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wink killer  作者: 優月 朔風
第6章 少女の秘密と謎
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第51話 コクソ、ドウイナシ

 門田永美の父――門田啓介(かどたけいすけ)は、その事実を告げられた瞬間、膝から崩れ落ちた。


 一連の怪死の新たな犠牲者が出た。

 次の事件の犠牲となったのは――自分自身の娘だった。


 もっと早く犯人を特定できていたら。

 犯人を捕まえることができていたのなら。


 自分の不甲斐なさを悔やむと同時に、何もできずにいる警察に憤りを覚えた。

 犯人は今すぐ手に届くところにいたのに。

 どうして自分は――


 どうして、こんなことになったんだ。


 「……お前がやったんだろ」


 目の前で黙秘を続ける女子高生の表情はいつもと変わらず、冷静なままだった。


 異常なまでに冷酷な表情。

 何かを見据えるかのような、落ち着いた、冷たい目。


 ――お前はどうして、そんな顔をしていられるんだ?

 どうしてそんな平気でいられるんだよ。

 人を殺しておきながら……

 俺の娘を殺しておきながら……


 「今回亡くなった女子生徒は、君と親しい友人だったそうじゃないか。……どうだ、友人を殺した気分は」


 蒲田未玖の表情はピクリとも変化しなかった。

 ただ机上の一点を見つめるその瞳は、もはや何も映していないように見えた。


 顔色一つ変えない彼女の表情を見て、門田の拳がぷるぷると震えだす。

 取調室は沈黙に包まれ、次第にピリピリとした緊張感が空気を支配していく。


 「何とか言えよ、連続殺人犯」


 もはやいつものように少しずつ追いつめていく余裕など、彼にはなかった。

 彼の口から、何もかもが零れ落ちるようにして溢れていく。


 「――娘を殺したのは、お前なんだろ?」


 取り繕っていた「刑事」の仮面は剥がれ、彼は怒りを露わにした。

 両手で机を勢いよく叩き、蒲田未玖を睨みつける彼の両目には、涙が浮かんでいた。

 その表情は刑事のものではなく、紛れもなく父親のものであった。


 「俺の娘を殺した気分はどうだ、って聞いてんだよ!」


 取調室に、門田刑事の怒声が響き渡る。


 しばらくの沈黙の後、彼女は顔を上げた。

 彼女は相変わらず顔色一つ変えず、ただ冷静に、彼のことを見据えていた。


 ――こいつ、本当に何も感じてないのかよ。


 《事件の犯人、私分かったよ》

 《もう、いいよ。そういうの……私は、友情で自分の正義を曲げたくない》

 《正しいか正しくないか、それが全てだと思うから》


 犯人が分かった、と言っていた娘。

 おそらく娘は、口封じのために――


 蒲田未玖は一貫して無表情だった。

 動揺することもなく、罪悪感に顔を歪ませることもなく。


 「お前……なんで何も言わないんだよ……」


 蒲田未玖は初めから何も口にすることはなかった。


 彼を見つめる彼女の瞳はどこまでも冷たかった。


 ――どうしてそこまで冷酷でいられる?

 人を殺しておきながら……何故そんな冷静な顔をしていられるんだよ……


 俺の娘はお前のことを信じていたんだぞ。

 お前が犯人じゃないことを信じて、最後まで信じて……

 おそらく、最後まで悩んで……それでも、正義を貫くことを選んで、俺にああ言ったんだ。


 それなのに、お前は……


 「どうして、俺の娘を殺したんだ」


 口封じのために、娘を……!


 「答えろ! どうしてだ!」


 門田は未玖の胸倉を掴み上げ、怒鳴った。

 蒲田未玖はしばらくの間沈黙していたが、ふとぼそりと口を開いた。


 「あなたの娘――門田永美さんなら、事故で死んだと聞いていますが」

 「なっ――」

 「どうやらあなたの頭の中では、私が殺したことになっているようですね」

 「お前……!」


 門田は思わず手の力を抜いた。

 蒲田未玖は悪びれる素振りも見せず、言葉を続けた。


 「『永美』ちゃんが死んでしまって、『私』もとても悲しかったんですよ」


 彼女の瞳はどこか遠くを捉えているようだった。


 「お前……本当かよ……」


 門田は驚きのあまり全身の力が抜けていくのを感じていた。

 彼の口からは乾いた言葉が零れていく。


 「お前……狂ってるよ」


 ――人を殺したら普通は動揺したり、罪悪感を覚えたりするもんだ。

 感情も何もない人間なんて存在しない。

 けど、お前は……

 平気でそんな台詞を吐いたりできるのかよ。


 「お前みたいに人の命を虫けら同然に思ってるような人間はな、この世から居なくなった方がマシなんだ」


 門田は吐き捨てるようにそう言うと、蒲田未玖を睨みつけた。

 すると、彼女は門田を見つめ――初めて、表情を変えた。


 「あなたが何とおっしゃっているのか……私には意味が分かりません」


 その瞬間、門田は背筋がゾクリとするのを感じた。

 全身が凍り付くような感覚に門田の身体は一瞬硬直したが、すぐさま体制を取り戻す。


 彼は再び彼女を睨みつけてから、部屋の後方で待機していた部下の宮田を連れ、部屋を後にした。


 部屋には笑みを浮かべる蒲田未玖と、口を挟むことのできずにいた下谷観月が残された。


  ☆★☆


 もはや、警察は一連の事件を「事故」として処理するには限界が来ていた。


 世間には事件のことを伏せてきた警察ではあったが、相次ぐ不審死に既にネットでは様々な根も葉もない噂が飛び交うようになっている。


 情報規制も限界を迎えているのだ。


 しかし、事件と分かったところで、もはや警察にはなすすべがない。

 証拠がなければ、この凶悪な事件を引き起こす犯人を捕まえることはできない。


 門田永美が死んだ後も、事件は様々な場所で起こった。


 警察は既にこの事件を追うことを放棄し、多くの警察官はこの一連の悲劇的な出来事が止むことをただ願うだけだった。

 しかしそれでも、最後まで諦めない刑事がいた。


 それが、門田啓介だった。


 最初は彼に着いていく志高き刑事達もいたが、そんな部下達も今やこの不気味な事件や犯人を恐れ、今では彼に着いていく刑事はたった一人になってしまった。



 取調室を後にした門田は、忌々しそうに歯ぎしりした。


 「娘を……あいつに殺された……!」


 畜生、と壁を殴る門田の姿を見て、後ろからその部下が声をかける。


 「か、門田さん……もうこの事件を追うの、止めましょうよ」


 彼の言葉を聞いた門田は、絶望をその顔に浮かべて振り返った。


 「何言ってんだよ、宮田……?」


 宮田は彼をなだめるように言葉を続けた。


 「彼女が犯人だって決まったわけじゃないですし……それに、仮に彼女を逮捕できたとしても、僕達では立証することができないんですよ」

 「お前……諦めるっていうのかよ……!」


 門田は充血した目で宮田を睨みつけた。


 「今まであんなに――『絶対に犯人を捜し出す』って言ってたのは、お前だろ? お前だけは、最後まで俺に着いてくるもんだと思ってたのに」


 門田の力強い視線に、宮田は思わず目を逸らした。


 「僕には彼女が犯人だとは思えなくて……だって彼女言ってたじゃないですか、『友達が死んでしまって悲しい』って」

 「何言ってんだよ……。お前だってあいつの目、見てただろ?」


 人を見下すようなあの瞳。

 人を殺すことを何とも思っていないような、あの嘲笑。


 門田は彼女の表情を見たときの底冷えのするような感覚を思い出して、再び寒気がした。


 「あいつの目――次はお前だ、って言ってるみたいだった」

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