第34話 何も分からない
10月に入ってから、すっかり文化祭モードになった。
以前委員長の前原に直前の練習には出ろ、と言われた私は、今日もまたつまらない放課後練に付き合わされる。
が、それも今日で最後かと思うと、少しは気が楽になるというものだ。
文化祭を明日に控えた学校は随分と慌ただしくて、
今日の教室も、随分と賑やかだ。
HRが終わり、私は机の上に台本を取り出す。
随分と分厚く作ったものだ。
ページをパラパラとめくり、私は自分の台詞の箇所を見てうんざりした。
ここまで覚えるのに、さすがの私も苦労した。
一体どれだけの台詞があっただろう。
執拗に長い一文に込められた委員長の前原の悪意を感じつつ、私はため息をついた。
正直、まだ全部完璧に覚えたと言えるほどの自信はまだない。
多少の不安を覚えつつ、私は今日の練習箇所の台本に目を通していた。
《私は、永美の味方でいたい……から》
どうして、未玖の顔が浮かんでくるのだろう。
《永美はもっと、私達を頼った方が良い》
あの真剣な表情が嘘だなんて、私だって本当は思いたくないんだ。
思いたくない……のに……
「永美……?」
「……何の用」
ああ。またあんたか。
懲りずに私に話しかけてくる。
私がどんなに冷たくあしらっても、あんたは必死なお人好しで……
《その場に居たお前の友達三人の誰かが、この事件と関わっている可能性が高い。永美、お前、何か心当たりはないか》
でも、本当にそう思っているのかなんて分からなくて、
あんたが本当は何を考えているのかなんて、私には最初から分からない。
「その……永美、ずっと……寂しそうだったから」
「……寂しい……?」
何を、言っている。
寂しい、だと?
この私が?
どうして――どうしてあんたにそんなこと言われなきゃなんないんだ。
その顔。同情して私を憐れむようなようなその目つき。
“お人好し”。
――あんた、一体、何様のつもりなんだ。
「あんた、本当は何考えてんの」
「えっ……わ、私は、ただ……」
「私がそんなに哀れに見える?」
「ちが……私はただ、永美と一緒に……」
「そうやって、シラを通す気か」
「何を……言っているの……?」
未玖は慌てている。
いや、そういう「演技」をしているだけで、実は心の中で私のことを嘲り笑っているのかもしれない。
分からない。
あんたのことが、私には分からない。
「未玖……あんたに聞きたいことがある」
「何……永美?」
ずっと聞けなかった言葉。
これで最後だ。
これで、あんたのことを――
「未玖は……堀口裕太って人知ってる?」
「…………!」
未玖の表情が変わった。
明らかに動揺していた。
「永美は何で……そんなこと聞くの?」
未玖が笑って動揺をごまかしているのは明らかだった。
「私、ニュースで見たことがあって……」
その言葉が、信じられなかった。
未玖を、信じられなかった。
「……そう」
つまり、あんたは堀口君と関係がある。
つまり、あんたは堀口君の言っていた「あの人」で。
つまり、あんたは堀口君を殺して、私を騙して、多くの人を騙して、殺して、平然と生きていて、
あんたのその笑顔も、全部偽物なんでしょ。
「もう、いいから」
人を殺しても何とも思わない、
あんたを私は、信じられない。
「お願いだから、どっか行ってくれる」
不気味で気味が悪くなる。
連続殺人犯。
あんた、人間じゃないよ。
この――殺人鬼。
私は机の中でただひたすら、震える拳を強く握りしめていた。




