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wink killer  作者: 優月 朔風
第7章 死神の過去
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第65話 ありがとう

 それから、一か月の月日が流れた。


 俺達は無事試験が終わり、夏休みを迎えた。

 今回は紗英ちゃんを誘って一緒に試験勉強をしようと目論んでいたものの、紗英ちゃんは「あなたから貰った資料があれば一人でできる」と言うので、残念ながら紗英ちゃんと一緒の授業の試験対策は俺一人で行った。


 おかげで不幸にも時間が余ってしまったため、残った時間は単位のヤバい倉元のために費やすこととなった。

 彼女は「私だって一人でなんとかできますし」などとほざいていたが、いつもギリギリで単位をとってきた(時には落としてきた)ヤツの言う台詞ではなく、結局泣きついてきた彼女の勉強の面倒を見てやる羽目になったのだ。


 おかげで倉元は、俺の面倒見た科目については何とか無事乗り切ったようだった(それ以外の科目は知らないが)。

 正直、果たしてあいつがちゃんと卒業できるのかどうか、不安で仕方がない。


 何はともあれ、俺達は無事試験を終え、晴れて夏休みに入ることとなった。


 紗英ちゃんと俺は直接会うことはなかったものの、一日に数回メールでやり取りするようなこともあって、他愛もない話も増えた。


 あのとき――初めて紗英ちゃんが笑ってくれたときから、彼女は少しずつ、ほんの少しずつだが、時折笑顔を見せるようになった。

 授業が終わってからは直接会うことはなくなってしまったが、彼女のメールの文面が少しずつ柔らかくなっていくのが分かった。


 彼女からのメールを待ち、彼女と文字のやり取りをしていくうちに――会えない時間の中で、紗英ちゃんへの想いはますます募っていった。


 そして夏休みに入ってからしばらく経った今日――俺は紗英ちゃんと、約束していたデートの日を迎えた。



 「おっ、おはよう、紗英ちゃん!」

 いや、違うな。今昼だし、朝じゃないし。

 「こんにちは、紗英ちゃん! 今日も可愛いね」

 こんにちはって胡散臭ぇ。大体「今日も可愛いね」なんて、俺には恥ずかしくて絶対言えないだろ……。

 「あっ紗英ちゃん! え、俺? はは、実は俺も今来たばっかりでさ~。まあ、早速行こうぜ」

 よし。これで行くか。


 紗英ちゃんより先に待ち合わせ場所に着いた俺は、現在、彼女が来たときに向けシュミレーションをしている最中である。

 因みに、現時点で待ち合わせ時刻を15分程過ぎているが、そんなことを気にする俺ではなかった。


 それからしばらくすると、人混みの中から慌てた様子の紗英ちゃんの姿が現れた。

 白を基調とした清楚な花柄のワンピースに身を包んだ彼女は、いつもはさらりとおろした黒髪を首から横に流すようにして一つに結わっているせいか、はたまた首元でキラリと輝くネックレスのせいか――普段より少し大人っぽく見える。

 彼女が来た瞬間に、ふわりと女性らしい甘い香りが俺の鼻をくすぐった。


 「ごめんなさい、高弘君。お待たせしてしまって……」

 「そっ、そんなの全然っ。全っ然、大丈夫だから!」


 はは、と誤魔化すようにして笑いながら、俺の視線は彼女の唇へと注がれていた。

 普段はぷっくりとピンク色に膨らんでいる彼女の唇は、今日はいつもより少し赤みを帯び、艶やかに輝いているように見えた。


 (なんか、今日の紗英ちゃん……)


 トクン、と胸の高鳴る音がした。

 いつも可愛いらしい紗英ちゃんが今日は少し大人っぽくて、心なしか心臓の鼓動が早まっていくのを感じた。


 「ごめんなさい、高弘君」

 「本当、全然気にしないで! いやぁ、実は俺も今来たばっかりでさ」

 「本当に……? 私、ものすごく遅れてしまったのに……?」

 「えっ。あっ……いや、その……うん、実はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、待ってたかな!」

 「……ごめんなさい」

 「いや! 紗英ちゃんは何も悪くないから! 俺が早く着き過ぎたのが悪い訳だし!」

 因みに、石見高弘の到着時刻は定刻の少し前である。

 「私、道に迷ってしまって……」

 「うん、いやぁ本当に分かりにくいよねここ! こんな人混みの分かりづらい場所指定しちゃってごめんね」

 因みに、石見高弘は寸分の道も違わずにこの場所に到着している。

 「ごめんなさい、高弘君」

 「ううん、全然大丈夫だから! それより、早速行こっか」


 シュミレーションとは多少違うのではないかと疑問を持たれる方もいるかもしれないが、落ち込む彼女をリード出来たことに関し、俺の胸中は達成感で満ち溢れていた。

 しかしながら当然まだ手をつなぐことの出来ない俺は、人混みの中前を歩きながらチラチラと後ろを振り返り、紗英ちゃんが無事着いて来られていることを確認しながら進むしかなかった。


  ☆★☆


 「紗英ちゃん、はぁ、はぁ……まだ乗るの……? いっ、一回休もうよ……」

 「私、こういうところの乗り物は全部制覇すると決めているの。ほら、行くわよ!」

 「えっ! あっ、は、はい!!」


 紗英ちゃんが「早く!」と促しながらタタっと駆けていくので、俺は日頃の運動不足が解消される思いだった。

 それからついでに、明日の筋肉痛を確信した。



 アトラクションを半分ほど回ったところで、ようやくお昼休憩のためにフードエリアにやって来た俺達は、各々の好みの食事を購入してから席に着くことにした。


 先にホットドッグとポテトのセットを購入してきた俺は、予め決めておいた席に腰を下ろしてから、紗英ちゃんが来るまでの間ぼんやりと一人で考え事をしていた。


 考え事の内容は、紗英嬢の本日のお昼ご飯について。


 それにしても紗英ちゃん、お昼何買ってくるのかなぁ。

 うーん、やっぱりアレか……?

 いや、まさか。ここに来てまでそれを選択することはあるま――


 「お待たせ、高弘君。それにしても……遊園地の塩ラーメンは、どうしてこうも質が悪いのかしらね」


 その「まさか」を選択してきた彼女は、ハア、とため息をつきながらそう言うと、手元に持ってきた塩ラーメンを睨みつけながら俺の前の席に座った。


 「紗英ちゃん、君は……まさかとは思うけど、遊園地に来てまでラーメンを食べるつもりかい?」

 「そうだけど……何?」


 何か問題でも、とこちらを見つめる視線が余りにも真剣そのものだったため、俺は何も言い返すことができなかった。

 それでも、下を向いてラーメンをすする彼女は相変わらず綺麗で、

それに加え、髪の毛を首の横に束ねることによって現れた清潔感のあるうなじが、いつもより心臓の鼓動を加速させる。


 「……やっぱり、学食の方が美味しいな」


 少し口を尖らせながら不満げな表情を浮かべる彼女を見ながら、思わず頬がだらりと緩んでしまう。

 やっぱり、紗英ちゃんは可愛い――そう思いながら、俺の頭の中は彼女のことでいっぱいになっていた。


 「……ポテト、冷めちゃうんじゃない?」

 「えっ、……あっ」


 そして、気がついた頃には、俺の食事には何らかのアクシデントが発生している。


 「そ、そうだよね! ありがとう、紗英ちゃん、ははっ」

 「ポテト、私にもくれる?」


 そう言って小さく首を傾げる彼女の仕草が愛らしい小動物のようで、思わずその場で悶えそうになるのを必死で抑えつつ。

 ついでに、手元のポテトをあーん、と彼女の口に持っていきたい衝動に駆られるのを理性で必死に抑えつつ、俺はポテトの入った袋を彼女に手渡した。


 彼女は一口ポテトを食べると、「ありがとう、でもやっぱり冷えてる」と呟いてから、クスリと笑った。


 「せっかく買ったポテトが冷えてて可哀そう。……私のラーメン、あげても良いけど」

 「えっ、紗英ちゃん?!」

 くれるの?!

 「はい、どうぞ」


 そう言って差し出されたのは、プラスチックの丸い器に入った塩ラーメンと、その上に乗せられた彼女の割り箸だった。


 「お箸……新しいの取ってきた方が良い……かな」

 できれば君のを使いたいな、なんて。思ったりしてみたり……

 「別に……一口くらい構わないけど」

 なんと!

 「そっそれじゃあ、いただきます!」


 緊張して右手が小刻みに震える中、何とかラーメンを(いや、割り箸を)口の中に運ぶ。

 ついに念願の間接キスが叶ったことに大きな感動を覚えつつ、そのあまりの感動ゆえに、正直ラーメンの味などは全くもってして分からなかった。


 「ありがとう紗英ちゃん……。紗英ちゃんって、優しいんだね」


 紗英ちゃんが初めてくれたラーメン。

 ラーメンは彼女の大好物――本当は一口だってくれるのも惜しいはずなのに。

 それに、お箸もわざわざ取ってこなくていいと、そのまま使用していいと言ってくれた。


 彼女の優しさと先程の大いなる感動に喜びを噛み締めながら、俺は思わず零れそうになる涙を堪えた。


 「たっ……大したこと、ないじゃない。別に、そのラーメン美味しくなかったからあげただけだし、おっ、お箸も、わざわざ取ってくるなんて面倒くさいからそうしただけだし。私なんて、優しくなんか……」

 「紗英ちゃんは、優しいよ」

 「そんなこと……ない」


 照れくさそうに俯く彼女の頬が、いつもよりさらに紅潮していた。

 今まで口数の少なかった彼女が、笑ってくれなかった彼女が、いつの間にかこんなに話してくれるようになった――そのことが、彼女との心の距離が縮まったことの証のように感じられて、俺はとても嬉しかった。


  ☆★☆


 すっかり日も暮れて、屋外にあるこの遊園地もすっかり暗い夜の世界に包まれる頃。

 全アトラクションを征伐することを目標としてきた俺達もようやく、最後のアトラクションに辿り着いた。


 「今日はこれで最後ね」

 「はぁ、はぁ……ようやく、これで全部か……」

 「……高弘君、ちょっと疲れ過ぎじゃない?」

 「ごっ、ごめんなさい……」


 君の体力は化け物かい、という台詞を喉の奥に押し込んでから、俺は息を整えることに全力を注ぐ。

 遊園地のアトラクションは全部制覇することに主眼を置く必要はないと思うのだが、改めて彼女の生真面目ぶりに驚きつつ、いつもより大人びて見える彼女の子供っぽい一面に少し笑いが込み上げてくる。


 最後のアトラクションに並ぶ列で、一人じっと案内掲示板を眺める彼女の姿を見ながら、俺は笑って言った。


 「紗英ちゃんって、少し変わってるよね」

 「…………!」


 「そんなことない!」と悔しそうにくしゃっと顔を歪める仕草がやはり子供っぽくて、思わず顔の筋肉が綻んでしまう。


 「なにニヤニヤしてるの? バカにしてるでしょ!」

 「しっ、してないよ!」

 してないよ! ニヤニヤはしたかもしれないけど……。

 「うそ!」

 「うそじゃないよ」

 「うぅ……」


 紗英ちゃんはむすっと押し黙ったかと思えば、「期末試験だって、絶対私の方が良い成績なんだから!」と言って対抗してきた。


 「うん……そうかもね」

 俺、授業中ずっとゲームしてたし。

 「…………」


 頭を掻きながら「ちゃんと勉強しないと、とは思うんだけどさー」と苦笑する俺に対し、紗英ちゃんは俯いたまま黙っていた。

 が、しばらくして、彼女は小さな声でボソリ、と呟いた。


 「……ずっと、言いたいと思ってて言えなかったんだけど」

 「えっ……何?」

 「その……ありがとう」


 彼女は照れくさそうに頬を赤らめながら、目を逸らしたまま言葉を続ける。


 「授業の資料、貸してくれて。こんな私に、たくさん話しかけてくれて。それから――たくさん、その……優しくしてくれて」


 下の方で手を重ね合わせてもじもじとしながら、彼女は「ありがとう」と言って微笑んだ。


 その笑顔はとても穏やかで、その笑顔を見た瞬間――俺の中で温かいものが湧き上がり、広がっていった。

 彼女の言葉が、柔らかい毛布のように俺を温かく包み込んでいく。


 その言葉だけで、もう十分だった。

 その笑顔だけで、俺が紗英ちゃんから貰いたいものはもう十分だ、と思った。


 「俺も……ずっと、君に言おうと思ってて言えなかったことがあるんだ」

 「……なに?」

 「おっ、俺……」


 俺は。

 ずっと君のことが好きだったんだ。


 想いを伝えようとして。

 でも俺には無理なんじゃないかとか。

 俺にはそんな資格ないんじゃないかとか、思ったりした。


 でもやっぱり、俺は。


 ――静かに流す君の涙を見た瞬間、


 初めて君にあったときから、


 《私は、他人を信じられない……他人が、怖いの》


 ――君の弱さを知った瞬間、


 君のことが――


 ――君の笑顔を見た瞬間、


 好きだ。


 《君を……傍で守りたい》


 ――そう、思ったんだ。


 だから――


 「お……俺は……」

 「…………」


 《誰かを好きになったり、誰かに告白したり、そういうことに資格とか必要なのかよ》

 《お前が紗英嬢を守りたいって思うことに、そんな資格、必要ないんじゃねーの》


 三谷の言葉が俺の背中を押す。

 それでも――緊張で気が狂いそうになる。


 「おっ……俺――」



 その瞬間――俺のポケットの中から、携帯電話の着信音が鳴り響いた。


 誰だ……こんなときに。


 「ごっ、ごめんね、紗英ちゃん」

 「…………」


 携帯電話を開く。するとそこには、空気の読めないアイツの名前が表示されていた。


 「倉元……」

 お前、電話は通話料金がかかるからしないんじゃなかったのかよ……。


 どうせしょうもないことだろう、と判断した俺は、そのまま苛立たしげに通話を切り、携帯電話を閉じてからポケットにしまいこむ。


 「ごめんね紗英ちゃん、ちょっと電話が来てたみたいで」

 「もしかして、後輩の子? ……大丈夫なの?」

 「うん、大丈夫大丈夫! こいつ、ホントいっつもどうでもいいことで連絡してくるから」

 「そう……いつも連絡……してるのね……」

 「でも大丈夫、今は紗英ちゃんといる方が大事だから! 全然、気にしないで!」

 「うん……」


 改めて続きを、と思い、俺は再び紗英ちゃんの方にしっかりと向き直る。


 「それで、さっきの続きなんだけど……。お、俺は……っ」


 彼女の目を真っ直ぐに見て、自分の想いを伝える。

 たった一言を口にするのが、ここまで重く感じるとは思わなかった。


 それでも、俺は決めたんだ。

 今日、紗英ちゃんに告白す――


 ――その瞬間、再び、俺のポケットから先程と同じ音楽が鳴り響いた。

 こんなにしつこく掛けてくるのは、アイツしか思い浮かばない。


 「ちょっとごめんね、紗英ちゃん。もう、本当にごめん」


 空気の読めなさもここまでくると呆れを通り越して怒りすら感じてくる。

 荒々しく携帯電話を開き、予想通りの名前が表示されているのを確認したのち、俺は乱雑に応答ボタンを押した。


 「倉元か? ちょっと今忙しいんだ、後にしてくれ」


 どうせ返ってくるのは「え~」とかいった緊張感のないいつものアイツの駄々をこねる声だろう――

 そう思っていた俺にとって、電話の向こうから聞こえてきたものは思いもよらぬものだった。


 「助けてください、先輩……! 私、今……誰かに後つけられてるみたいなんです」

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