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wink killer  作者: 優月 朔風
第5章 友達
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第36話 文化祭本番

 文化祭当日。

 学校はいつもとは違う華やかな雰囲気に包まれ、いよいよ本番なのだということを実感した。


 ああ、本番かぁ。

 でもここまでさんざん花に指導されてきたし、ちょっとは上手くできると良いなあ。

 でも昨日の様子だと、どうかな……。


 私は昨日の自分の演技の出来を思い浮かべてため息をついた。

 いや、自分では上手くいっているつもりなんだけど、いかんせん周りの反応がなあ……。


 「すごいね、文化祭? とやらは。こんなに賑やかなんだね」

 ミタはいつもと違う学校の雰囲気に感心しながら、辺りを見渡していた。

 何だか楽しそうだ。


 「学校の外からもたくさん人が来てるからね~。はぐれないようにしてよ、ミタ」

 「大丈夫……っと、これはわざわざ避けるよりすり抜けた方が早いかも」

 「はは……混んでるもんね」


 人混みの中を潜り抜け、ステージへと向かう。

 私達のクラスの出番まで、あと少し。


 ようやく舞台に到着すると、既にそこには大半の人が着いていた。

 各々自分の台詞を反復したり、少人数で流れを確認したり、と様々だったが、

 何だかいよいよ本番なのだ、という実感が湧いてくる。


 「遅いよ、未玖~。何やってたの」

 「ごめん花、ちょっとトイレ行ってたから」

 「またトイレか。未玖遅いもんね」

 「す……すみません」

 今回は本当にトイレですよ。


 数人はもう衣装を着ていて、劇に集中している。

 ああ、何か少し緊張してきたな。

 でも、村人Qの出番はどうせ一瞬だし、すぐに終わるから大丈夫、大丈夫。


 私が自分を奮い立たせていると、村人の衣装を着た神峰君が私の元にやってきた。


 「蒲田さん! よかった、これ君の衣装だよ」

 「あ……ありがとう」

 わざわざ持ってきてくれたんだ。ありがとう、神峰君。


 「今日は頑張ろうね。蒲田さんなら、練習の成果出せると思うよ」

 彼はにっこりと笑って私を励ます。


 《ずっと、そう思ってたよ。僕は、君のことが好きだから》

 《ごめん、急にこんなこと言っても困るだけだよね。本当ごめん》


 あれから私は、彼の「忘れてくれてもいいからさ」という言葉に甘えて、まだ返事をしていない。

 彼もそんな私の様子を察して、あれからその話は無かったことかのように振る舞ってくれている。


 けど――


 「うん。出せるといいなぁ」

 「大丈夫。だって、たくさん練習してたじゃないか」

 「はは……」


 いつまでもそんな甘えが許されるはずがない。

 彼のためにも……早く、正直に伝えなくてはいけない。


 私は――あなたのような優しい人間が愛する価値のない人間なのだ、と。


 彼と別れ控室に向かおうとした私だったが、その途中で足を止めた。

 先程まで他の人達と台詞合わせをしていた永美が、顔色を悪そうにして部屋を出ていくのが見えた。


 もうすぐ本番だというのに、一体何があったのだろう。

 気になった私は、先程まで永美と台詞合わせをしていたクラスメイトに尋ねた。


 「門田さん? 何か具合悪そうだったから控室で少し休んでるって」

 「本番までには戻るってさ。永美姐のことだから大丈夫っしょ」

 ――本当に、大丈夫なのかな。


 「だよねー。台詞もあんなに長いのに完璧だったよね」

 「気づいてないの? あの長さは異常でしょ。絶対委員長の嫌がらせだって」


 誰かが、気づいてあげないといけないのかもしれないのに。

 本当は永美も、誰かに助けを求めているのかもしれないのに。


 そう思うといてもたってもいられなくなって、私は控室へと急いだ。


 「まじかー。でも門田さん、今日台本持ってきてなかったけど、それで大丈夫なのかなー」

 「バカ、あの姐さんが本番当日にそんなことするわけないでしょ。あれは完璧人間なんだから」

 「はは、確かにー」


 控室へと向かう私の後ろの方から、彼女達の会話が聞こえてくる。


 ――違う。きっと、大丈夫なんかじゃないんだ。

 永美は強いから、一人で全部抱え込もうとして――

 きっと、無理をしているんだ。


 私はもう、知っている。

 一人で全部抱え込もうとする人は――失敗する。


 私の脳裏に、罪悪感に苦しむ私を慰めてくれたミタの姿が浮かんだ。

 弟を失った自分を励ましてくれた友人達の姿が浮かんだ。


 私の周りには、私を支えてくれる人がいる。

 だから、私は一人で抱え込もうとするのをやめた。

 周りの人間を、私を支えてくれる人達を、頼ることにした。


 だから、私も皆を支えたい。

 そしてそれは、永美も同じだから。


 私は急いで控室へと向かった。

 が、その途中――


 「永美!」


 私は控室から出てきた永美に出くわす。

 永美の顔色が先程より良くなっているのを見て、私はひとまず肩をなで下ろした。


 「良かった、もう大丈夫そうなんだね」


 しかし、次の瞬間――

 私は足がすくんで動けなくなった。


 彼女は何も言わなかった。

 ただ一度、私を一瞥してから、私が来た方向へと去っていった。

 その視線が今まで感じたこともないほどに冷たくて、

 私は全身が凍りついていくかのような錯覚に陥った。


 「永美……?」


 (「  」――?)

 (はは、まさか――あり得ないよ……そんなわけ、ないよ……)


 私はしばらくの間、その場で立ち尽くすことしかできなかった。


  ☆★☆


 そして、本番は始まった。

 舞台は学校一のメインホールで、お客さんもそれなりに入っている。

 薄暗いホールの中から明るく照らし出されたステージの上が、舞台袖から見ていても輝いて見える。


 ブザーが鳴り、最初のシーンが始まる。

 私の目はステージに釘付けになっていた。


 それに、皆……すごい演技だ!

 さすが。


 永美のジュリエットはいつも通りの完璧なジュリエットで、

 私は先ほどの永美の様子のことも忘れて、その演技にただただ見入っていた。


 『まあ、なんて素敵なドレスなの、ジュリエット』

 『ありがとう。実はこれわたくしが自分で縫ったドレスですのよ。使用人達と一緒になって色々な案を出し揃えながら布地からデザインまで全てこの季節にぴったりの仕様に作り上げたこのドレス……我ながらなかなか傑作な仕上がりだと思っておりますわ』

 『ま……まあ、すごいわね』


 長台詞を圧倒的な早口でまくしたてていく彼女を見ながら、私はひたすら感心していた。


 「……やっぱり、このジュリエットの破壊力はやばいよね」

 舞台袖で、神峰君が小声で私に話しかけてくる。


 「うん……お客さんも思わず笑っているよ」

 「それにしてもこの台詞を噛まずに言えるなんて、さすが門田さんはすごいなあ」

 「そうだね……凄いや」


 劇が始まる前までは先程の永美の様子が心配だったのだが、この調子なら大丈夫だろう。

 というか、やっぱり永美はすごい。

 舞台の上では、彼女は完全な「ジュリエット」で――私の目にはとても輝いて見えた。


 『君はこの舞踏会の中で一番素敵だよ……とても、輝いている』

 『まあ……素敵なお方――きっとこの方こそ、この私にふさわしいお方だわ』

 『君の声……その無邪気な微笑みはまるで、いたずらな小鳥のようだ』

 『あなたもよ。この私の心を奪っていくお方は今までにいなかったわ。もうあなたしか目に映らないもの――ロミオ、あなたのためなら私は何だってするわ。ええ、私ならなんでもできますもの。たとえあなたがどこへ行こうと……』


 「僕なんか台詞少ないから良いけど、彼女は台詞物凄く多いじゃないか。……やっぱり次元が違うとしか思えないよ」

 「うん」


 やはり、永美は強い。

 臆病な私とは違う。

 いざとなったらできるんだ。


 私はそんな永美に憧れて、

 今まで通りの強く気丈な永美がそこにはいて、

 私は先日の永美の言葉など忘れ、心なしか気持ちが高揚していた。



 そして、私達の出番はやってくる。


 ああ、どうしよう。なんか、予想以上に緊張してきたぞ。

 私の台詞なんて、一瞬の筈なんだけどなぁ……ははは。

 あれ、花がこっち見てる。

 げ、めっちゃ監督みたいなポーズしてる。

 何か口パクで言ってるぞ。

 えーと、い、つ、て、こ、い……行ってこい、か。そして、キメ顔。


 ――ありがとう、花。

 よし、やるぞ! ……って言っても、私ほとんど台詞ないけど。


 舞台が暗転している間に、神峰君と私は持ち場へと移動した。

 そして、舞台の照明が私達を照らす。

 と同時に、反対側の舞台袖からジュリエットが入ってくる。


 シーンは山の中。

 山で暮らす二人の老夫婦が、山中で迷ったジュリエットと遭遇する場面である。

 どうしてジュリエットがこんな山の中に迷い込んだのかというと……


 『まぁ、私を心配して下さる優しいおじいさん。実は私、あるお方のために探しものをしていたのです。でも……どうやらその途中で迷ってしまったようですわ』

 『ほうかい、ほうかい。で、お嬢さんはこんなところで何を探しておいでかね?』


 神峰君のおじいさんが本当に山暮らしのおじいさんをしている。

 すごいなあ。さすが神峰君。


 『実は、この山の奥にあるという伝説のきのこを探しているのですわ。それはそれはたいそう美味だというお話ですからわたくしどうしてもあの方のためにそれを見つけ出したいのです』


 それにしても、きのこってなんだ。

 やっぱりこの劇、どんどん方向性おかしくなってるんじゃ……。


 『きのこ、とな? わしゃ狩り専門じゃからのぅ……いっつも山菜採っとる婆さんなら知っとるかいの。ほれ、婆さん、何か知らんか』

 『きのこ……そ、そういや、前に山菜採り行ったとき、妙に鮮やかな色した、でか……でっけぇきのこがあったかね』


 ああ、最初の台詞で噛んでしまった。

 まあでも、きっとジュリエット永美様なら、こんな出来損なった婆さんのこともフォローして下さるだろう。


 そう楽観していた私だったが、なかなか彼女の台詞がこない。


 ――やっぱり、まずかったかな。

 先程の自分の失態を後悔しつつ、心中に焦りばかりが募っていく。


 一瞬の沈黙が流れ――


 しかし、彼女の台詞はその後、何事もなかったかのように続いた。


 『まあ! 本当なのねお婆さん。で、そのきのこ……一体どこで見かけたんですの?』


 彼女の微笑みは完全な「ジュリエット」で――

 その演技は、完璧だった。

 さすが、永美……って、いかん。感心してる場合じゃなくて、私の台詞、台詞。


 『あ、あっちじゃ』


 またしてもぎこちなさの抜けないいかにも素人な台詞。

 完璧な演技の「ジュリエット」と比べると温度差甚だしい限りではあったが、とりあえず、私の「お婆さん」としての役割はここで終了した。


 ――はずだった。


 『…………』


 次の台詞が来ない。


 舞台に流れる、無言の沈黙。

 一回限りの舞台を包む、独特の緊張感。

 私達を照らす照明が、焦燥感を煽る。


 明かにおかしい。

 ここは、永美の台詞のはず――


 私は森の奥の方を指さしたまま、永美の方にチラリと目をやった。

 そして、信じられない光景を目にした。


 「…………!」


 そこに居たのは、言葉を失い、ただひたすらその場で立ち尽くす彼女。

 その瞳は虚空を眺め、口は中途半端に開かれたまま。


 彼女の青ざめた表情を見た瞬間、私は一瞬にして理解した。


 (もしかして、永美、台詞を……)


 ――今、そこに「ジュリエット」は存在しないのだということを。


 今私の目の前にいるのは、完全無欠のあの門田永美ではなく、

 いつも私を助けてくれたあの永美ではなく、

 今までに見たこともない表情を浮かべ立ち尽くす、私の知らない門田永美だった。


 そして、私はやっと、当たり前のことを再認識した。

 門田永美は、決して完全無欠な存在などではなく、

 私達と同じような、弱くて脆い、人間なのだということを――。


 しばらくして、あまりの沈黙の長さに会場がざわつき始めた。

 舞台袖でクラスメイト達が、一体何が起こったのかと騒いでいる。


 台詞。台詞さえ分かれば。

 何かできないだろうか。

 私が――こんな私でも、永美の力になれないだろうか。


 私にできることは――?

 考えるんだ。

 きっと何かできるはず。


 考えろ。

 何かある筈なんだ。

 何か、何か、何か……!


 意識を脳に集中させる。

 一つ一つ、頭の中で解決の糸をたどっていく。


 ――すると突然、私の脳裏に鮮やかな映像が流れ込んできた。


 それは過去の記憶だった。

 映像は少しずつ、過去の記憶を遡っていく。

 すっかり冷たい態度になった永美に、勇気を持って話しかけたときのこと。

 神峰君に告白されたときのこと。

 満咲と決心したこと。

 劇の練習が始まったときのこと。

 そして――


 初めて手にした台本に目を通したときのこと。

 そのときの映像が、そのイメージが、目の前でリアルに流れていく。

 文字が流れ込んでくる。

 そして、彼女の台詞が目の前に浮かんでいき――。


 気が付いたら私は行動していた。

 何で私にこんなことができたのかは正直言って分からない。

 けれど、永美のためにできることがある――それが分かった瞬間、私の足は無意識のうちに、一歩先へと踏み出していたのだ。


 ざわつく会場の中、すっかり放心しきってしまった永美は、その場で力なく座り込む。

 私は永美の元へと歩を進め、彼女の元まで行き、彼女を抱きしめて――咄嗟に考えた、「お婆さん」としての台詞を言った。


 『辛かったろう……ここまでずっと、一人で歩いて、さまよってきたんじゃからの』


 そして彼女の耳元で小さく、彼女の――ジュリエットの本来の台詞を伝えた。


 「『まあ、助かりましたわ』」

 「『この御恩は、一生忘れません』」


 この劇のジュリエットらしい、少し大げさな台詞。


 少しの沈黙の後、彼女は意識を取り戻したのか、「ジュリエット」として復活を遂げた。

 抱き合っていたのでよく分からなかったが、私の背中から聞こえてくる彼女の声は震えていて――

 泣いて感謝するそのしぐさが、「ジュリエット」としての大げさな演技なのか、それとも「門田永美」としての本心なのかは、私には分からなかった。

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