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wink killer  作者: 優月 朔風
第5章 友達
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第43話 「正義」

 彼女は笑いながら、私を見下ろしていた。


 「私さ、今まで仮定の話で進めてきたんだけどね――連続殺人事件の犯人があんただってこと」

 「え、永美……?」

 「はは、でもさ、自分で言ったんだから、これでもう確定ってわけだよね。はは、ははは!」


 彼女の勝ち誇った笑みが、とても不気味に思えてならなかった。


 《私は確かに、人を殺した》


 あの時、永美の震えが止まったのは――


 寒気が全身を駆け抜けていく。

 身体にあたる雨粒が大きくなっていった。


 「永美……何で……」

 「『どうして私を騙したの』とでも言いたそうね」


 そう言って私を見下ろす彼女は勝ち誇ったように笑っていたが、その視線はとても冷たかった。

 そして次の瞬間、彼女は無表情で言った。


 「それはあんたも同じでしょ……この『お人好し』野郎」


 彼女が何を言っているのか分からなかった。


 「今更あんたが何を言ったところで、私はあんたを信じない」


 わらっている。


 「人を殺して平然と笑って、のうのうと生きている。そんなあんたの言うことを、誰が信じると思う?」

 「そ……そんな……私は……」

 「所詮あんたは人殺し。ゲーム感覚で私達(ゲームの駒)の命を弄ぶ、連続殺人犯じゃない」


 目の前が暗くなっていく。

 彼女の言葉が私の心臓を貫いた。

 そんな私をあざ笑うように、彼女は笑みを浮かべた。


 「私を騙して地べたを這いずり回らせるために、こんな演技までして、随分と手の込んだ手口よね」


 雨音が強くなっていく。


 「あんたは証拠を残さない連続殺人犯――でも、私達は……正義は、負けない」

 「今日ここに来る前、花に話をつけておいた」

 「私を殺せば、父だけじゃない――確実に、花や満咲もあんたの敵に回る」

 「そうなれば、あんたのゲームは終わる……そうでしょ?」


 彼女の目が、鈍く光っていた。


 「つまり、あんたは私を殺せない」


 彼女の瞳は、どこまでも冷たかった。


 「未玖、あんたは考えすぎるからいけないんだよ……ゲームで巧妙なワナを考え過ぎているから、こうやって足下を掬われる。丸腰で私にひょいひょい着いてきたのが運の尽きね、未玖。まさかゲームの手駒がこうやって仇になるなんて、考えもしなかったでしょ?」


 《ババ抜きはね、考えすぎないことが大事なんだよ?》


 彼女は小さく笑って言い放った。


 「分かる? あんたのカード、今ジョーカーしか残ってないんだよ。だから、ゲームオーバー。ここであんたのゲームは終わりだ」


 その瞬間、彼女に向けられた刃がひどく不気味に光った。

 ただ、そのときの私にできることは、ひたすら――その場から逃げ出すことで。



 雨の中を、走る。

 自分に殺意を向ける友人から逃げるため、ひたすら走る。

 その後ろから、足音がこちらに向かって迫ってくる。


 「はあ……はあ……」


 私は恐怖に押しつぶされそうになり、何とか逃れようとして必死で走った。

 が、突如、私は思わず足を止める。


 「行き止まり……!」


 その瞬間、背後に気配を感じ、後ろを振り返る。すると、そこには――


 「また行き止まりね、未玖」

 「永美……やめて……」


 私に助かる術はない。

 ミタは今、ここにはいない。

 私に助かる術はないんだ。助かる術は……私は……


 「あんたに私は殺せない……あんたはそう言った」


 永美を殺して、生き永らえることなんて……


 「でも、私は――あんたを殺す」


 そう言って、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

 泣いて泣いて、泣き腫らした私の左目には、眼帯はない。


 「なければならない……そう、これは義務だから」


 辺りが少しずつ暗くなっていく。

 彼女は、歪んだ顔で私に言い放った。


 「あんたを殺して、私は自分の正義を貫くんだ」

 「嫌……やめて、永美……!」


 私に向けられたナイフの先が、雨に濡れながらキラリと光る。

 私は震えながら必死で言葉を絞り出そうとするが、足が震えて力が思うように入らない。

 喉から、乾いた呼吸音だけが通り抜けていく。


 「きっとこれが――私のやるべきことだから」

 《私は大切なものを見つけた。それは、私の進むべき道――私の、やるべきこと》


 「この事件で命を落としたのは、堀口君だけじゃない。多くの人が苦しんだ。多くの人が命を落とし、その家族が、恋人が、大切な人を失った苦しみを味わった」

 《私は全ての苦しみの元凶となったあの男を殺すことで、多くの人を救うことができたんだ》


 「人を殺すことを正義ではないと言う人がいるのなら――私はこの殺人鬼を殺すことで、同じように苦しむ他の人達を救い、正義を全うしよう」

 《私は、同じように苦しむ沢山の人の心を救うことができる》


 「だからきっと――これは正しいこと」

 《そのために、私はこの力を使う》


 私を殺そうとする彼女の姿が、私と重なって見えた気がした。

 彼女の振り上げたナイフが、薄い月明かりに照らされて不気味な光を放つ。


 『あなたは死なせない』


 その瞬間、私は――。



 『あなたは私から逃れられない……永遠にね』


  ☆★☆


 「はあ、はあ、はあ……」


 雨の中、未玖はひたすら走った。

 何も考えられなかった。

 ただひたすら、自分の家へ向かって――。


 「あら、おかえりなさい未玖」


 家に辿り着き、未だに震えが止まらない彼女を迎えたのは、笑顔を浮かべる母だった。


 「未玖、そんなに濡れてどうし……」


 母の言葉が終わる前に、彼女は自分の部屋へ駆けていった。

 そんな娘の様子を見ながら、母はクスリと笑って呟いた。


 「あんなにはしゃいで……ふふ、今日は何か良いことがあったのね」



 部屋の明かりもつけず、暗い部屋の隅で、彼女は怯えるようにして縮こまっていた。

 窓に打ち付ける雨音が激しくなっていく。

 時折響く雷の轟音が、部屋を震わせた。


 「わ……私はしてない……私はし、してない……」


 一人きりの部屋の中で、彼女はひたすら呟くように繰り返していた。


 「永美は死んでない。永美は生きてる、いきてる、いきてるイキテルイキテル……」


 暗い部屋の中で彼女はひたすら同じ言葉を繰り返し、

 その間、その隣で死んだようにして眠るミタが目を覚ますことはなかった。

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