 そしてそのまま、少年にアイスクリームを食べさせてあげようという流れになったのだ。

 断じてムカつく流れだったが、奴を成仏させてやらなければ未玖の気が収まらなさそうだから、仕方がない。


 そんなとき――前回の俺の事件のように、幽霊のあいつにこっそりとアイスクリームを分けようとする不器用な未玖の姿が思い浮かんだ。

 口以外の場所にべったりとアイスをくっつける奴の顔が容易に思い浮かび、束の間、日頃の鬱憤が晴れる。


 しかし、クーラーボックスに入れて持ち帰るという未玖の案が採用されたものだから、なお解せない。が、仕方がない。



 そして、時は現在へと至る。


 「俺も、アイス食べたい。未玖、俺の分まで奢ってくれ」


 あいつだけが得をすることなど許さん。これぐらいのことがなければ、釣り合いが取れないはずだ。

 ――それに、前回は食べ損ねたし。


 「ミタの分まで買ったら、私お金なくなっちゃうよ……」

 「えっ……」

 「ああもう、そんな落ち込まないでって」

 「べっ、別に落ち込んでなんかないだろ? たっ、ただ、この前の事件を俺は忘れたわけじゃないからな!」

 ほっぺに付いたアイスはべとべとで全然美味しくなかったし、俺はあの時からリベンジを固く決めていたんだよ。


 すると、未玖は小さくため息をついてから、

 「分かった。じゃあ、私と半分にしよ?」

 というので、俺はむくれながらも、「抹茶(前回のリベンジ)がいい」と呟いた。


 「しかしアレだな、お前アイス食べたことないんだな」

 俺が少年に「本当はずっと食べたかったのかよ」と尋ねると、奴は案の定俺に食って掛かってくる。


 「ふん、お前だって食べたことないくせに、エラそうなこと言うな」

 「なっ、何で分かんだよ」

 こいつ、エスパーか?

 「うわっ、本当に食べたことないんだ! うわー、大人なのに、だっさー」

 大人だから当然ってわけじゃないだろうけど、その言い方、ムカつくな?

 「まあまあミタ、この子はまだ子供なんだし……」


 未玖がなだめるので、少年はこちらを睨んで未玖の後ろに隠れた。

 三人の間で、完全に未玖が母親ポジションを確立していたことは言うまでもない。


 しばらくして目的地に到達した俺達は、少年の分と、俺と未玖の分、計二つのアイスを購入してから、クーラーボックスにそれらを詰め込み、再び未玖の家へと帰宅した。


  ☆★☆


 家に着いた俺達は、早速クーラーボックスを開けた――。

 「うわあ……キンキンに冷えてるよ」

 未玖がそう言うので興味が沸いた俺はクーラーボックスの中身を覗き込もうとしたが、ちょうど同じことを考えた少年と頭同士がぶつかった。

 少年が「いたいな」と言って睨むので、「生意気なクソガキ」と言おうとしたが、そろそろ怒るのも面倒くさくなってきたので、小さな舌打ちだけで済ませた。


 「じゃあ食べよっか」

 私はクーラーボックスの中から、そっとアイスとスプーンを取り出す。

 かの生意気な少年は、瞳をキラキラさせて、じっとアイスを見つめている。


 (こいつ……こういうときは純粋な子供なんだよな)


 ずっとこんな感じで素直でいてくれれば楽なのに、という俺の思いは、「お前には俺の分わけてあげないぞ、死神」というかの少年の言葉であっさりと打ち砕かれる。


 先程までクーラーボックスに入っていたそのアイスは、以前店の中で見たものと全く同じ質を維持していた。

 濃い緑色が、濃厚な抹茶の味わいを表現している。その緑の海に、俺は一口、スプーンを差し込んだ。

 そして、やっとの思いで食べた一口目は――


 「……うまい」


 以前頬にべっとりとついた人肌の甘ったるい感覚とはかけ離れたひんやりとした上品な甘さが、口の中いっぱいに広がった。

 これがアイス。なるほど、これは病みつきになるわけだ。


 俺が夢中になって食べているのを未玖が「私の分も残しておいてよ?」と牽制する一方、

 幽霊の少年はじっとしたままアイスを見つめていた。


 「あれ? 食べないの?」

 未玖が尋ねると、少年は照れながら顔を上げた。


 「俺……初めてアイスが食べられるんだって思ったら、緊張してきちゃって……」

 いや、普通緊張しないだろ。

 「いいから早く食べろよ。まさか緊張して食べられないのかよ? だっさー」

 「な、何だよ! 今から食べるんだよ、今から!」

 「ミタ……大人げないよ……」

 未玖、何か俺にだけ風当たり強くない?


 少年がスプーンで小さくアイスをすくい、小さな口にアイスを一口運ぶ。

 すると、生意気だった少年の顔には無邪気な笑顔が広がった。


 「お……おいひい……ひんやり冷たくておいひいよ、おねえひゃん」

 そう言うと、少年は頬に手をあてて目を瞑った。


 未玖が「可愛い!」と叫びながら少年の頭を激しく撫でる。

 俺は「絶対演技だろ」と思ったが、もう色々と面倒くさくなってきたのでツッコむのも止めておいた。


 そろそろ少年が俺のことを罵倒してくるタイミングかな、と思いチラリと少年を見やる。

 しかし、少年が浮かべていた表情に、俺は一瞬驚きを隠し得なかった。


 てっきり生意気な顔で俺のことを睨んでいるだろうと思っていたのだが。

 少年は――ぽろぽろと大粒の涙を流していた。


 「おねえちゃん、おにいちゃん……ありがとう……」


 少年は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、震えた声でそう言った。

 未玖は頭を撫でる手を止め、同じく驚いた表情で少年のことを見ている。


 その瞬間、少年の身体全体が淡い光に包まれ、キラキラと輝き出した。

 少年の頭に載せられていた未玖の手はすり抜け、少年の身体はまるで幻影のように、触ることができなかった。


 「ミタ、この子……何で光ってるの……?」


 少年の内側からはキラキラと光が溢れ、次第にその輪郭が薄くなっていく。

 俺はアイスを食べていた手を休めて、答えた。


 「そいつ……成仏するんだよ」

 「成仏……」

 「きっとそいつはもう、こっちの世界への未練がなくなったってことだろ」

 「未練が……」 


 少年は温かい光に包まれながら、穏やかな表情を浮かべていた。


 「おねえちゃん……死神のおにいちゃん……。俺、やっと天国に行けるんだね……」


 少年は泣きながら笑顔を浮かべ、ゆっくりと言葉を紡いだ。


 「俺……短い間だったけど、楽しかった。アイス、本当に美味しかった……二人とも、本当にありがとう」


 そう言うと、少年は涙を浮かべたままにっこりと笑った。


 「私も……私も、本当に楽しかったよ……!」


 相変わらず泣き虫の未玖が、一緒になって泣きながら笑った。


 二人とも、なんて顔して笑ってるんだよ。

 人間は本当にしょうがないな。


 俺は立ち上がり、少年の傍へ歩み寄る。


 「向こうに行っても元気に暮らせよ」


 俺が照れくさそうに頭をかきながら言うと、

 こういうときだけは子供らしく一層泣き声のボリュームを上げるので、俺は呆れたように笑いながら言った。


 「お前、いつまでも泣いてんなよ。男だろ、いい加減泣き止め」


 少年は涙をぐしぐしと拭いながら、嗚咽交じりの声で「うるさい」と答える。

 そして、俺に向かって――最初で最後の笑顔を浮かべて言った。


 「おにいちゃん……おねえちゃんのこと、泣かすなよ」


 少年を包みこむ光は強くなり、その姿はもうほとんど見えなくなってきていた。

 俺は「何を生意気な」と呟いて少年の頭に手を置こうとしたが――。

 小さな幽霊の身体は温かい光に包まれ、俺の手は彼の小さな身体をすり抜けた。


 そしてその瞬間、俺の脳内にまるで白黒映画のような映像が映し出された――。


  ♪♪


 どこかの小さなアパート。

 母親がアイスクリームを買ってきた。


 《おかあさん、何か買ってきてくれたの!》

 《ふふ、あなたが前に食べてみたいって言ってたアイスクリームよ》

 《やったー、ありがとうおかあさん!》


 どこにでもあるようなありふれた家庭は、父親の登場によって崩された。


 《あなた、何するの! きゃあっ!》

 帰宅した父親が母親を怒鳴りつけ、殴り倒す。


 《おとうさん、おかあさんが可哀そうだよ! やめてあげて》

 息子の叫び声は、父親の一言によって掻き消された。


 《お前まで俺のことを馬鹿にするのか、このクソガキ》


 父親に殴られた数は数えきれなかった。

 息子の身体には、無数のあざができていた。


 そんな日々を、何年と過ごしたある日。


 息子は気がつけば、暗闇の中にいた。

 手足は縛られ、身動きが取れない。

 遠くの方から、甘いアイスクリームの匂いがした気がした。


 《おとうさん、おかあさん、どこにいるの》


 息子の言葉は、誰にも届かなかった。

 外の世界の賑やかな音も、次第に遠ざかっていった。


 《おとうさん、おかあさん……》

 《どこにいるの……》

 《寂しいよ……》


 《お腹……すいちゃったよ……》


 意識が遠くなり、箱の隙間からうっすらと差し込んでいた光が消える。

 少年の意識は、深い深い闇の奥へと消えていった。


  ♪♪


 気がつけば白黒の映像は途切れ、俺の目の前には涙をすする未玖だけがいた。


 (今のは……何だったんだ……)


 消えゆく少年の魂に触れた瞬間、突然流れた映像。

 それは、少年の生前の走馬灯に近いもののように感じられた。


 「あの子……幸せになれたかな」

 

 未玖が涙をすすりながら呟く。


 《おとうさん、おかあさん……》

 《どこにいるの……》

 《寂しいよ……》


 《おねえちゃん、おにいちゃん……ありがとう……》


 「なれたんじゃないか? だってあいつ、」


 《俺……短い間だったけど、楽しかった。……二人とも、本当にありがとう》


 俺は小さく笑って答えた。


 「成仏できたってことは、もう寂しくないってことだろ」


 俺の心に、最期に満足そうに微笑むあいつの笑顔が浮かんだ。


 《おとうさん、おかあさんが可哀そうだよ! やめてあげて》

 《おにいちゃん……おねえちゃんのこと、泣かすなよ》

 生意気言いやがって。


 でも、そうだな。

 お前、次はもっと愛情を注いでもらえる親の下に、生まれろよ。



 窓の外はすっかり暗くなり、夜空にはキラキラと輝く星が浮かんでいた。

 俺と未玖はしばらくの間何も言わず、ただひたすら、夜空に浮かぶ星を眺めていた。

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[良い点] レビュー全文 【物語は】 予言ような夢から始まる。物語はその後、学校での日常風景へ。 主人公には数人の仲の良い友人がおり、弄られるようなポジションに見える。しかし、主人公は彼女たちを大切…
[良い点] 繊細な描写に、わかりやすい文章。その上、ユーモアもあって、面白すぎですなぁ。
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