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wink killer  作者: 優月 朔風
第6章 少女の秘密と謎
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第52話 キョウハンシャ

 あれから、門田さんは蒲田さんを事情聴取には呼ばなくなった。

 それでも、あの人は諦めずにこの事件を追い続けている。


 僕はそんな門田さんの姿をずっと見てきた。


 門田さんは真っ直ぐな人だ。

 僕が警察に入ったときから、あの人は真正面から「正義」ってものを信じているタイプの人で、僕は単純にあの人のそんな姿に憧れて、最後までこの事件に着いてきた。




 ――のは、全部建前で。

 本当に僕が追い続けてきたのは、あの人の言う「正義」じゃない。


 あなたが見せる「正義」なんだ。


 あなたの「正義」の先に何があるのか、それを僕は見たかった。

 あなたが本当の「正義」だって、僕は最初から気がついていたんだ。ずっと、ずっと――


 だから、僕はあなたをずっと追い続けてきた。

 そして、ようやく辿り着いたんだ。


 あなたという――「救世主」に。



 ふいに、僕のケータイが鳴る。

 僕はケータイをとり、ケータイの画面を見た。

 彼女からの着信だった。


 「やあ、掛けてくれたんだね……蒲田さん」

 「……宮田さん」


 彼女の声は落ち着いていて、そして、とても澄き通っていた。

 彼女は言葉を続けた。


 「宮田さんは以前……私を信じていると言ってくださいました」

 「うん、僕は君を信じているよ」


 電話の奥から少しの間音が消えていたが、しばらくして、再び彼女の声が聞こえてきた。


 「……あなたは、何が正しいと思いますか」


 彼女の声は落ち着いていた。

 それは誰かにすがるようにして答えを求めるような声ではなかった。

 恐らく彼女はその答えを知っていて、そして僕は、その先に何があるのかを見たいだけで。


 あなたは――僕が何者なのかを確かめようとしているだけ。

 最初から僕が信じているのはあなた――「救世主」だ。


 「……僕は堀口祐太に妹を殺された」


 自殺だった。

 妹は結婚詐欺に遭っていた。

 それを僕達は立証することができなかった。


 ちっぽけな事件はすぐに忘れられた。

 けど、僕だけは忘れなかった。

 忘れることができなかった。

 妹を殺したあの男と、この屈辱を。


 そして、僕は警察の求める「正義」に疑問を抱き始めるようになった。

 人殺しを見過ごしにする「正義」なんて、僕の求める正義じゃない。

 僕の求めていたものは――。


 堀口祐太は怪死を遂げたという。

 ナイフを握ったまま死んでいたらしい。


 ああ、僕の求めていた正義はここに存在する。

 警察が捕まえられなかったあいつを殺してくれた人が存在する。

 僕の――僕達の「救世主」が。


 「僕は堀口を殺してくれた『救世主』が、『正義』だと信じているよ」

 「……そうですか」


 電話の奥の声は変わらなかった。

 そして、電話越しにあなたはこう続けた。


 「それなら、あなたは自分の『正しい』と信じることをしてください」


 嬉しかった。

 あなたの力になれるなら、僕は――


 「ありがとう……君はなんだかその、自分の意見がしっかりしているんだね。尊敬するよ」


 僕はふざけ交じりにそう言いながら、声のトーンを落として呟いた。


 「僕もずっと、そのつもりだったんだ……だから君もこの前、笑っていたんだろう?」


 「――僕と門田さんの前で」


  ☆★☆


 暗闇の中。


 彼の絶望に満ちた表情が叫ぶ。


 叫び声は闇に溶け、人の気配がまた一つ、消えていく。



 ドウイノ ナイ コクソヲ シタモノ ハ


 キョウハンシャノ テニヨッテ コロサレル


 ソレガ コノゲーム ノ ルール


  ☆★☆


 暗闇の中で、僕はあの人に電話を掛けた。


 電話の奥の彼女の声はいつものように落ち着いていた。


 「そうですか……門田さんは亡くなってしまったのですね。父も、娘も……」


 彼女は満足しているらしかった。

 僕は彼女の役に立てるだけで、幸せな気分だった。


 そのためであれば、目の前に転がる死体が僕に何を言ってこようが、関係なかった。


 「二人とも正義感の強い、本当に良い人だったのに……残念です」


 電話の奥の声は満足そうに告げた。


 「かわいそうに」


 そう呟いて、電話は途切れた。

 僕は幸せな気持ちになって、そのまま暗闇の奥深くへと進んで行った。


  ☆★☆


 彼女は電話を切ってから、小さく「微笑んだ」。


 「ふふ……『救世主』なんて、存在するはずないのにね」


 彼女の目の前の人物はその場から逃げ出そうとするが、すっかり腰が抜けてしまい力が入らない。

 路地裏の壁にうずくまるその人間を見下ろしながら、彼女は吐き捨てるように言った。


 「私の目に映る『悪意』は消す」


 彼女の目が不気味な赤色の光を放つ。


 「や……やめてくれ……もうしない、しないから、な?」

 「幻は、消し去らなければならないから」

 「何……言ってんだ、お前……?」


 彼は握ったカッターナイフをしまい、震えながら必死に声を出す。

 しかし、彼の喉からは乾いた空気だけが通り過ぎていった。

 かろうじてできるやめてくれ、との懇願も、彼女の耳には届かない。


 「さようなら」


 やがて彼の空しい抵抗も終わり、路地裏には再び静けさが到来した。



 誰もいない廃ビルの屋上に人影が一つ。

 彼女は地面の喧騒を見つめ、ため息を一つついた。


 それから、彼女は真っ青な空を見上げて、静かに呟いた。


 「ねぇ、私が生き返って残念だったでしょ。フフフ、あははは……」


 澄み切った青空を見つめる彼女の瞳には、灰色の雲が映っていた。


 「本当に残念ね…………総督」

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