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wink killer  作者: 優月 朔風
第7章 死神の過去
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第69話 高弘は、私の中で一番カッコいい

 それから、数か月の月日が流れた。

 

 季節は冬になり、ここ最近でもひときわ寒い今日は、雪が降っている。

 大学も冬休みになり実家に帰省している俺だったが、今日だけは都会の街並みへと赴く理由があった。


 若者からお年寄り、カップルから家族連れまで――今日の街中は、大勢の人で賑わっていた。

 華やかな音楽、賑やかな鈴の音、道行く人々の笑い声。

 今日はクリスマスイブ――俺は紗英ちゃんと手を繋ぎながら、人生初の恋人とクリスマスのデートを楽しんでいた。


 (それにしても、今日の紗英ちゃんは可愛いなぁ)


 隣を歩く紗英ちゃんは、ちょっと待ってねと言って俺の手を離してから、必死に両手に息を吹きかけて温めている。

 付き合い始めたときよりも少し伸びた黒髪が、手に息を吹きかける度に小刻みに揺れていた。


 ふわふわと降る雪のように白い肌。ほんのりと淡いピンク色が浮かぶ頬。

 小刻みに揺れる黒髪。マフラーに顔を埋めながら、一生懸命に両手を温める仕草。


 まるで小動物のように、必死に生きているかのようなその姿が――何故だかとても愛おしくて、たまらなかった。


 (紗英ちゃん……)


 可愛い。可愛すぎる。

 このまま抱きしめた……


 「ちょっと。高弘? 何ニヤニヤしてるの?」

 「にっ、ニヤニヤなんて、しっ、してないよ!」

 嘘です。しました。ごめんなさい。

 「なんか馬鹿にしてるみたいな顔してた!」

 「そんなことないよ! 紗英ちゃんは可愛いなって思って!」

 これは本当だよ!

 「うぅ……どうせ私のこと小動物か何かだと思ってるんでしょ!」

 「うっ」

 うっ。


 すると、紗英ちゃんは「高弘のバカ! 私だって大動物なんだから!」などと訳の分からないことを喚きながら、俺のさしていた傘から抜け出てスタスタと先を歩いて行ってしまった。


 「ちょっ、待って紗英ちゃん! 傘、傘!」


 そして、その場には傘を持つ俺だけが残され――周囲の視線が突き刺さるのがいたたまれなくなり、俺は急いで彼女のことを追いかけた。


  ☆★☆


 「紗英ちゃん、今日は紗英ちゃんの好きなものを好きなだけ頼んでくれ」


 都会のビル群連なる地区。その地上高くに位置する、高級レストラン。

 この日のために数か月分のアルバイト代を貯金しておいた俺は、男らしいところを見せようと普段のデートでは行かない(行けない)ような場所で昼食――否、ランチを過ごしている。

 窓の外に広がるのは、まるでどこかの展望台にでも来たかのような雄大な都会の景色。

 そんな景色が広がるレストランの窓からは、真っ白な雪がしんしんと地上に降り注いでいるのが見えた。


 「ありがとう、高弘」

 「さあ遠慮なく」

 女子はこういう場所で食事をするのが理想、って雑誌にも書いてあったんだ。絶対に喜んでもらえるに違いない。

 「……あの、一つ気になったんだけど」

 「どうしたの、紗英ちゃん?」

 難しい料理の名前も、テーブルマナーも。下調べは完璧に済ませてあるぞ。

 「その……やっぱり、ラーメンは……その……ないのかな」

 「えっ」

 「塩ラーメン」

 「…………うん」


 俺はしばらくの間、彼女に掛けるべき言葉が見つからなかった。

 二人の間を冷たい風が通り過ぎていった。


  ☆★☆


 昼食を済ませたのち、しばらくの間屋内の様々な店を見て回っていた俺達は、火照った身体を冷やすために外を散歩することにした。

 いささか暖房効果の効き過ぎた屋内の熱気から解放された俺達の身体は、屋外の冷気に包まれ、程良い温度まで冷えていく。


 しばらく散歩をしていたところで、俺達はとある公園に足を踏み入れた。

 降り積もったベンチの雪を払い、俺と紗英ちゃんはゆっくりと腰を掛けた。


 傘をさす俺の右横で、紗英ちゃんは懐かしそうに目を細めて言った。


 「この公園、何だかあのときの公園に似てる」

 「あのとき?」

 「高弘が私に、告白してくれたとき」


 そう言うと、紗英ちゃんは思い出したかのようにクスリと笑って言葉を続けた。


 「あのときの高弘、すっごく眠たそうだったなあ。目の下にすっごいクマがあって、髪の毛も埃まみれで」

 「ごっ……ごめん」

 「どうせ夜中までゲームに夢中だったんでしょ?」

 「えっ」

 「やっぱり。図星だ」


 彼女は「授業中もゲームばっかりだった高弘らしいね」と言って、クスクスと笑う。

 一方の俺は、ゲームなどではなく掃除に夢中だったのだが、紗英ちゃんが笑ってくれているので、思わずつられて笑ってしまった。



 紗英ちゃんと付き合うようになってから、数か月。

 彼女はすっかり心を開いてくれるようになって、笑顔も増えた。


 紗英ちゃんは変わった。

 ときどき素直じゃないところは昔から変わらないけれど、前よりも前向きになって、明るくなった。


 そして、変わったのは彼女だけではない。

 俺も、あのときから前向きになることができた。


 《生きてて……いいんだ……》


 君に告白して、君を守ろうと改めて決意したとき――自分の存在価値が分かったんだ。

 この力が何のためにあるのか。俺は何のために生きているのか。


 《ゼミで一番頭の悪いお前達に構っているうちに、娘や息子みたいに思えてきたからかもしれないなぁ》

 《ぱぱ、だいすき!》


 奪ってしまった幸せの意味は、きっとそこにあるはずだから。

 俺は――彼らに償うためにも、君を守るために生きるしかないんだ。


 「どうしたの、高弘? ぼんやりして」


 紗英ちゃんは俺の顔を覗き込むと、クスリと笑って続けた。


 「さては、エッチなことでも考えていたんでしょ?」

 「ちっ、違うよ!」

 俺は極めて健全なことしか考えていなかったぞ!

 「ねぇ……高弘」


 俺の右横でじっと俺の顔を見つめる紗英ちゃんはそう言うと、大きな瞳をぱちくりとさせた。

 人混みの屋内にいた先程までとはうってかわって、人一人いない公園のベンチに、若い男女が二人きり。


 「紗英ちゃん…………」


 トクン、トクンと心臓の鼓動が加速していく。

 紗英ちゃんの顔が、すぐ目の前にあった。


 ふわりと女の子らしい甘い香りが俺の鼻腔の奥をついた。

 思わず、俺の視線は彼女の唇に釘付けになってしまう。


 発色の良いぷっくりと潤んだ唇は、柔らかくて美味しそうな体貌をしていて――。


  ♪♪♪


 「で、お前どうだった、感想は?」

 「え。何が?」

 「『何が?』じゃなくて。ヤったんだろ、紗英嬢と。で、どうだったんだよ、初めての感想は?」

 「やっ、ヤってないよ!」


 学生食堂にすっとんきょうな俺の声が響き渡る。

 しかし台詞が台詞だったので、我に返った俺は赤面しながらへなへなとその場で座り込んだ。


 「バカ、お前声がでけぇんだよ」

 「す、すまん……三谷」

 「で?」

 「いや……その……手は、繋げるようになったんだけど……。その……まだキスしてなくて……」

 「…………へ?」


 三谷は幻の深海魚でも見るかのような形相でぱっちりと目を開き、つられて口もだらしなくポカンと開いていた。

 それにしてもコイツのこんな驚いた顔、初めて見た気がする。


 三谷はしばらくの間口を閉ざすことができずにいたようだったが、数秒ののち我に返ったのか、ハハ、と笑いながら言った。


 「お前……アレだな。そりゃあ……仏だ」

 「うっうるさい! 俺だって頑張ってるんだよ」

 「もう付き合って結構経つんだろ? キスの一つや二つ、さっさと済ませねーと紗英嬢が可哀そうだぞ」


 そう言うと、三谷は笑いながらハンバーグ定食を頬張った。


 そりゃあ、俺だって頑張ってるんだ。

 だけど、いつまで経っても勇気が出せないまま。


 それに俺は、紗英ちゃんを守れればそれでいいんだ。

 それだけで、十分幸せなんだ。


 だから――


 「クリスマスだ。来週、クリスマスのデートでキスしてこい」

 「…………」

 「紗英嬢に、男らしいところ見せるんだろ?」


 そう言って三谷はニカっと笑ってみせた。


 「……あぁ」


 俺だって、やればできる……はずなんだろうけど。

 こんな俺に――こんな、女子みたいな見た目の奴にキスされても、女の子は嬉しくないんじゃなかろうか……。


  ♪♪♪


 「ねぇ……高弘」

 「紗英ちゃん…………」


 心臓の鼓動は次第に大きくなっていき、耳元で跳ねるようにして鳴り響く。

 紗英ちゃんはぱっちりと目を開いたまま、俺に顔を近づけ――ふと、小さく笑って言った。


 「高弘って、よく見ると女の子みたいなんだね」

 「えっ」


 耳元でガーン、という音が聞こえた。本当にこんな効果音が聞こえることがあるんだ、と思った。


 「可愛い」


 彼女はそう言って、クスクスと笑った。

 嫌われた、と思った。


 「ごっ……ごめん」


 やっぱり、そうだったんだ。

 俺の見た目が女子っぽいから、ずっと嫌だったに違いない。

 本当は隣を歩いているのだって、手を繋いでいるのだって……絶対、嫌だったのに。


 「俺……こんな見た目で、ごめん」


 紗英ちゃんはずっと、我慢してくれていたんだ……。


 「俺、紗英ちゃんのこと守るとか言って、カッコつけて……こんな見た目なのに、その……ごめんなさい」


 紗英ちゃんはしばらくの間、じっと俺のことを見ていた。

 俺のことを見つめる彼女の瞳は、どこか遠くの方を捉えていて――どこか、寂しそうだった。


 これで何度目だろう……紗英ちゃんがこんな顔をしたのは。


 今日のデート中、時折見せる彼女の悲しげな表情に、俺は気がついて気がつかぬふりをしていた。

 だって紗英ちゃんは、いつもその後すぐに――笑ってくれたから。


 「私は、高弘の可愛いところも、優しいところも、大好きだよ?」


 そう言って、紗英ちゃんは照れくさそうにふんわりと笑った。

 彼女の頬が心なしか紅潮しているように見えた。


 「紗英ちゃん……」

 「それに、高弘はいつも、『私のこと守る』『そのためなら何だってする』って言ってくれる」


 ふふ、と笑った紗英ちゃんの表情は、とても嬉しそうだった。

 それはまるで、悲しい心を押し隠すような――温かい微笑みだった。


 「だから高弘は、私の中で一番カッコいい」


 そう言って、紗英ちゃんはにっこりと笑った。



 初めて、誰かに認めてもらえた気がした。

 ずっとコンプレックスだった、俺の容姿。


 《私は、高弘の可愛いところも、優しいところも、大好きだよ?》

 紗英ちゃんは、可愛くてもいいのだと、俺を受け入れてくれた。


 《だから高弘は、私の中で一番カッコいい》


 俺は紗英ちゃんの中で一番なのだ、と言ってくれた。


 ずっと欲しかった言葉。

 大好きな人に言ってもらえた。


 大好きな、大好きな、紗英ちゃんに――


 その瞬間、右頬に柔らかいものが当たった。

 驚いて右隣を見やると、そこには下を向いて恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女の姿があった。


 「たっ、大した意味なんてないんだからね。ただほっぺにキスしたくらい――」


 そのとき、気がつけば――俺の身体が動いていた。


 恥ずかしそうに赤らんだ柔らかな頬を優しく掌で包み、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめる。

 そして、そのままゆっくりと――唇と唇を重ね合わせた。


 (紗英ちゃん……)


 柔らかくて甘い、初めてのキス。

 心臓のトクン、トクンという音が耳元で大きく鳴っていた。


 二人の間を、静かに降る雪達が温かく見守っていた。

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